第11話【神を射る意志】
「ライ!」
マーラは叫んだ。
息が弾む。
「……っ、」
村を走り回ったが、見つからない。
ライも、ギルノもだ。
二人は一緒にいるのだろうか。
どちらでもいい、とにかく一人、見つけたい。
そうすれば、光が見えて来る。
マーラは小さく咳をした。
とにかく、一人見つけて……自分が独りでないことを、確かめたい。
マーラは視線を上げた。
そして、ハッと息を飲んだ。
突然、周囲の景色が一変していたのだ。
騒めく群衆。
馬車から伸びる、一筋の通路。
その先に待つ、処刑場。
彼女は知っていた。
見覚えがある。婚約者が死んだ場所。
「行こう」
マーラは横から手を取られて、驚いた。
懐かしい顔。もう二度と会えないはずの……。
「ルカ」
思わず、彼の首に抱き付いていた。
彼はくすぐったそうに笑った。
「どうしたんだ? 君がそんな風にするなんて、珍しいね」
優しい声が響く。
「ルカ。本当に貴方なの」
彼はマーラの背を抱き締め、安心させるように静かに撫でた。
「マーラ。私も今、とても幸せだ。
例えこれから処刑場に行くとしても、神の前でも私はそうだと誓える」
「行かせない」
マーラは言った。
「貴方を処刑場になんか行かせない。神がそれを望むなら神を射ても、私が、そうさせない!」
ルカの身体を、
……これから失われる彼の身体をマーラは必死に、大切に自分の両腕の中に抱きしめた。
「神を射てもか。君は勇ましいな」
ルカが朗らかに笑った。
マーラの頬に、キスを落とす。
「私も君に相応しい男にならなければ」
帝国の過酷な尋問にも耐え抜いた、気高い瞳が前を見据える。
彼は力を込めて、歩き出した。
行っては駄目だ。この先に進めば、彼は殺される。
レジスタンスを誘き出す囮として、彼の処刑が計画されたのだ。
それを分かっていても、マーラは処刑場を襲撃に行った。
例え自分が死んでも彼だけは救い出そうとした。
彼が多くの人を救い逃がしていたのか分かったから。
彼はマーラの婚約者だったが、それよりも遥かに多くの人々が彼を慕い心の支えにしている。
だから何があっても彼だけは助け出さなければならない。
マーラは何があってもやり遂げると強く誓ったのに、ルカ・バルトラを救えなかったのだ。
それがすでに起こった事実だった。
だからここから歩き出せば同じことが繰り返される。
歩んで行ってはいけない。
怯えた顔を見せたマーラに手を差し出し、彼は大丈夫だと言った。
「おいで」
(だめ)
このまま歩いたら、自分と彼の運命は凍り付いてしまう。
すでに歩んだ、この道。
人々の上に作られた通路。遠くから真っ直ぐにそこを歩いて行く彼を見ていた。
マーラは覚えていた。
いや……忘れるはずがない。
彼の胸に矢が突き立った場所。
昨日のことのように覚えている。
取り戻せない。
取り戻せないのだ。
力強く歩んでいくルカの手に、マーラは引きずられた。
彼が死ぬことが避けられない運命なら、そうだ、自分も彼が射抜かれた時に胸を剣で突いて死のう。彼女はそんな風に思った。心が落ち着いていく。
一度目は心が揺れ動いていてその中で流されることしか、彼女は出来なかった。
(でも今は、選べる)
心が決まれば、一瞬でもルカの生きている姿を見たいと思った。
最後まで力強く生きていた、彼の姿を。
見上げた時こちらを振り返った顔に、マーラは目を見開いた。
『ライ』
本来そこにいるはずもないその顔を見た瞬間、
マーラはそのまま身を包み、
綺麗に全てを終局させようとしていた冷酷な神の意思を、
呆れる様な強さで拒絶していた。
倒れて息絶えるまでのルカの表情が脳裏に次々と瞬いて、
最後にライの、こちらを真っ直ぐ見つめて来るあの顔を思い出した。
――彼には。
彼だけにはあの哀しい、苦しい、痛い思いをさせてはいけない。
マーラはそう、強く願っていた。
「やめて!」
彼女は叫んでいた。
繰り返されるはずの悪夢を、強い意志で拒否したのである。
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