第三十二話 新たな家族の居場所~ハイランドに隠れていた者たち~(前編)


魔王オべリスの手がゆっくりと空をなぞると、環中宮の床に刻まれた呪印が蒼く脈動を始めた。


「それじゃ、地下二階層へ移動しようか。皆、転移陣へ。」


王座の周囲に浮かぶ石柱が低く震える。

次の瞬間、床に描かれていた複雑な魔紋がまばゆい光を放ち、空間そのものがねじれていく。

淡い青光に包まれた魔陣が、まるで花が開くように開放された。

螺旋状に展開する光が足元から立ち上がり、一行を優しく包む。


「……うおお……。」


ベルデンが思わず唸り声を上げ、ラステンのコアがごう……と低く鳴って共鳴する。


「転移は一瞬です。気を緩めずに。」


ルーデンの声を最後に、視界がふっと白に染まった。

浮遊感。無音の深淵。


そして──瞬き一つの後、彼らは別の場所に立っていた。

そこは岩山の中腹をくり抜いたような空間だった。

天井は高く、幾重もの岩のアーチが交差し、その間を紅や藍の灯火が照らしている。

巨大な門がいくつも並び、奥には朱塗りの柱と黒漆の梁で構築された建築群、ヤマ御殿が鎮座していた。


「……これが、地下二階層……。」


シヴァルが呟くように言い、リネアが背で小さく身を揺らした。

門の前に、三つの影が立っていた。


「仕事中にすまないね、ヤマ。」


「これはこれはオべリス様!」


ヤマの声は岩を砕くような重みを持ち、しかしどこか懐かしい温かみもあった。


「お待ちしておりました! そちらが今回助けられた方々ですね。私はここ地下二階層ヤマ御殿の主のヤマです。それから召使いの……右が黒烏で左が獬豸です。どうぞよろしく。」


「ちっさいおっさんと石っころと豹か。あまり見たことないな。」


黒烏が静かに翼をたたみながら呟く。


「なんてこと言うの黒烏! す、すみません。」


黒烏はいつも通りの嫌味癖だ。

獬豸は一歩前に出て、リネアを背負うシヴァルに視線を向けた。


「その子は人間か? だが、嘘はない……心に曇りもない。」


「ええ。私が守るべき者です。」


シヴァルの毅然とした言葉に、獬豸は小さく頷いた。

ヤマが笑った。


「いい目をしておられますね。」


「すでに家族のようなものです。」


シヴァルがそう言うと、ヤマはうむと頷いた。


「それじゃヤマ。お邪魔したね。皆、次の場所へ移動しよう。」


転移陣が再び展開され、魔力の流れが門の内側を満たしていく。

淡く揺れる光の中、一行は次なる場所へと足を踏み入れた。


一瞬の浮遊感。

そして、次の瞬間、彼らの目の前に広がったのは――色彩と季節が交錯する幻想的な街だった。


そこは──地下第四階層 四季街。


天井には地上の空に似た魔力の光が仄かに広がり、穏やかな自然光を思わせる明るさが広場を包んでいた。周囲には四方に分かれた異なる季節が息づいており、それぞれが独自の空気を放っていた。


春のように柔らかな風と桃の香りが漂う季彩街。

夏の熱気と狐火が揺れる焔街。

秋の霧と落葉が舞う霧葉街。

冬の静寂と氷晶が輝く氷月街。


「おお……ここが、あの四季街か……。」


ギムロックが低く唸り、ベルデンも黙って霧葉街の方角に目を向けた。


「空が青い……なのに、地下なんだな。」


シヴァルの声に、リネアが「空、きれい」と小さく囁く。


「……四季が、共に在るだと?」


ギムロックが唸るように言い、ベルデンは思わず腕を組んだ。


「これ、地下だろ?……どんな理屈だよ。」


「ここが、四季街。」


すでにこの街には、雷狸族、狐火族、雹狼族が自らの居場所を得ていた。


「わいたち、もうそれぞれの住み家決めているんだ。雷狸族は霧の中の秋が一番落ち着く。」


「狐火族のうらたちは、あの焔塔を拠点にさせてもらってるよ。誇りの炉……気に入ってる。」


「私たち雹狼族は、氷月街に。静けさが牙を研ぐには最適です。」


メザカモがそう言って歩み寄り、その背後には仲間たち──雹狼族の面々が静かに控えていた。


「ほう……もう既に根を下ろしたのか。」


ギムロックが満足げに唸り、ベルデンが霧葉街の石灯籠を見やった。


「それじゃ……俺たちドワーフは……そうだな。霧葉街だな、鍛冶には気温が大事だ。」


ギムロックが腕を組みながら言うと、ベルデンも「工房向けの石室があれば助かるな」と返す。


「私はリネアのこともあるので、季彩街が心地よいです。仲間の雪豹アンシア族は氷月街がいいだろう。」


シヴァルがそう言って、背のリネアが嬉しそうに「お花いっぱい……」と小声で呟いた。

シヴァルの仲間たちが一斉に頷き、それぞれの氷月街へ向かう。


ラステンは春の空気にそのコアを鳴らして共鳴し、モグラルは「モグモグッ」と草の上をぴょんと跳ねた。


「季彩街、気に入ったみたいですね。」


ルーデンが微笑む。

ヴァレックは、しばし空を仰いだまま言った。


「俺は……焔街だな。熱と風と空の名残が感じられる。見張りや偵察にも向くだろう。」


それぞれが、自然と自分に最も近しい場所へと歩み出していた。


春は再生と癒し。

夏は情熱と警戒。

秋は成熟と技術。

冬は静寂と研磨。


四つの季節は彼らの魂と静かに共鳴し、それぞれの居場所として受け入れていった。


やがて全員がそれぞれの区画へ散っていくのを見届け、オべリスが静かに呟いた。


「……眠るべき場所を得たのなら、次はその腕を鍛える場所だな。」


彼の言葉に、ルーデンが静かに頷いた。

次なる案内先へと向かう時が、近づいていた。

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