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hiromin%2

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 S氏の研究所の面談室に、変な客が訪れた。

「実は私、宇宙人と人間のハーフなんですね。私の母は、若いころUFOにさらわれてしまいましてね、そこで宇宙人に無理やり妊娠させられてしまったんですよ」

 S氏は思わず苦笑した。

「それで、ご用件はなんでしょう」

「遺伝子検査をしていただきたいんです。もっとも、S先生も私の言うことを信じてくださっていると思いますが、念のため、ということで」

「別にそれは構いませんが、うちでは結構な費用がかかりますよ」

「はい、それは大丈夫です」

 すると客は、持参したカバンを開けて、一万円札の束をS氏に示した。厚さは8cmくらいある。

「これだけあれば、問題ないでしょう」

 大金を見せられたら、S氏も断ろうとは思わない。

「分かりました。引き受けましょう」

「本当ですか」

 客はずいぶん嬉しそうな顔をした。

「最後になりますが、仮に望ましい結果にならなくても、文句は言わないでくださいね。科学的に証明するまでですから、結果をどう扱うかはあなたの自由です」


 先んじて、S氏は客から数百万円を徴収した。そして、綿棒で客の唾液を摂取した後、一旦は客を帰した。

 S氏は、面談室から離れた研究所の本部に向かい、最新型の遺伝子シーケンサーにそれを入れた。この最新機は、測定スピードもさることながら、何より精密な検査が可能となっている。世界中の名だたる研究室に採用されているが、今のところ、誤びゅうは一件も報告されていない。検査は約一日で終わる。明日を迎えれば、結果が明らかになるだろう。

 S氏は大金を受け取り上機嫌だったが、検査の準備を一通り終えたとき、ふと客の喜ばしげな顔が浮かび、罪悪感にかられた。まるで客をだまして金をせしめたようじゃないか。

 そもそも、宇宙人の遺伝子サンプルなんて世界中どこの研究所にも無い。宇宙人と人間のハーフであることを、科学的に証明することは現状不可能ではないか。

 S氏は、金に目がくらんで依頼を引き受けたことを後悔していた。しかし、もはやどうすることもできない。大きな不安に苛まれながら、S氏は研究所をあとにした。


 翌朝、S氏はまた研究所を訪れた。昨晩は悪夢にうなされ、思うように眠れなかった。しかし、早く検査結果を見て自分を安心させたかったので、朝一番に自宅を出発した。

 エントランスから研究所の本部までは、普段以上に長く感じられた。


 さて、本部へと到着し、シーケンサーを確認した。測定終了と表示されている。S氏は測定結果のデータシートをパソコンで確認した。

 結果から言うと、客の遺伝子配列は人間のそれと完全に一致していた。遺伝子異常も一つとしてない。どう考えても、客は人間だ。

 S氏は結果に安堵しながらも、客にそれをどう説明するか困った。大金を払っておきながら、望まない結果を示されたら誰だって文句を言うにきまっている。契約のときに合意はとったが、それでも面倒ごとに巻き込まれそうな予感がした。


 一週間後、面談室に客を呼び出した。

「……ということで、科学的にはあなたは純血な人間だ、ということになりました」

 S氏が一通り説明を終えると、客はガックリとうなだれ、悲しそうな顔をした。

「そうですか、残念です」

「やっぱり、母の言っていたことはウソだったのでしょうか」

 S氏は、客を不憫に思った。こんな仕打ちはあんまりじゃないか。

「確かに、科学的には宇宙人とのはハーフではない、ということになりましたが、決してお母さまがウソつきだと、断言することなんてできません」

「科学が絶対的に正しいとも限りません。もしかすると、測定結果に誤りがあったのかもしれません」

 すると客は、ぱっと顔を上げた。S氏は余計なことを言ってしまった。

「であれば、もう一度検査をすれば、結果も変わるでしょうか」

「いや、そんなことは無いと思うので、お勧めはしません」

 S氏はあわてて補足した。客はふたたびうなだれてしまった。


 一仕事を終え、すっかり安心したS氏は、最後にこう述べた。

「残念ですが、やはり科学的には、あなたは純血な人間ということになりますね。もっとも、あなたは銀色の肌で、やけに大きな眼をしていますが……」

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