第3鏡

 朝起きると、いつもの日常のように思える。

まだ部屋にはたくさんの未開封の段ボールたちが置かれている。

 彼は一体、誰だったんだろう。スマホを見ながら、ゴロゴロと寝返りを何度か繰り返したあと、ようやくベッドから立ち上がる。

顔を洗ってパックを顔に貼り付けたまま、小鍋でお湯を沸かした。

お白湯を自分と母の分淹れて、鏡台の母の写真の前にコトリと置いた。


「おはよ〜。今日は頑張って片付けようかな〜。本当はお母さんに手伝ってもらいたかったけど。」


 そこまで言って、あ、言ってしまった。と思った。墓穴を掘った。

母には、もう会えないのだという事実を自分で再認識させてしまうなんて、私は馬鹿なやつだ。

 鏡台の椅子に三角座りして、パックごと顔を手で覆った。ふーっと息を吐く。手を退けると朝らしい光が顔にまた差し込む。

 溢れそうになる涙を堪えて(いや、もしかしたら溢れて、逆にパックに吸収されたかもしれん)鏡を見た。


「あ。」


 そこには自分が映っている。

そう言えば、どうなってんだろ。この鏡。

よ〜く見ると、またあの文字が鏡に映っていた。


3minutes



私は迷いなく、「スリーミニッツ」と大きな声で言ってみた。


が、何も起こらない。


「あれ〜。何でだろ。そういや、この文字触ってたかな。」


 ゆっくりと文字を昨日を思い出してなぞってみた。

そして、優しく呟く。


「3minutes」


 鏡は一瞬光が反射したみたいに、つるりと光ったように見えた。昨日チカっとしたのは鏡だったのか。妙に納得した。

 そして、一度瞬きした後、また自分ではない、例の彼が映っている。

あちらも朝なのか、ぼんやりとしておらず、はっきりとあちらが見える。昨日よりは少し大人っぽく見えた。高校生くらいだろうか。

昨日は暗くて分からなかったけれど、髪は茶色く染められている。

それより問題なのは、彼が今、着替え中であることだった。

黒のワイドのカーゴパンツを履いて、腕に今から着る服を装着しているところだった。


こちらを見て、一瞬かなり驚いた顔をしたけれど、すぐに目がジトーっとこちらを不審な目で見つめた。

いや、別に覗こうとかおもってないし!全然そんな子供の裸見てもなんとも思わんしっ!

失礼しちゃうわ。

すぐにLINEで「たまたま着替えてる時になっただけだから」と打って、その画面を見せた。

彼はまだ、こちらをジト目で見てくる。

けれど、彼もスマホで何か書き出した。

そして、スマホをこちらに見せてくる。

 書いていたのではなかったようで、自分のLINEのアカウントのQRコードを見せてきた。

なるほど。賢い。これだと、会話、通話できる可能性がある。私はそのQRを読み取った。

[Kon] と書かれ、狐のキャラクターのイラストアイコンが出てきた。

なんか見たことある。ディスニーのキャラな気がする。

私は、追加をタップして、彼を自分の友達として追加した。

そして、すぐさまメッセージを送る。


「どーも」


すると、すぐにスマホが振動する。メッセージではなく、通話だ。


「はい。」


「どうも。」


思っていたよりも、低音の声が耳に届く。

鏡の向こうでは、彼の口が同じように動いている。


「あの、あなた誰ですか。」


そう言ったところで、通話は切れた。そして、鏡にも、もう誰も映っていない。


「またか。」

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