2区 23.1/217.1
8:30。
僕、新宮秀人は鶴見中継所でアップをしていた。これから僕が挑むのは「花の」とも形容される、2区。23.1kmという距離は箱根駅伝10区間で最長だ。さらにこのコースの過酷なところは二つの登り坂だ。15km過ぎの権太坂、そしてラスト1kmのいわゆる「戸塚の壁」。この2つの坂と最長距離を制し、区間賞を獲得した者が、正真正銘最強のエースとなるだろう。そんな2区に僕は1年生ながらエントリーされた。監督によるとキャプテン、今日3区にエントリーされた岩城真司さんと迷いに迷ったそうだ。しかし、決め手になったのは登り適正らしい。
手元でスマホから戦況を見る。今先頭集団は2人。法治大の佐田、両毛大の岩崎。どちらも譲らないレースを繰り広げる。少し離れて2位集団の5名。その中に、前回準優勝の副都心大学、そして僕たち大洋大学もいる。1区は3年、館山勇希先輩。今年3度目の1区という先輩は、区間上位で襷を運んでくるはずだ。その後ろは先頭集団から遅れたいわき大の選手が1人で走り、その後の後方集団に前年王者、南北大がいる。後はプレッシャーに負けず、自分の走りをするだけ。監督から電話が来る。『新宮、2区では最初に飛ばした者が負ける。最初は抑えて、坂を越える体力を温存しなければならん。頼んだぞ、1年生エース。』僕はそれに答えて、もう一度テレビを見る。2区の注目選手が映される。残念ながら僕は載っていなかったが、南北の桑原、八王子学園のアンダーソンが区間賞の有力候補らしい。先頭集団の法治大、両毛大にも実力者がおり、逃げ切ることもあるだろう。
9:00。
僕はスタートラインに立ち、館山先輩と襷を待つ。その前に、先頭が来た。佐田も岩崎もどちらも譲らない。岩崎が出た。両校の2区ランナーが声を上げる。佐田が、最後のスパートをした。岩崎も必死に逃げる。最後の直線に入る。佐田が岩崎に並んで、抜いた。こうして、先頭2校の争いは決着を迎えた。
トップ差 0:05
1位 法治大 ーーー
2位 両毛大 0:02
そして、20秒後。
「ラスト!ラスト!」やってきた館山先輩に声をかける。隣で、副都心大が襷リレー。館山先輩が襷を渡す。それを受け取る。この瞬間、僕の2区が始まった。「いけ!」館山先輩の声が聞こえた。鶴見中継所を出てすぐ、僕はスピードを上げて副都心大に追いついた。前との差は約30秒、後ろとは5秒といったところか。この先長い、1人より複数人の方が良い。僕も、副都心大もそう考えたのだろう。一時ペースを落として、後続のランナーの合流を待つ。1km通過、2:55。2区では抑えている方だ。
『2号車です。今3位集団、副都心大と大洋大だったのが江戸大学と武州大学が追いつきました。これで3位集団は4人。ここから、どんなレースが展開されていくのでしょうか。』
この4人の集団で、前を追っていく。僕は先頭に立って集団を引っ張ることにした。2km2:50。ここで、鶴見で7位だった竜成大が合流してきた。強力な留学生のマシューだ。これで、1区と同じ集団が出来た事になる。3km通過が、8:40といったところか。少し遅いかもしれない。先頭との差はどうなんだろう。
遅い集団に痺れを切らしたのか、竜成大のマシューが飛び出る。急なペース変動に、集団は一気に縦長になった。ここで、マシューについて行くべきか。いや、2区は後半に難所もあり、そこまでに失速してはいけない。僕はついて行かない判断を下した。唯一、武州大学のみがついて行く。ふっと頭に浮かんだことは、館山先輩だった。先輩はいまに似た場面で果敢について行き、結果この順位を掴み取った。僕にはそんなことできないな。やっぱり先輩はすごいや、と思う。とにかく、ここからは1人の闘いだ。ひとまず、1km2:53のペースで走ろう。5kmの通過が14分18秒。まだマシューの背中は見えているが、どんどん離れていく。武州大のランナーはこのペースは危険と思ったのだろう、マシューの、だいたい5秒後を走っている。8km過ぎ。マシューが両毛大を捉える所が見えた。鶴見では約40秒の差だ。一方こちらは単独走。長い2区では誰かの後ろにつきたいが、後ろはペースが少し遅いし、前の武州大学は遠すぎる。
10kmの通過が28:46。現在自分は5位を走っている。先頭の法治大は遥か遠くに、3位の竜成大マシューもどんどん遠のいて行く。あと数キロすれば、4位の武州大が両毛大を捉えるかもしれない。両毛大はあまりペースが上がらないようだ。チラッと後ろを振り向く。まずい、と思った。6位、7位は副都心大と豊国大。この2人は並走しているが、自分の距離は少し空いている。問題は、後ろに見えた4人のランナー。前回王者の南北大、さらには区間賞候補、八王子学園のアンダーソンも見える。自分との差は約20秒。六郷橋では確か1分以上の差があったから、相当詰められたことになる。「おい、新宮。後ろから4人来てるぞ、お前と20秒」上田監督の声。やはり詰められていたか。そうなると、10kmが28:00といったところか。相当飛ばしている。そろそろ権太坂に差し掛かる。ペースを上げる準備をしなくては。保土ヶ谷橋の信号を右に曲がるころに12kmの通過。この2kmは5:48。この辺りになると、だんだん登り始める。後ろを振り返ると、7秒ほどの差で副都心、豊国。そこからおよそ10秒のところに、南北大と八王子学園。自分の得意は登り。この権太坂で後ろを離すだけでなく、5秒ほど前の武州大学も捉えたい。出来れば3位の両毛大も。
13kmの通過。この1kmが2:50。前半余力を残していたことも相まって、まだまだ余裕はある。予想外なのは、後ろの2校。副都心、豊国との差を詰めて来ている。自分との差も広がらない。傾斜が急にキツくなった。正直言って苦しい。でも。(ここであげなきゃ何のために前半抑えてたんだ!)自分に言い聞かせ、スピードを上げる。武州大学のランナーの横に、並んだ。抜く。これで4位。まだだ。まだだ。それにしても苦しい。これが権太坂。昔から、名だたるエースの前に立ちはだかって来た坂。東海道で、箱根に次ぐ難所と言われた坂。箱根か。今僕が運んでる襷は箱根に届くのか。キャプテン。キャプテンが、戸塚で待ってる。少しでも良い位置で繋がなければ。近づいてくる。目の前にいる。後ろに僕がいる。横から一気に行った。振り返る。苦しそうな、「両毛大」の文字。
『大洋大の1年生エース、新宮がこの苦しい権太坂の登りで2人のランナーを抜きました。大洋大学が3位浮上、両毛大は鶴見で2位で受けた襷、4位に順位を落とすこととなりました。』
15km地点。ここで2度目の給水がある。給水係は友人の淳だった。「秀人いい感じだ!後ろと5秒。あと8kmファイト!」声をかけられ、スポーツドリンクと水を2.3口飲む。しかし…かなり苦しい。そろそろ下りだ。落ち着いたリズムで行きたい。そう考えていると、登りが終わった。ここからは少し楽な下りだ。「新宮いいぞ。こっから下りだからな。自分のペース見つけろよ」監督からも声掛けがある。下り坂ではペースを緩めたいが、ここで緩めていてはいけない。チラッと後ろを振り向くと、後ろに両毛大を抜いて4位になった武州大がいる。そして、その後ろを見た時、僕は目を疑った。南北大の桑原を振り切ったアンダーソンが、副都心と豊国の2校を抜いている。16kmを通過して、この1kmが2:50。まだ下りは続く。
おかしい。何かがおかしい。自分の横を武州大のランナーが抜いていく。ついていこうとするが、反応できない。ついさっき、両毛大に抜き返されたばかりだった。ペースが上がらない。17kmの通過、この1km3:00。なんてことだ。下り坂のここは2:50を切るペースで通過するつもりだったのに。また、背後に気配を感じ、振り返るとアンダーソンがいた。ここまで詰められたか。やはり、ついて行きたくても体が動かない。『大洋大学の新宮のペースが急に落ちています。権太坂の登りで一気に順位を2つ上げ、3位に浮上しましたが権太坂の下に突入してから急にペースが落ち、3つ順位を落としました。あ、今並走している副都心大学と、豊国大学が大洋大学に並んで、一気に抜きました。』この2人になんとかついていくしかないと考え、必死に足を動かし手を懸命に振り、どうにか追いついた。17〜18kmが3:05。本当に遅い。
20km地点を通過して、監督からの声かけを受けたが、一向に体は楽にならない。副都心と豊国とは少しづつ離れていく。ここで両側をコンクリートに挟まれている戸塚道路に入り、登りも再び本格化する。いくら調子が悪いといっても、自分の得意は登りだ。ここでもう一度ペースを上げる。豊国がスパートをかけ、副都心との距離が開いた。その副都心に追いつき、一気に抜く。さらに権太坂の下り坂で抜き返された両毛大学も抜かす。ここまで落ちているとは予想外だった。やっぱり、みんな苦しいんだ。そう思うと、なんだか元気が出てきたみたいで、どんどん豊国の背中が近くなる。急に、足が軽くなる。もう下りに入っていた。つまり残り2kmと少しだ。勢いそのままに、豊国を抜く。しかしそのすぐ後、後ろから副都心に一瞬で抜かれていった。その後から、両毛大学も。豊国大学が両毛について行き、またしても単独の9位になってしまった。やはり、下り坂ではどうにも自分の走りができない。
あと1kmの看板が見える。後、少しなんだ。そう思うが早いか、急に傾斜がキツくなる。これが、2区最後の難関戸塚の壁か。でも、エースとして2区に選ばれたからには、ここを越えなきゃいけない。少しでも抜き返してタスキを繋がなきゃいけない。なぜならそれがエースというものだからだ。限界はとうに超えている。視界もぼやけてくる。そんな中、ただ前に見える人だけを追いかけて走っていく。横に人の気配を感じた。それが感じなくなる。僕は直感で抜いたということを悟った。23kmの表示が見える。係員が旗を振っている。それを見た僕の体は、無意識に襷を取っていた。見えた。キャプテン、岩城真司の姿が。「お疲れさん」声をかけられた気がした。僕はそのまま倒れるように仲間の持つタオルに吸い込まれていった。
大洋大 新宮秀人1年▶︎▶︎▶︎岩城真司4年
大洋大学 新宮秀人 1:07:46区間13位
217.1km 大崎真一郎 @sinitirou
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