天使の裁判員裁判

てゆ

天使の裁判員裁判

 目が覚めると、真っ白い部屋にいた。これまでの記憶はなくなっていた。私の目の前には、三つの椅子が並んでいた。

「こんにちは。今日は、お越しいただきありがとうございます」

「えっ? ああ、こんにちは」

 私に話しかけてきたのは、純白の翼を背中から生やし、眩い光輪をロングヘアに載せた天使だった。

「突然ですが、今からあなたには、罰を受けるべき人を選んでもらいます。何も難しいことはありません。あなたはただ、直感的に『嫌だ』と思った人を選べばいいだけです」

 私よりも背の高い天使は、私の椅子の後ろに回って、ポンと肩に手を置いた。

「どうして私が選ぶんですか?」

「今までは、私たち天使が一方的に人を裁いていたのですが、それでは不公平だと思い直したのです。人間の社会にも、裁判員裁判というものがありますよね? あれと同じ理屈ですよ」

「な、なるほど……? まあ、別にいいか。わかりました」

 その時の私には、常識や倫理観がなかった。ありのままの心に従って話していた。よく考えたら、「心からすっぽり抜け落ちたものを自覚している」というのも、おかしな話だけど。

「罰を受けるべき人が決まったら、このボタンを押してください」

 天使はそう言って、早押しクイズで使われるような赤いボタンを差し出した。


 私が一つ瞬きをした隙に、向かって左の席にはガリガリの女子高校生が座っていた。彼女はいかにも貧乏そうな服を着て、顔も座る姿勢も自信なさげだった。ビクビクと怯える彼女に軽く会釈をすると、次の瞬間、彼女の背後の壁には動画が投影された。それは、彼女の学校生活を記録したものだった。

 クラスメイトの姿は灰色のモヤで覆われている。だが、彼女が一体どういう仕打ちを受けているのかはわかった。端的に言えば、いじめだ。最初、私はそれを見て非常に悲しい気持ちになった。だけど、すぐに冷や水を浴びせられたみたく、「まあ、いじめられる方が悪いか」と思った。


 次に出てきたのは、目つきの鋭い厚化粧の女子高校生だった。さっきの子とは違い、彼女はボーッとして私を見つめている。

 背後の壁にまた映像が流れる。彼女は俗に言う「一軍女子」というやつらしく、仲間が主導するいじめに加担するシーンもあった。それを見ていると、私はやはり目の前の彼女に怒りを抱いたが、すぐにさっきと同じ「いじめられる方が悪い」という結論に至った……いや、至って

 その時、私はようやく気がついた。常識も倫理観も脱ぎ捨てた裸の心が、「いじめ」というものを嫌悪していることに。


「次で最後です」

 天使がそう言った時、私はすっかり俯いていた。最後に現れたのは、肥満の女子中学生だった。そして、彼女を見た途端……さっきのモヤモヤは消し飛び、私は赤いボタンに手をかけていた。こちらを蔑むように見つめてくる、あの笑ったサルのような細い目は、もはや「ブサイク」の域を超えて、不気味の谷現象のような嫌悪感を掻き起こした。

「押すのは最後にしてください」

 天使は透けるように白い手で私を制した。予想通り彼女がいじめられるだけの映像が流れている間、私はあの目を見るのが嫌で、ずっと目を閉じていた。

「それでは、この三人の中から……って、もう押したのですか」

 天使は呆れたように笑った。

「はい。これで、もう帰れるんですよね?」

「そうですね。出口まで案内してあげましょう」

 瞬きをすると、背の低いショートヘアの天使が現れた。立ち上がった私の手を引っ張って、彼女は強引に歩いて行く。ロングヘアの天使はついて来なかった。

 彼女が手をかざすと、何もなかった真っ白の壁にはドアが現れた。その先の道は雲で作られていて、その奥には青色に光る魔法陣がある。


「三人目を選んだのは、あの少女の容姿に嫌悪感を抱いたからですか?」

 ショートヘアの天使は、こちらを振り向かないまま、冷たい声で尋ねる。

「はい」

「あなたのいじめを恨む心は、結局その程度だったのですね」

「そうみたいです」

「……まあ実際、あなたが選んだのはちゃんと悪人でしたよ。と言っても、当たる確率は三分の二でしたけどね。二人目の少女と三人目の少女は同一人物で、高校生の今、一人目の少女をいじめているんです」

「そうだったんですか。ところで、彼女はどんな罰を受けるんですか?」

「これであなたが二人目を選んでいたら、まだ良かったのですが……残念ながら、彼女はこれから死にますよ」

「えっ? 二人は同一人物なのに、どうして私の選択で罰の重さが変わるんですか?」

 魔法陣の前、ピタリと歩みを止める。天使は変わらない真顔のまま、こう言った。

「ああ、まだ言っていませんでしたね。あなたが今日、罰を受けるべき人間として選んだのは、二人目の女子高生であり、三人目の女子中学生であり、そして……ふっ、ハハッ」

 天使は噴き出した勢いで、私の体を押す。魔法陣の上に尻餅をついた次の瞬間、私の体は緩い泥沼に沈んで行く。


「あなた自身、なんですよ」

 私が落ち切る寸前に、彼女はニヤリと口角を上げて言った。

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