2・フラミンゴ 「片足立ち、とか?」


 「ようこそ、ALERTアラートへ」


 金網フェンスの行き止まりで、バックにたくさんの子どもを従えた少年にそう言われ、私はもしや嵌められたのではと考える。


  「ちょっとマキ! 怖がらせるようなことしないでよ。それにこの子、入団希望じゃないから」

 「それは見りゃわかるさ。ってか、挨拶しただけじゃん」

 「あんた図体でかいんだから、人に与える影響を考えなさいよ」


 マキと呼ばれた少年とはる子ちゃんの言い争いを眺めていると、私と似た背丈の子が二人の間に割って入った。しかし、感心するほどケンカをやめない。

 ところで、マキさんの丁寧な口ぶりに混じる違和感は、一体なんなのだろう。


 「ああもう、お客さんの前でやめてよね。みっともない」

ソプラノ歌手のような高い声の少女が、はる子ちゃんをマキさんから引きはがした。

「ごめんねえ、うちで仲良くないの、ナッツとマキだけなんだけど……けっこう険悪で」

 その少女は、ひとりだけスカートをはいていた。上品なしぐさで私に謝る。


 「いえ、その……ナッツ? って……」

尋ねると、彼女ははる子ちゃんを手で示した。指をささないところが、よりお嬢様っぽい。

「コードネームだよ、あの子のね。ちなみに、あたしはモネ、本名は瀬戸海せとみ。よろしく」


 そんな簡単に、いろいろ明かしていいのだろうか。でも、はる子ちゃんも名乗ってくれたし、そんなに大事なことでもないのかも。

 そう思ったとき、さっき最初にケンカの仲裁にでた男の子がつぶやいた。

「好き勝手に素性をさらすな。客人が平々凡々だから、いいものの……」


 平々凡々、略して平凡。


 そう、私はギャングや不良、非行とは縁のない、ごく普通な子どもだ。

 毎朝起きて、学校に行って、たまに部活に参加して帰って、寝床につく。ちょっと成績は低めだけど、赤点をとったことはまだ一回。夜遅くに出歩くことも、バイクをふかして遊ぶこともない、ただの中学三年生。


 ……それが、悔しかった。


 なにか変えたい。だけど今まで、そんな度胸もなくて。

 でも、今なら? そう例えば……ギャング団に入る、とか。


 慌てて、心の中で首を振った。無理無理、そんなの、あり得ないって。なに馬鹿なこと考えちゃってるの、私。


 ――じゃあどうして、こっち側に足を入れたの。


 “たまたま来ちゃった”んじゃない。偶然じゃない。この辺りでケンカが頻発してるってウワサに聞いたから、わざわざ。


 どうして?――ケンカとか抗争が、見てみたかったから。


 どうして?――私の現状いまと無縁のものだから。


 なにか、変えたかったから。


 「ここの……ALERTのリーダーって、どちらですか……」

震える声を絞り出して、私は顔を上げた。

 「オレだよ。……どしたの?」

マキさんが進み出る。百九十くらいありそうな目線を、チビの私に合わせてしゃがんでくれた。


 こんな優しい瞳に、無茶なお願いしてもいいのかな。

 でも、あとには引けない。退きたくない。


 「私……私は、ALERTに入ること、できますか?」


 音がすべて、コンクリートの壁に吸収されたようだった。その沈黙が語るのは「お前は無理だ」の一言のみ。心臓が、ぎゅっとした。


 最初に口を開いたのは、客人を平々凡々呼ばわりした、あの男の子。

「あんたさ、自分のことわかってる? フィフスの新入りに追いかけられたんだろ。ナッツが助けてなけりゃ、ボッコボコにされてた。

 相手は強くてデカイ少年組織だぞ。正直、あいつらと互角にやりあえるのは、オレらの中でもナッツ含め、四人程度だ」


 なんとなく、この人は事実しか話さないんだと思わせる口調だ。この人に「明日世界が終わる」と言われても、納得してしまいそう、なんて。


 「自分を助けてくれたナッツが格好良かったか? 憧れたか? そりゃどーも。兄弟みたいに嬉しいよ。

 それで? もしあんたがALERTに入団して、ピンチになったとしても誰かが手を差し伸べてくれると思ってんなら、背後に注意しながら全速力で帰れ。すぐにだ」

「ちょっと、ロー。落ち着けって……」

「あと少し」


 ローさんは、メンバー全員を示すように手を大きく広げた。

「モネは、マキとナッツの仲が険悪と言ったが、それはあいつが平和主義すぎるだけだ。うちは仲がいいとオレは思っている。仲間意識も強い」


 わたしに見せびらかすように両手を開いた。同世代とは思えない、荒れまくった手のひら。


 「だけど、オレらが助けるのは、あくまで仲間オンリー。そして、ぬるい気持ちのやつを仲間とは認めない。以上だ」


 下を向いてしまわないよう、必死にローさんを見つめた。少し吊った目で、厳しい言葉ばかりだったけど怒った色じゃなかったこと、気づいてるから。


 ぽん、と肩に手をおかれ、思わず身をすくめて振り返った。

「あ、ごめ……そんなに驚くとは」

マキさんだ。

「あのな、ローが言ってるのは真実だ。君みたいな、えっと――」

「あ、瑞乃です」

「瑞乃ちゃんみたいな女の子を守れるほど、オレたちは強くない」


 違うんです、守ってもらいたいわけじゃなくて。


 だけど、そんな申し訳なさそうな表情も無視できない。

「……わかってます」

と、一言だけ返事をした。


 本当はずっと興味があった、不良という存在。その名前がつくだけで、きっと特別なナニカになれる、そう思っていた。


 もう、その道も絶たれたのか――。

 助られたくて、ここのメンバーになりたいんじゃない。でもきっと、私はそれを望んでしまうんだろう。


 ……結局、変えられないんだな。


 「あのね」

立ち上がったマキさんの代わりに、はる子ちゃんが隣に来た。

「私が瑞乃を助けたのは、この世界とは関係のない子だと思ったからなんだよ」


 意図がわからず、私ははる子ちゃんを見上げた。

「どう言えばいいかな、えーとね……つまり、つまりだよ。瑞乃が、例えばフィフスの一員だったなら、私は間違いなく見殺しにしてた。Hyenaヒエイナだったとしても」

あと二つ、私が初めて聞く集団の名前を挙げて、彼女は困ったように微笑む。

「つまり私たちは――少なくとも私は、それだけ薄情なんだ」


 はる子ちゃんから伝えられる事実が、胸に染みこんでくる。要するに「帰れ」だな。そうか、これがこの世界なんだ。


 だめだめじゃん、私。そう思うと視界がぼやける。それだけは一番ダメだ。涙だけは。


 ごめんなさいと、つぶやいた。みんなに聞こえたかは、もうわからないけど。

 三歩下がって頭を下げたとき、


「ごめん、でも待って!」


モネさんの声。思わず顔を上げる。彼女は私の腕をとると、マキさんのほうを向いた。

「あたし、ずっと姉妹が欲しかったの! お願い、妹なら瑞乃ちゃんがいい」


 困惑する私。それはリーダーも同じらしい。

「いや、妹っつってもな……」

「じゃあ、これはどう?」

噛みつきそうな勢いで、モネさんは詰め寄る。

「ALERTには入れない、でも仲間とは認める。これはダメ?」


 私には違いがさっぱりだけど、マキさんは考え込むように下を向いた。

 そこに、モネさんはうまく入り込む。急に声をやわらげて、ささやくように言った。


「さっきの、マキが瑞乃ちゃんの肩に触れたときの反応、見たでしょ? 下っ端とはいえ、あのフィフスのひとりに追いかけられたんだもん。きっとまだ恐怖は消えない、ね?」

 茶色の瞳が私を見つめる。そろそろと傾く陽の光が、色素の薄い髪に映って、すごくきれい。


 すぐには結論を出さないマキさんに、次に声をかけたのは意外な人だった。

「オレも、それなら賛成かな」

「……ロー」

「んだよ、その目。別に、こいつが気に入らねえから帰れっつってたんじゃないよ、オレ」


 それはわかってる、とマキさんはうなずいた。

「そんな子なら、ナッツが連れてくるはずがない」

「ねえねえ、みずのちゃん!」

明るい茶髪をポンパドールにした少女が手をあげた。

「ルカ! 私ルカ! 本当は和子かずねなんだけど、ルカって呼んでもらうほうがうれしい!」


つづいて、また人がぞろぞろやって来た。

「私はミドリ。……よろしくね」

「え、もう自己紹介オッケーな感じ? 自分はアメマ。本名は澪ね。

 こっちのマスクガールちゃんはウェザー。ちょっと無口さんだけど、懐いたらすっごいかわいいよ」

犬みたいに言うなよ、と小さな声が聞こえた。


 真っ黒な髪に真っ赤な帽子を浅く被った少年が、私の前から女の子たちを引きはがす。これっぽちも申し訳なくなさそうな声と笑顔で、

わりわりい。うち、女子少にゃあからさ、テンション上がってんにょ。ごめんねん」

これほどまでに、社会に通用しなさそうな謝罪には出会ったことがなかった。


 それより、これがどういう状況か、ついていけてない。困ってしまってリーダーを振り向いてみるけど、マキさんはさっきから何もしゃべらないし……。

 と思ったら、ちょうど彼がこちらを見ているのに気が付いた。そして、ゆっくり口を開く。

「……わかった。モネの提案を受けよう」


 ぽかんとマキさんを見つめ返した。それってつまり、仲間としては認められたってことでいいのかな。

 でも、どうしてそんな――。メンバーになることとの違いだって、分かっていないのに。


 「泣いちゃダメだよ」

はる子ちゃんがまた隣に戻ってきた。

「これから、泣きたくなることが大量に待ってるんだから」


 黙ってうなずいた。

 はるちゃんを見上げる。遠くを見据えるような彼女の目は、すてきだ。


 「よーっし! じゃあ一応、コードネーム決めようぜえ」

本場のアメリカ人みたいな金髪の少年が、ガっと肩を組んできた。その腕を面倒そうに私の肩から落とした、ポニーテールの男の子も、息を吐くようにつぶやいた。

「そうだな。誰であっても、この辺りで本名を明らかにすべきではないから」


 少し緊張する。コードネームだなんて、そんな立派なもの、もらっていいのだろうか。

 「なんか、得意なこととかある?」

マキさんにきかれ、考える。私にできること、私だからできること……。


 ないな。


 しかし「ないです」とも言いづらい。それにこの沈黙が長引くほど、気まずくなる。なんでもいいから、何か探し出せ――。


「かっ、片足立ち、とか?」

 一瞬しんとした空間で私は、人間の目はここまで丸くなれるんだと感心した。


 「あっははは! まじかよ~」

最初に吹きだしたのは、アメリカ金髪男子。

「片足立ちかあ。長く立ってられるってこと?」

「あ、まあ……はい」


 このバカげた特技からどう名付けようか、はるちゃんは真剣に悩んでくれている。

 けど、一番に手を挙げたのはモネさんだった。

「じゃあ、ブラックフラミンゴとか、どうかな」

「長えだろ」

 ローさんの速攻否定に、モネさんは頬をふくらます。


 「うん、じゃあ短くして“フラミンゴ”にするか?」

マキさんが手をたたいて、ビール瓶の箱から立ち上がった。


 正直、それも少し長いんじゃないかとは思う。だけど妙にしっくりくる名前。


 フラミンゴ。

 そう呼ばれるとき、私は周防瑞乃とは別のものになれる。


「はい。それじゃ、私の名前はフラミンゴです」

背筋をのばして言葉にすると、実感がわいた。

「フラミンゴ……か」

もう一度つぶやいて、ほっと笑みがこぼれた。


 軽やかに踊りだせそうなくらい、ぞくぞくと喜びがこみ上がる。自分はフラミンゴなんだ。あの細い脚で、真っ直ぐに立つ鳥の名前。


 恥じないようにしたい。


 「……フラミンゴ」

無意識に声にだすと、


「いつまで言ってんだよ」

本気で面倒くさそうな顔のローさんに睨まれた。




〈 『ALERT』を選んで、読んでくださりありがとうございます!

少しでも面白いな〜とか、続きが気になるな〜と思っていただけたら、下の♡やコメント、作品ページの☆で応援していただけると嬉しいです。


☆はこちらから、押していただけます

https://kakuyomu.jp/works/16818622173011272407


気ままに書いている近況ノートにも、遊びに来てもらえると喜びの舞を踊ります。

ぜひ!

近況ノート→ https://kakuyomu.jp/users/A-Poke/news 〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る