217.1km
大崎真一郎
1区 21.3/217.1
1月2日、東京・大手町に俺、館山勇希はいた。
東京箱根間往復大学駅伝競走。東京と箱根を10人の大学生が襷を繋ぎながら1月2日と1月3日の2日かけて往復する大会である。箱根駅伝と聞けば、ピンと来る人も多いだろう。
「大洋大学」
スタッフに呼ばれ、俺はカメラの前に立ち、着ていたベンチコートのチャックを開き、濃いブルーのユニフォームを見せる。俺には聞こえないが、今頃放送局では大学の紹介をしているのだろう。
『7年連続59回目の出場、大洋大学。エースでキャプテンの岩城を3区に、2区には1年生の新宮をいれてきました。5区は去年好走した2年生の山中から3年生の大野に変えて狙うは5年ぶりのシード権。』
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7年連続59回目
大洋大学
1区 館山 勇希 3年
2区 竹川 新太 1年→新宮秀人 1年
3区 小野田 智 3年→岩城真司 4年
4区 元山 有二 2年
5区 山中 竜斗 2年→大野俊哉 3年
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本戦前、ラストのミーティングで、上田監督は俺に「お前が区間上位で新宮に繋げ」と言った。俺は今回で3年連続の1区。勝負のポイントも分かって来たし、今年こそは区間賞を取りたい。ただ…今年は少し厳しくなったかもしれない。
『箱根駅伝の往路5区間のうち、スタミナのありタフな選手は2、4、5区に、スピードのある選手は1.3区に起用されることが多いです。今年は南北大のエース上野が3区に投入されたため、スピード系エースの選手は3区に置かれると考えられていましたが、1区に法治大学の佐田、両毛大学の岩崎がエントリーされましたね、解説の原田さん。』
『そうですねぇ。2人とも力のあるランナーですから、ハイペースの1区が予想されますよ。』
スタート前に、監督から電話がかかって来た。「館山、調子はどうだ?」「大丈夫です、いけます!」「よし、いいぞ。先頭はハイペースになる予想だが、自分のペースを見失うな。その上で、余裕があれば出ればいい。頼んだぞ。」「はい。監督。」
7:58、スタートラインに立った。20大学+学生連合の21人。緊張。(リラックス、リラックスするんだ。)自分に言い聞かせる。深呼吸。軽いストレッチ。目をつむる。呼吸を確かめる。
7:59:55
「位置について」
8:00:00
ドン。
走り出す。左に曲がる。日比谷通りのビル街。視界に入ってくる。
『今スタートしました。母校の誇りと襷を胸に、今21人のランナーが日比谷通りに飛び出して行きました』
自分の走りを確認する。まあまあ余裕もあって、これはいい調子で走れそうだと思う。俺はひとまず集団中ほどにつけた。警戒するのは3連覇中の南北大、去年準優勝で今年の出雲を制した副都心大学、そしてスピードエースを持って来た法治大、両毛大か。(さあどうだ。どんなペースで来る?)まだ誰も出ない。左手に東京駅が見え、そこから少し行くと、1kmの通過だ。3:01。箱根駅伝ではキロ3:00が定石というので、普通のペースだろう。(おや?思っていたより遅いペースだ。これなら区間賞も狙えるか…?)そう思った矢先、飛び出したユニフォームが一つあった。水色のユニフォーム、いわき大学だ。いわき大学?全く予想外だった。他の大学はどうするのか、周りを見渡す。法治大学の佐田がついて行くのが見えた。それにつられて、両毛大、副都心大、さらに数人いわき大について行く。俺はどうする…?いわき大について行けば、区間賞も狙える。しかし、オーバーペースで途中から落ちた場合、区間下位の可能性も高まる。反対に、この集団にとどまれば確実に10位前後の安定した順位で襷を渡せる。今年の目標は久しぶりのシード権だ。ここで崩れては意味がない。どうする、俺は行くべきか?行くなら、あと数秒で飛び出さないと間に合わない。ふと、監督の話が頭をよぎった。「[区間上位]で新宮に繋げ。」そうだった。俺が狙うのは区間上位。ならここは出るしかない。一気にスピードを上げ、前方集団後方につける。
『ここで集団が2つになりました。いわき大の飛び出しをきっかけに、8人の先頭集団ができました。』
意外なことに、王者南北大はついてこないようだ。2区、3区にエースを持つ南北大にしたら、1区は無難な順位で渡せばいいという事なのだろう。1キロ2:50ほどと少しペースが速いが、今日の俺なら行けそうだ。飛び出してからしばらくはいわき大が引っ張っていたが、途中で法治の佐田と両毛の岩崎が引っ張る。
2km、2:50。かなりのハイペースである。先頭集団は前2人、後ろ4人の状態だ。チラリと後ろを振り返ると、後ろは変わらず3:00前後のペースを刻んでいるようだ。
その後も同じようなペースを刻み、俺は5kmを14:13で通過した。
『今先頭集団の8人が5kmを通過しましたが、タイムが14:12と1km2分55秒を切るようなスピードで通過して行きました。後方集団は変わらず3:00ペースで推移しており、その差はおよそ40秒とかなり差が広がっています。』
そして、7.8kmの新八ツ山橋に差し掛かる。1区は比較的平坦なコースであるが、2つのアップダウンがある。18km過ぎの六郷橋。東京と神奈川を繋ぐこの橋の下りを使って一気にスパートする選手が多く、相当重要なポイントだ。去年の俺もそこでスパートした。そして、もう一つが今から通る新八ツ山橋だ。しかし、ここで仕掛ける選手は少ない。理由としては、まだまだ鶴見中継所は遠い事と、早く仕掛けて逃げる選手は今回のいわき大みたいにもっと前で仕掛けるからだ。坂を登る。先頭集団は依然8人。引っ張る選手は、こちらも依然として佐田と岩崎だ。登り切ったが、そこまで疲労感はない。まあ、あったほうが問題だ。先頭を佐田と岩崎に引っ張ってもらっているのだから、当然だ。テレビで見ていればこの定点で、後続との間隔が分かるのだが、生憎走っているので分からない。ずっと1km3:00ペースで走っていればいいのだが。そんな事を考えているうちに、下りに突入する。
佐田と岩崎が仕掛けた。
ここでかよ。予想外の出来事に驚きつつも、冷静に分析する。周りの状況を見てみるが、この先、今まで以上のハイペースが予想される中に飛び込もうという選手はほぼ居なかった。唯一、いわき大がついて行く。いわき大は1区で積極的なレースをして優位に立つつもりだろう。
先頭集団改めて4位集団は5人、9位集団は変わらず13人なのだろう。脱落者がいなければだが。あちゃあ。こりゃあ俺が引っ張らなきゃいけないやつか。やむなく、俺が前に出て引っ張る。ペースは2:50ぐらいか。ちょっと落としてもいいかもしれない。ただ、後方集団に呑まれるのが1番怖い。8km、9kmと進んでいくが、2:50ペースを維持できている。10kmの通過28:30。この辺りで一度集団中に入って休もう。
11kmを迎え、少し左にカーブし、京急蒲田駅が近づく。すると、急にランナーの背中が近くなった。(どこだ?)もう、1人脱落したのか。先頭のハイペースさが怖くなり、ついて行かなくて良かったなと思う。あのユニフォームは…水色、いわき大だ。前半からずっとレースを引っ張って来ただけあって、疲労も相当なものなのだろう。そして、京急蒲田駅の横を通過。いわき大のランナーをとらえた。ここに着いてくるか、更に落ちるか。
『2号車です。いわき大の鷹下が4位集団に捉えられそうです。今吸収されました。鷹下、ここから着いていけるか。あっと、一時着いていこうとしましたが、すぐに離されました。これで3位集団が生まれ、いわき大は8位となりました。』
『鷹下くん苦しそうでしたからね。このあと、後続集団に呑み込まれてからどうなるかといったところでしょう。』
15km地点。3位集団のペースはキロ3分ほどまで落ちている。しかし、後方集団とは大きな差があるため大丈夫なはずだ。運営管理車、監督からの声掛けだ。『いいか、館山。前2人はハイペースでずっと走っているぞ。その差は大体30〜40秒。後ろの集団はそろそろペースを上げだすころだ。ただ、差は1分30秒以上あるからな、大丈夫だぞ。あとは、行けそうなタイミングで出ろ!頼んだぞ!』右手を突き出し、答える。
16km通過。そろそろ六郷橋に差し掛かる。こうなると、考えなくてはいけないことがある。スパートをかける場所だ。定石は六郷橋の下り。ただ、六郷橋の登りでスパートする選手もいるはいる。それか、残り1km勝負。ひとまず、周りの様子を見てみるかな。そう思いながら、走ると、六郷橋が見えてきた。と思うと同時に副都心大が出る。(くそっここか)突然の出来事に驚きながらも、何とか着いていこうとする。
『2号車です、2号車です。3位集団なのですが、六郷橋の登りに差し掛かる手前、ここで副都心大の蒼木がスパートをかけました。集団が縦長になりました。他の選手も着いていこうとしますが、少しづつ離れていきます。その差は3mから5m。坂を登りきりました。依然として副都心大が少しリードしたまま、六郷橋の下りに差し掛かります。』
どうにか副都心に追いつかなければ。その一心で、もはや集団とは呼べないほど縦長になった選手たちの中で、俺は必死にスピードを上げて下りに入った。残り約2.5km。高い橋の上だから見えた、先頭の2人。どちらも譲る事なく、必死のスパート合戦を繰り広げている。岩崎が少し遅れたか。いや、すぐに佐田を抜き返す。お互い、プライドをかけた意地と意地のぶつかり合いだ。俺も負けてはいられない、さらにスピードを上げる。
ラスト1kmの看板が見えた。ついに副都心大、蒼木の背中をとらえた。一気に抜く。よし、これで3位浮上だ。呼吸が苦しい、足も痛い。しかし、これが1区。スパートで引きちぎった時の快感はそれを上回ってくる。
残り500m。蒼木が左から抜いてくる。離された。足を叩いて気合を入れ、もう一度ギアを上げる。自分に残った全てを出し切る。並んだ。蒼木。並ぶ。まだ並ぶ。出る。蒼木を抜いた。残り300m、ここで左にそれ、見えてくるのは鶴見中継所。一歩、一歩、一歩。足を懸命に回す。しかし、左からやって来る、蒼木。抜かれた。スピードを上げる。が、追いつかない。中継所から、声が聞こえる。「ラスト!ラスト!」新宮。襷を取る。新宮が襷に手をかける。「いけ!」最後の力を振り絞って叫び、そのまま地面に倒れ込む。
チームメイトに抱え込まれる中、新宮がどんどん遠ざかっていくのが見えた。
大洋大 館山勇希3年▶︎▶︎▶︎新宮総司1年
大洋大学 館山勇希 1:01:45 区間4位
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