第37話(最終話):政府、ついに公表。そして陽は、次の散歩道を探す

 日本中が、見えない脅威への不安と、政府への不信感に包まれて数日が経った頃。

 

 ついに、その時が訪れた。


 きっかけは、一人のフリージャーナリストによる告発記事だった。

 高遠冴子。彼女は自身のブログに、渾身の一撃を投下したのだ。

 

 それは、これまでの取材で得た断片的な証言や資料を繋ぎ合わせ、「都心部厳戒態勢事件」の真相に迫るもの。

 

 政府が何かを隠蔽している可能性を、具体的な状況証拠とともに鋭く突きつけたその記事は、瞬く間にネット上で拡散。

 

 テレビのワイドショーや大手新聞までもが後追いで報じる事態となった。


 国民の不安と疑念は、もはや頂点に達していた。

 

 政府は混乱を抑えるべく、ついに緊急記者会見の開催を発表。

 各局のニュース速報が、その一報を繰り返し伝え、日本中が息を呑んだ。


 会見場には、国内外から多くの報道陣が詰めかけ、異様な熱気に包まれていた。

 

 やがて、緊張した面持ちの総理大臣が、警護のSPに先導されて姿を現す。

 無数のフラッシュが焚かれる中、彼はゆっくりと演台に立ち、深々と頭を下げた。


「……国民の皆様に、多大なるご心配とご迷惑をおかけいたしましたことを、深くお詫び申し上げます」


 その謝罪とともに、歴史的な記者会見が始まった。

 総理は、震える声で、しかし明瞭な口調で語り始める。


「……近年、我が国において頻発しております原因不明の災害、及び異常現象につきまして、政府として調査を進めてまいりました。その結果、本日、国民の皆様に、極めて重大な事実を公表せざるを得ないという結論に至りました」


 会場が、一瞬にして静まり返る。

 そして、彼は続けた。


「……これらの現象は、実は『異次元接続現象』――通称『ゲート』と呼ばれる未知の現象によって引き起こされており、その先には『ダンジョン』と呼ばれる、我々の常識では計れない法則で構成された異空間が存在することが確認されております……」


 その言葉は、日本中、いや世界中に衝撃を与えた。

 

 ゲート。ダンジョン。異次元。

 

 フィクションの中でしか語られてこなかった単語が、国家の最高権力者の口から、事実として告げられたのだ。


◇ ◇ ◇


 その日の午後。

 

 歴史的な記者会見の衝撃が日本中に広がるなか――当のきっかけを作った張本人は、何も知らぬまま、のんきに散歩に出ていた。


 椎名陽。

 彼は、スマートフォンの地図アプリを片手に、都内の裏通りをウロウロと歩き回っていた。

 

 お気に入りだった“異界めいた路地”が、すべて封鎖されてしまったため、新たな「静かで落ち着ける散歩コース」を探しているのだった。


「うーん、なかなか良い路地って見つからないもんだなぁ……。どこか、人がいなくて、ちょっと不思議な雰囲気で、涼しくて、たまに変なモノが見られるような……そういう都合のいい場所、ないかなー」


 彼はそう呟き、額の汗をハンカチで拭う。

 

 もちろん、今まさにテレビ各局が生中継している歴史的会見のことなど、露ほども知らない。


 なにしろ、自宅のテレビは先日リモコンを踏んで壊れて以来、ただの黒い箱。

 

 会社の休憩室のテレビも、いつも誰かの録画予約で埋まっており、ニュースを見る習慣は皆無。

 

 彼が今、気にしているのは「今日のランチはカツカレーか、冷やし中華か」程度のものだった。


 だが――そんな彼の行動一つひとつが、世界の運命を左右しているなど、誰が想像できただろうか。

 

 彼が角を曲がれば、空間のひずみは和らぎ、ゲートの脈動は収まる。

 彼が缶コーヒーを飲めば、異形の存在は霧散する。

 

 本人が知らぬまま、世界は、少しだけ平和になるのだ。


 しかし、この“日常”は、確かに変わり始めていた。

 

 世界が“異常”を認識した今、椎名陽の存在もまた、否応なく波紋の中心へと近づいていく。


◇ ◇ ◇


 数日後の夕方。

 仕事を終えた椎名陽が、いつものようにコンビニで買った半額のお惣菜を提げ、自宅アパートの階段を上っていた時のこと。

 

 玄関前で鍵を取り出そうとした瞬間――背後から、凛とした、それでいて微かな緊張を含んだ女性の声がかけられた。


「……椎名様、お時間よろしいでしょうか?」


 思わず振り返ると、そこには、見慣れた制服姿の女性が静かに佇んでいた。

 

 氷川英玲奈。

 危機管理機構のエージェントであり、以前に何度か顔を合わせた相手だ。


「あ、氷川さん。どうも。また何か……?」


 陽は、反射的に少し身構えた。

 これまでは、いつも何かしら“面倒な話”を持ってきた相手だったからだ。

 

 しかし、この日の英玲奈は、いつもとはどこか違っていた。

 手には、分厚く厳めしい封筒を持っている。

 

 封筒の隙間から、「重要機密」「特例承認」など、穏やかでない文字がちらりと覗いていた。


「……先日の、政府の公式発表。ご覧になりましたか?」


 英玲奈は、低く、抑えた声でそう切り出す。


「え? 政府の発表……ああ、あれですか。テレビでなんかやってましたね。ゲートがどうとか、ダンジョンがこうとか……すみません、ちゃんとは見てなくて。うちのテレビ、壊れてるんですよ。会社の休憩室のも録画ばっかりで……まあ、世の中、いろいろ大変ですね」


 陽は、相変わらずの調子で、どこか他人事のように答えた。


 その反応は、英玲奈にとっては予想通りだった。

 だが、それでも彼女の表情には、確かな決意が宿っていた。


「……あなたに――いえ、“S”と噂されるその”力”を持つ方に。国民を代表して、そして、新たに設立される『特殊次元管理局SDMA』設立準備室の人間として――正式に、依頼させていただきたいことがあります」


 その言葉は、あまりにも唐突で、現実離れしていた。


 陽は、ぽかんと口を開けたまま、目の前の女性と、彼女が差し出す封筒とを、ただ茫然と見つめていた。


 ――まるで、壊れたテレビの画面に、突然「別の世界」が映ったかのように。





ーーーーーーーーーー

【あとがき】


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。


現実と非現実が交錯するような物語を描いてみたい――そんな思いから始まったこの物語ですが、少しでも楽しんでいただけたなら、これ以上の喜びはありません。


物語はひとまずここで一区切りとなりますが、もし「続きが気になる」「あのキャラクターの行方が知りたい」といった声をいただけるなら……その声に背中を押されて、続きを紡ぐ日が来るかもしれません。


誰かにとっての「次」を感じさせる物語であったことを願って。


また、どこか別の物語でお会いできますように。

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最弱(自称)サラリーマン、気づいたらSランク冒険者扱い!? 〜のんびりダンジョンライフ〜 りおまる @fc2kgo

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