第2話 ゴミ捨てと同時に、心も出せたら

朝の台所。

昨夜の鍋の残り、茶碗にこびりついたごはん粒、シンクに詰まった食材の皮。

セリナはゴミ袋を片手に、ひとつずつ“生活の抜け殻”を拾っていく。


袋を結ぶとき、ふと息が詰まる。


「あ、今日、燃えるゴミの日だよ。出しといて」


義母の声が背後から響く。

わかってた。自分でカレンダーにも書いてた。だけど、言われないと“命令”にならない。

だからセリナは黙ってうなずく。


玄関で靴を履き替え、外に出る。

まだ街は寝ているような朝の7時半。寒さが肌をつつく。

マンションのごみ置き場に行って、袋を置くと、なんとも言えない開放感がある。

何かを「手放した」感じ。


けれどそれは、自分のものじゃない。

家族の食べ残し、義姉のコンビニ弁当、義母の使い終わったパック。


“私が出すのは、誰かのいらなくなったものばかりだな”


セリナはそう思って、少しだけ首をすくめた。


帰宅すると、リビングでは義姉がスマホを見ながら笑っていた。

「昨日の配信、バズってんだけど〜! 見てよセリナ!」

セリナは「うん」と笑って、スマホの画面をのぞきこむふりをした。


でも、内心はどこか遠かった。


自分は「出して」「片づけて」「洗って」「干して」――

誰かのための行動ばかりで、

誰にも“ありがとう”も、“おつかれさま”も言われない。


言われないことに慣れすぎて、

言われたいのかどうかも、もうよくわからなかった。


昼過ぎ。

ひとりでキッチンの床を拭いていたとき、足元に小さな髪の毛が落ちているのに気づいた。


掴みにくくて、なかなか取れない。

それでも、ひたすら雑巾を動かす。


「……これ、わたしの感情みたいだな」


そう口に出してみて、自分でも驚いた。


捨てようとすればするほど、床のすみに張りついて、なかなか取れない。


でも、誰かが踏んだら――一瞬で見えなくなる。


夕方、洗濯物を干していたとき、風が強くてシャツがハンガーから落ちた。

拾って、パンパンと叩いて、もう一度吊るす。

その一連の動作が、なんだか泣きたいほど空しかった。


「私の毎日って、こういう感じだよね。

何かが落ちても、自分で拾って、直して、黙ってまた干す。

誰にも気づかれないまま」


心の中で、そう呟いた。


その夜、スマホを見ていたら、

“今日も誰にも褒められなかったけど、私えらかった”と呟くアカウントを見かけた。


「……わかるな、それ」


小さなため息をついて、画面を閉じる。


🧹つぶやきメモ

わたしが出すゴミには、

誰かの“いらないもの”だけじゃなくて、

わたしの“感情”も入ってる気がする。


✅次回予告(第3話:ごはんは心を満たさない)

夕食をつくるセリナ。義姉がため息まじりに言う「これ、味うすくない?」というひと言。

“味”だけじゃない。“思いやり”も、家庭には欠けていた。

誰かのために作っても、それは“当然”と処理されていく。

「ごはんって、満たすものじゃないの?」そんな問いが胸に宿る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る