トラブルシューティング
榊 薫
第1話
異世界の不思議なこと
春は人事異動の季節です。数々の試練と闘ってきた年老いた熟練者がすごすごと退職し、それと入れ替わりにピカピカの新人達がスマホを片手にやってきます。トラブルを抱えている会社に入ってみると、技能実習生や特定技能の外国人が常にキョロキョロしながら不可解な行動をしています。言われたことはすぐ忘れるようで、言葉が分からずに不安が過ると自己の異世界に潜り込んで訳のわからないことを引き起こすのです。そこには、仕事に支障をきたす「悪役令嬢ポカ」があらぬところからやってきて、四六時中まとわり着いているのです。また、若いくせに人生に疲れたような浮かない顔した新人、アルバイト、派遣員なども仕事に少し慣れはじめて、わずかな合間ができると、大事なゲームや昼食は何にするといった、仕事以外のことが気になって仕方ないようです。それを目ざとく「悪役令嬢ポカ」が見つけて、「つまらない仕事のことより、自分の好きな趣味の賭け事や色事で楽しく遊びましょう」とそっと耳もとで囁くので、新人達はムラムラと欲望が沸き上がり、仕事もそっちのけで妄想が始まり、支障をきたすはめに陥るのです。
「悪役令嬢ポカ」で起こるトラブルの中でも易しいものはISOの品質管理専門官に手厳しく取り調べていただくことにして、ここでは、なぜか異世界で起こる、不思議な技術トラブル現象とその原因を探ってみたいと思います。
元祖二刀流の宮本武蔵は五輪の書で兵法の極意を説いています。水の巻の中には、直接見えるものと全体を見る目との二つの見方について、述べています。眺め方も二刀流なのです。具体的に、相手と向き合って、目を真っ直ぐに見るのではなく、目の上の方向を山なりに頭を越して相手の頭の後ろを眺めると、相手の手先や足先から頭のてっぺんに至るまで全体が見えるようになることを説いています。
魚眼レンズは中央を眺める機能を持ちながら、同時に周囲の広い視野を持ち合わせていますが、それと比べると、頭のうしろは魚眼レンズでも届かない裏側を眺めることになるようです。同じようなことが、異世界の仕事場で起こる不可解で不思議なトラブル退治の透視術にも当てはまります。どうやら、透視術はそう易々とは習得できなさそうです。そこで、順を追って眺めて見ます。
次はどうなるのか興味津々で面白い異世界小説では、アメリカの心理学者Maslowの欲求5段階説うち、生理欲、安全欲、社会欲などの物理的な対象で、色事あり、賭け事あり、魔女ありで「悪役令嬢ポカ」を引き寄せて、これでもかと大手を振って幅をきかせています。それより上品であたまを使う精神的な、承認欲や自己実現欲のテーマになると、作者より先に真犯人を推理することができるか奮闘するなどの面白さや楽しさがあるのですが、それが分かる読者数は「悪役令嬢ポカ」とともに減ることになるようです。精神的な欲求のさらに上にある6段階目の自己超越になると、「悪役令嬢ポカ」が取り巻いている修行の足りない異世界の俗人は、もはや、踏み込むことすら思い付かない世界のようです。物理学者寺田寅彦の言う"自然を恋人"にするレベルもその一つで、仏陀の悟りの境地にも通じるものがあるのですが、この境地に到達すると、一般には見過ごされていても、異世界に潜む「悪役令嬢ポカ」の誘いから抜け出して、味わった事のない世界の推理を楽しむことができるのです。この境地に到達することで、異世界の不思議な技術トラブルの原因が見出せるのです。
「科学者になるには『あたま』がよくなくてはいけない」....しかし、一方でまた「科学者はあたまが悪くなくてはいけない」の書き出しで寺田寅彦は「科学者とあたま」の短編をまとめています。その中で、失敗は頭が悪いと起こり、これまでにない新発見に繋がることを述べています。
さらに、「この老科学者の世迷い言を読んで不快に感ずる人はきっとうらやむべきすぐれた頭のいい学者であろう。またこれを読んで会心の笑えみをもらす人は、またきっとうらやむべく頭の悪い立派な科学者であろう。これを読んで何事をも考えない人はおそらく科学の世界に縁のない科学教育者か科学商人の類」と手厳し限りです。
新しい物事のもとになるからくりについて、普遍的な法則や理論を物理学者の立場から寺田寅彦はいろいろな短編を記していますが、著作の一つ「とんびと油揚げ」の中で、自然現象には複数の法則や原理が組み合わさって成り立っていて、先入観に陥ることなく、複数の現象を知るためには"自然を恋人にする"ことの重要性を説いているのです。
アメリカのノーベル科学者Onsagerによれば自然界で起こる4つの移動現象は何れも短い区間は直線で示されると述べています。その現象は運動、熱、濃度、電流の4つで、それらが関わり自然界を支配しているとのことです。と言うことは、この4つについて眺めれば、異世界で起こる、どんなに複雑怪奇で不思議な原因不明のトラブルでも、自然界を司る法則が見えてくることになるので透視術の決め技に使えそうです。
夢枕の透視術
どの世界でもいじめがつきまとうもののようですが、まわりに底意地の悪い人がいて"トラブル原因は、ぐずぐずして足手まといな人のせい"と決めつけることが"その通りだ"と思ったとしても、それにめげずに、異世界の不思議なトラブル原因を探るため、少しずつ磨いてきた透視術の決め技を使って、見えなくて気付かない法則を見つけ出すのです。
中には、眼鏡を頭の上に乗せて探し回るような“灯台もと暗し“のレベルのことしか見つからないこともありますが、Onsagerの言う4つのうち複数の法則が見えて、その強弱や連携していることが分かると納得でき異世界の先に漂う自然界の面白さが見えてくるのです。
「悪役令嬢ポカ」の誘いに載って趣味や色事を生き甲斐にしていると、複数の法則に踏み込む前に頭がこんがらかって、パニックに陥って踏み込めないのです。
一位を取るつもりがなくて、“二位じゃダメなんですか”と逃げ腰では、決め技を繰り出す4つの異なる決め技のうち、興味のある分野だけしか透視できません。それでは、「悪役令嬢ポカ」に付きまとわれて一つずつ確認出来ず、異世界から抜け出せないのです。
何をやってもうまくいかないのは「身から出たさび」と嘆いていないで、一つずつトラブルとその周囲をしらみ潰しに眺めていくと、やがて原因となる重要な法則が眺められるようになり異世界から抜け出せるのです。
こうやって、仕事の原理に働いている法則が透視術を使って見えてくると、それを応用して、技術以外にも色々なものが透視できるようになってきます。電話の相手が手順道理の勧誘かどうか、順を追って眺めることで電話先の相手の詐欺の手口に「悪役令嬢ポカ」がまとわりついて手抜かりがあることに気付いて、相手の連絡先を詳しく確かめるゆとりができ、詐欺を見抜けるのです。
そうなると、賭け事や色事を誘う「悪役令嬢ポカ」の棲み処も分かってきます。「悪役令嬢ポカ」は権力者に囲われて、民衆が権力者の上にのし上がってこないよう、創造性を停止させ、思考を賭け事や色事に向かわせるため解き放たれていることに気付けるのです。
圧力団体や大企業などの権力者は袖の下にものを言わせ政治家を操っているのです。
F国のオリンピックで露呈した、S川の汚染や剥がれた金メダルなどの技術の衰退は、気付きにくいトラブル原因を事前に解析して発生を未然に防ぐ力量がもはやなくなっている証拠なのです。植民地からの甘い汁を吸い続けてきた権力体質が蔓延って、民衆が権力者の上にのし上がってこないよう、「悪役令嬢ポカ」が解き放たれて、本質の根本的な原理を見極める技術力を蔑ろにして、衰退させてきたようです。天下泰平の世の中で他山の石としたいところです。
春先には偏西風に乗って黄砂に混じって「悪役令嬢ポカ」が取り付いている怪しげな工場の排ガスがやって来て、花粉症や喘息の引き金を撒き散らしているとしたら、神風で、送り返すことも考えなければなりません。なにしろ、コロナ菌を撒き散らした国ともっぱらのうわさですから。
A国でも人種差別で甘い汁を吸い続けてきた権力体質が「悪役令嬢ポカ」を低所得者に蔓延させているにも関わらず、権力者が解き放つのをやめるどころか、世界の経済を掻き乱そうとしています。どうやら、権力者にも「悪役令嬢ポカ」が取り付いているようです。「悪役令嬢ポカ」退治薬を春風に乗せて偏西風で撒くことができたら、どうなることやら楽しみです。
了
トラブルシューティング 榊 薫 @kawagutiMTT
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