拾壱

 何も、聞こえない。

 剣戟の音は去った。どさりと人の一人倒れる音を残して。

 鈴蘭の熱ももう、とっくに枯れてしまったようだった。何も、なにも、ない。

(――ああ)

 もう、ひとりだ。このまま眠ってしまって、命の尽きるのを待つかと倒れ込んだ時だった。

 ――しゃらん。

「――あ――」

 それは竜胆の花を模した簪だった。美しい青の花。あの娘によく似た、凛とした色。

(そう、だ)

 壁に書き付けた句は黒く変色し始めていた。

「ごめんな、ごめん――竜胆。あんたは、俺と出会わなければきっと――でも、いつかまた出会えたなら、そのときは、」

 きっと、また、あの簪を。

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