第三十三話 新たな家族の居場所~ハイランドに隠れていた者たち~(中編)
四季街での住居が決まり、ひとときの安堵が仲間たちに満ちた後、オべリスは静かに振り返り、ギムロックとベルデンに視線を向けた。
「では、次は君たちの仕事場だ。……鍛冶場へ案内しよう。」
その言葉に、ギムロックの目が光る。
「待ってましたぜ、魔王様。もう腕が鳴って仕方ねぇ。」
「ようやく、鉄と火の匂いのする場所に行けるか。」
ベルデンも肩をほぐしながら笑う。彼らの背中には、鍛冶師としての誇りと覚悟がにじんでいた。
オべリスの手が再び空をなぞると、魔紋が淡く輝き始め、次の転移陣が開かれた。
──そして、瞬きの後に辿り着いたのは、鉄と火の神殿、地下三階層 星炉宮だった。
空間全体を包むのは、常にうねり続ける熱と、金属の歌声のような残響。
その中央には、天より堕ちた隕鉄で築かれた、漆黒のドーム天蓋が広がっていた。
その内部には、炎の中に脈動する巨大な炉心──フォージ・コアが鎮座している。
「これが……星炉宮……。」
ギムロックが目を見開いた。鍛冶師である彼の心に、何かが確かに触れた。
「なんてこった……あれが中心の炉心か? あれだけの炉圧、炉力……まるで、生きてるじゃねえか。」
「すげえ……こりゃ、魂まで焼き直せそうだな。」
ベルデンも釘付けになりながら呟く。
炉心の炎は赤でも青でもなく、星のように白く、時に金色を混じえながら脈動している。そのたびに周囲の金属細工が共鳴し、まるで呼吸しているかのようだった。
オべリスはふたりの反応を見て、わずかに笑みを浮かべた。
「この星炉宮は、古き魔族の叡智と天より授かった隕鉄を融合させたもの。ここで鍛えられるものは、単なる武具ではなく、意志を持つ器となる。」
ギムロックはひとつ深呼吸をした。
「だが……いい炉があっても、鉱石がなきゃ打てやしねぇ。素材が要る。今は……何もねぇだろ?」
その言葉に、オべリスは軽く頷いた。
「そうだね……。それじゃ、君たちのために新たな階層を創ろう!」
その宣言と同時に、星炉宮の床が震え、天蓋の上部が光に包まれる。
それと同時に、転移陣近くに巨大な門が出現した。
「あの門は転移門だ。今創った地下九階層に繋がっている。地下九階層……万鉱窟『ザルグヴェイン』とでも呼ぼうか。そこは無限鉱層となる。あらゆる鉱石が自動的に生成される空間だ。君たちは必要なものを、そこから得るといいよ。」
「マジか……!?」
ベルデンが驚きに声を上げる。ギムロックも口角を吊り上げた。
「魔王様、やることがでけえな! よし、地下九階層の管理は俺たちに任せてくれ!」
「いや……素材の採掘には、あいつらが適任だろ。」
ギムロックが振り返ると、背後から現れたのは、巨大なゴーレムのラステンと、その足元を跳ねるモグラルだった。
「モグッ!」
「……確かに。」
オべリスが頷く。
「では、地下九階層 万鉱窟『ザルグヴェイン』の管理者は、ラステンとモグラル。採掘と環境維持を頼む。必要な支援はすべて提供する。」
ラステンは無言で頷き、胸の魔石コアを低く脈動させた。
モグラルはぴょんぴょん跳ねながら、「モグ! モグ!」とやる気満々である。
ギムロックはふぅっと息を吐き、星炉宮の床に右手をついた。
「……この場所、鍛冶師の魂に火を灯す。こりゃあ、一生分の勝負になるな。」
「任されたからには、最上の武具を打つ。ここが、俺たちの鍛冶場だ。」
ベルデンがそれに続くように言った。
その背に、炉心の白い炎が宿り、ふたりの影を長く映した。
次なる案内先に選ばれたのは、空を司る者にふさわしい場所だった。
「……ヴァレック、君の居場所は、ここだ。」
オべリスの声に導かれるまま、ヴァレックは転移陣へと足を踏み入れた。
続いてシヴァルとリネアも転移した。
──瞬きの後。
彼らが辿り着いたのは、天を突くような黒曜石の尖塔が林立する空間だった。
地上から天に向かって無限に続くような塔が、いくつも空を裂き、蒼白の光がガラスのように差し込む。
壁面を覆うステンドグラスは、神聖と狂気の狭間を描き、見る者に不可思議な崇高感を与える。
「前に見たと思うけど、地上のみある魔王城がただひとつ、一階層 大聖堂『ダークカテドラル』だ。」
「……ダークカテドラル……。」
ヴァレックは息を飲んだ。
その空間は、ただの大聖堂ではなかった。
それは魔族たちが祈りを捧げるための場所であり、同時に誓いを立てるための場所だった。
かつて魔王がまだ信仰という概念を持っていた時代、その象徴として建てられたと伝えられている。
「この大聖堂は尖塔でもある。天空にどこまでも続いているが、君次第で調節できるようにしておいた。塔の最上部からは、空全体を見渡すことができる。偵察、監視、指揮──空の力を持つ君にこそ、ふさわしい役割だ。」
オべリスの説明に、ヴァレックは静かに頷いた。
「……こんなにも高い空が、魔王城に存在しているとは思わなかった。」
「空は、閉ざされるものではない。ここでは、君の翼は誰にも縛られない。」
その言葉に、ヴァレックの瞳がわずかに潤む。
翼を広げ、塔の天井にまで達する高さを仰ぐと、その心には確かなものが宿った。
「ありがとう……オべリス様。俺は、この空を、そしてこの城を、守ってみせます。」
リネアがヴァレックのそばに駆け寄り、彼の羽を指でちょんと触れた。
「これが……ヴァレックの羽……。」
「おっと、傷つけないでくれよ、まだ治ったばかりなんだ。」
ヴァレックが苦笑しながらも、どこか誇らしげに羽を広げた。
リネアがくすっと笑い、シヴァルもその様子に微笑む。
ルーデンは、塔の中央に立つ聖壇に視線を向けながら呟いた。
「この場所は、力を集める焦点でもある。魔族の想念、祈念、記憶。すべてがここで交錯する。」
「つまり、戦だけでなく、信仰と誓いの場所……。」
「そうだ。ここで交わされる言葉は、時に剣より重くなる。」
オべリスが一歩踏み出し、ヴァレックの肩にそっと手を置いた。
「ここにいる限り、君の目はこの城の目であり、翼は城の意志そのものだ。……頼りにしている。」
「はっ……!」
ヴァレックは膝をつき、恭しく頭を垂れた。
「この翼が朽ち果てようとも、私は貴方の空を守り抜きます。」
尖塔の高みに風が吹き込んだ。ステンドグラスが淡く輝き、ヴァレックの背に祝福のような光が差し込む。
魔王城の空の番人として、彼は今、新たな責務と誇りをその翼に宿したのだった。
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