レジフクロウ
かたなかひろしげ
無料サービスはじめました
「レジ袋は必要ですか?」
静かな微笑みをたたえながら、恐らくはもう初老に近いであろう女性の店員さんは、確かにそう言った。
レジに持っていったのはさんぴん茶──── あ、本土の人にはジャスミンティーと言ったほうがわかりやすいか。まあそれと、シーチキンおにぎり。俺が思うに、ランチタイムの黄金の組合わせだ。
シーチキンの油とカロリーも、さっぱりとしたジャスミンティーでなかったことに出来る気分になれる、素敵ランチである。
レジ前に立つ俺と店員さんとの間は、透明な一枚の塩化ビニルシートで遮断されているものの、その距離はわずか1m足らず。店の中には、清志郎の古すぎるBGMが朗々と鳴り響いてることを加味したとしても、いくらなんでもこの距離で店員さんの声をそうそう聞き間違えたりはしない。
ふと見ればレジカウンターの上には、見慣れたコイントレイと、青い布がかけられた30cmほどの見慣れぬ箱が置いてある。
今の会社に就職してから早3年。
毎日のランチは、この店のコンビニおにぎりで済ませているわけであり、毎日買う商品の配置は熟知しているし、当然、レジカウンターに置いてあるものだってそうだ。レジ横でついでに買ってくれとばかり置かれているチロルチョコの種類こそ頻繁に変われど、その配置はそう代わり映えしない。つまりこの店の常連である俺にも、あの布で覆われた箱には心当たりがない。
「お客様?」
そう店員に問いかけられて現実に引き戻された。今日からレジ袋が有料になったので、それの購入有無を尋ねられているに違いない。
「はい。いくらですか?」
既に手持ちのかばんの中には、そこそこ大事な業務書類が入っているので、濡らすわけにはいかない。7月1日からレジ袋が有料だというのは、散々、ニュースで報道されていたというのに、それを失念したまま今日という日を迎えた俺が悪い。
「無料です。」
おっ。早速、エコ素材使ってるのか。バイオマス素材の配合率が25%以上のものは対象外って、ニュースの解説員も言ってたものな。もう対応できているなんて、流石は大手コンビニチェーンだ。
妙に慣れた手付きで、ずっと気になっていた、店員の横に置いてある謎の箱の覆いにかけられていた布が、すっと取り除かれる。
その箱の中には、とまり木があり、一羽のふくろうがとまっていた。
そう、あの森とかにいる鳥のふくろうである。
ふくろうはその丸い顔を、俺が買った商品の方に向けている。
や、やめてくれ。それは俺のおにぎり様だ。もしや、俺のおにぎりが狙われているのだろうか?
「あ、おにぎりは食べないので大丈夫ですよ。」
店員が笑みを崩さず、俺に話しかけてくる。目は笑っているようなのだが、鼻から下はマスクで覆われているので、その本当のところはよくわからない。この場合、ふくろうの方が表情がよくわかる。いや、ふくろうの表情なんて、俺よくしらないけど。
おにぎり以外ならその場で食べるのかよ!
と、心の中でツッコミを入れてしまうのは仕方が無いことだと、皆にも察して欲しい。
俺の魂のツッコミと、おにぎりを取られそうで泣きそうな目線に気がついたのか、ふくろうが無駄にキリッとした眼で俺の顔を見上げてきた。ドヤぁ、という心の声が聞こえてきそうな灰褐色の眼で、俺をにらみつけてくる。口も曲がってるから、よくよく見たらなんか偉そうだな、こいつ。
もしかして・・こちらを意識してるのか、このレジフクロウ。
そんなアイコンタクトで、異種間交流をしている(少なくとも俺はそのつもりになっている)最中にも、俺のおにぎりは、店員さんの出したレジ袋に速やかに収納されていく。
「あ。支払いはSuicaで。」
何故か恨めしそうにこちらを見やるふくろうの視線を感じながら、接触型カードで決済を済ませ、俺は店を後にした。
明日は、かぶとむしでも買ってやるか・・・
あ、ふくろうの好物って、かぶとむしだったよな? あれ? もしかしてそもそもコンビニには、かぶとむし売ってない?
レジフクロウ かたなかひろしげ @yabuisya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます