奴隷モノノフの成り上がり録 

丙勇

第1話 

今日も勇者達による奴隷を使った運搬作業が始まった。「オラ、休んでんじゃねぇ!」御目付役に鞭で叩かれる。「す、すいません!」


ここは異世界ダスマナ・ギウリラ。現代で非業の死を遂げた者が、魔王と戦う尖兵、或いは勇者として召喚される土地。まあ読者に分かりやすく言えば、ゲルマン神話のヴァルハラみたいなものだ。この物語は、前世でもマイナス、今世でもマイナスな俺が、少しずつ人間として普通の生活を取り戻してく、そんな話。


____________


胡勇蔵 1998年12月13日


その子供には、四肢が無かった。だが、両親はそれでも生まれた事自体が奇跡だと喜び、泣きながらも我が子を家に連れて帰った。それから月日が経ち、子供は3歳になり、言葉を発することが出来るようになった。しかし、ある日。事件は起きた。


両親の祖母が子供を抱いて川辺を歩いてる時、勇蔵を川へ落としてしまった。


「くるしいよ おかあさん おとうさん しぬのはこわいよ」


薄れてく意識の中、光が目の前にやってきた。


「おや、また転生者か。ん!?なんと、まだ幼児かつ四肢が無いではないか。」


勇蔵は尋ねる。


「あなたはだあれ?」


「わしの名は謂わば神、名を円帝と呼ばれるものじゃ。お主は若くして亡くなったようじゃの。非常に残念じゃ、これもわしの管理不行き届き、代わりにそなたの願いを2つだけ叶えてあげよう。」


「ならぼく、てあしがほしい!ともだちもいっぱいつくりたい!」


「承知した。では、そなたにはこの世界が良いな。だがひとつだけ忠告がある。そなたはこの世界でもすごく苦しい試練が待ち受けておる、だが、それを乗り越えた先には、金銀財宝では測れない素晴らしい“なにか“が待っておる。それでも行くか?」


「うーん、ぼく、ちょっとつらいことがあっても、たのしいことの方がおおいなら、そっちの方がいい!」


「分かった。では、ダスマナ・ギウリラにようこそ、わらべよ。」


その瞬間、まばゆい光に包まれた。


そして。異世界にて勇蔵はアーロイとアズという夫婦の間に産まれ、今度は四肢もしっかり付いた大柄な赤子として産まれた。アーロイの家はモノノフ、と呼ばれる二本角の付いた一族の末裔で剣を造ることで生計を立てていた。


彼等が使う剣は特殊で、通常の剣とは違い、刃の幅が狭く、反りもあって片刃。鍔から柄に掛けてはかなり独特で、ナカゴと呼ばれる刀身の根元にある金具、鍔、布を巻き付けた木の板を一つに繋げ、拵えている。この剣はカタナ、と呼ばれるもので、最初にこのダスマナ・ギウリラにやってきたモノノフが持っていた武器で、赤子として転生してきたと同時にそのカタナを手にしていたと伝承では伝えられてる。その刀の名は妖刀"人斬り"


そして、アーロイはその人斬りを代々守護するモノノフ一族の末裔で村から匿われながら仕事をしている。


だが。ある日魔王軍の雑兵、天邪鬼達が村へ収奪に来た。


村長は縋るように命乞いする。


「天邪鬼様、どうか見逃してくれませんか、上納した子供の数は約束と同じ数字の筈です、もう村には一人しか子供が居ないのですよ!」


「じゃあその子供を渡せ。そしたら今回は見逃してやる。」


「今その子は父と遠征に行ってます!戻って来るまで待って下さい!」


「じゃあ死ね。」


「ヒィィ!ぎゃあ!」


それから1時間後。村には火を付けられ、その住民はみな天邪鬼達による馳走となっていた。そして、漸くアーロイと勇蔵は村へと辿り着いた。


「遅かったか...勇蔵、連中を倒すぞ。鬼人流、鈍ってないよな。」


「うん、父さん。あいつらは赦しておけない。」


「では行くぞ!」


「チェェェェェェストォ!」


アーロイは八相と呼ばれる独自の構えを取り、猿のような奇声を上げ、次々と天邪鬼に斬りかかる。その手には夜叉が握られてた。


「負けてられないな...キェェェ!」


息子勇蔵も負けじと鬼人流特有の猿叫を使いながら、左右の袈裟、横薙ぎ、兜割りで敵を倒していく。だが。


キィン!


「刀が!」


刀が折れた。それも当然、鬼人流は相手の獲物ごと叩き斬る捨て身であり、攻撃に特化した流派。その大半は八相か、右斜め半開でカタナを構える防御を捨てた構え。そして、体術や跳躍を交えた変幻自在の柔の剣と、一刀で断ち斬る豪の剣を兼ね備えた無敵の剣術。だが、一つ問題があるとしたら。それに耐えられる刀は魔剣や妖刀と称される伝説級の物しか無いということだろう。


「やってくれたのう坊主。とど、ミェッ!」


天邪鬼に兜割りが炸裂した。


「危なかったな、勇蔵。これで最後だ。」


「ありがとう、父さん。母さんの所へ行こう。」


「ああ。」


しかし、2人には悲劇が待っていた。アズは辱めを受けない為に、自分の喉を包丁で掻き切っていた。


「そんな...クソッ!円帝よ!何故あなたは我らモノノフを見捨てたのですか!」


______________


それから5年。勇蔵は18歳になっていた。


「さて、準備は済んだな。じゃあ、行ってくるよ、父さん。」


「待て。これを持て。」


「これって、人斬りじゃないか。父さん、良いのか?」


「それを持って外に出ろ。」


「うん。」


外に着いた。


「これより、袂別の義を行う!」


「父さん、やっぱりか...!」


「ああ。我がモノノフ一族は人斬りを継承する際に、先代の後継者を次代の後継者が殺害しなくてはいけない習わし。」


「それにこれは、妖刀を護るという自分の責務を優先する余り、罪の無い子供達を生贄として差し出してきた報いだ。アズの待つ天国には行けないが、せめてケジメだけは付けたい。さあ、俺のカバネを超えていけ、勇蔵!」


「...!分かった。」


「「チェェェェェェストォ!!」」


勝者は無論、勇蔵。何故なら、アーロイの手に握られていたのは何の変哲もないカタナであった。


「勇蔵、良いか...?」

嗚咽しながら勇蔵は答える。

「なんだい、父さん。」


「お前の代で 妖刀人斬りの持つ宿業因縁を終わらせてくれ... その剣は不幸を呼ぶ剣... 魔王を倒す為には必要不可欠だが... 最終的にそれを持つ者には最悪の結末が待っている... あの世から成し遂げるのを見守ってるぞ...」


「ああ、約束する...!するよ、俺...!父さん?父さん!」


アーロイは、全てを尽くした笑みを浮かべ、この世を去った。


それから一ヶ月後。


「待てや、食い逃げ野郎!」


「金が無くて思わずやっちまったぜ。魔剣で斬るワケにもいかんし、どうするかな。」


「止まれ!そこのもの!」 


近衛騎士が一瞥する。


「ここの領土は、勇者様が保有する場所だ。蛮行はそこまでにしてもらおうか。」


「まあ待て。」


奥の方から、冒険服を纏った一行がやってくる。


「勇者シンジ様!皆、平服せよ!」


一斉に周囲の人々が平服する。


「あんた、勇者のボスか。気配で分かる。」


「そういう君はモノノフ家の跡取りだね。有名人が食い逃げなんかしたら駄目じゃあないか。普通なら絞首刑だが、そうだな。」


「君の妖刀人斬りを僕に渡してこの場を不問にする代わりに、我々の専属召使いになってもらう。勿論危険なことはやらせない。それでどうだ?」


「いいぜ。俺には誇りがある。誉れ高いモノノフ家を受け継いだという誇りがな。だから無駄な殺しはしねぇ、好きにしな。」


「良いだろう、ではこちらに来たまえ。」


ユウゾウは近づく。だが、シンジは妙な呪文を唱え、ユウゾウは眠りに落ちた。


________________


「ここは、何処だ...確か眠らされて...って、なんだ、この服。」


いつの間にかユウゾウの服は頭陀袋を加工したものになっていた。


「起きた様だね、勇蔵くん。」


「なんだこの格好は、シンジ。」


「シンジ様、だ。この下郎がぁ!」


シンジが憤怒すると同時に、首輪に電流が流れる。


「ガッ...!」


「ふん、いい気味だ。君はこれから見世物兼奴隷となって働いて貰う。勿論妖刀は僕が預かる。」


「おい、約束が違うぞ。召使いとして安全なことをやるんじゃないのか?」 


「ああ、安全さ。命に別状は無い。でも、擦り減ることは確かだね。さあ、今日は物資の運搬だ!全員、出てこい!」


身なりの悪い奴隷達が一斉に飛び出してくる。


「さあ、愉快な生活の幕開けだ、勇蔵くん。」


___________


それで、今に至るワケ。相変わらずこのおっさんの鞭は痛ぇ。無駄にスナップが利いてやがる。


「おっ、今日もやってるねぇ、奴隷の勇蔵くん。」


「B級勇者が俺に何の用だ?」


「...!ってめぇ、奴隷が舐めたクチ使ってんじゃねぇぞ、オラァ!」


俺の腹にミドルキックが炸裂する。


「あー、すまんすまん、精神性はB級どころか、最底辺、奴隷以下か。」


俺が憎まれ口を叩く。


「テメェ...死にてぇ様だなぁ」


「おやめなさい。奴隷に不必要な苦痛を与えるのは禁止されてる筈です。」


「ヒィ、S級勇者の瑠璃様!?今日は如何お過ごしで...?」


「奴隷の人から聞きました。不当に苦痛を与えてる者が2人居ると。御目付役と、B級勇者のお二人ですね。次やったら解雇します。後、私の監視はこの全域に広がってる為、お忘れなく。」


勇蔵は安堵する。


「ありがとよ。命の恩人だ、アンタは。だが、聖女様が俺に何の用だ?アンタ、シンジの仲間なんだろ?」


「あなたをずっと待っていました、勇蔵様。共にこの世界を変えましょう。」


「へ?」


聖女は目を輝かせながら、俺の手を握った。


___________


新たな物語の、はじまりはじまり

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