体が親子丼に変わる病と他者の治療で発作が起こる医者の話

ゆずリンゴ

第1話 体が親子丼に変わる病と他者の治療で発作が起こる医者

「お、お父さん!お母さん!まって……行かないで!ねぇ……私を置いてかないでよ」


 ―――そこは真っ白なキャンパスのような、そんな空間だった。目の前には父と母の後ろ姿があるが自分を置いていくように前へ進んでいく。それに追いつこうと足を動かそうとも、なぜか鉛のように重く進めない。せめて必死に手を伸ばすが、やがて両親の姿は消え伸ばす手は空白を掴んだ。


 ◇


「……ふ、ふふ。変な夢、見ちゃった」


 朝、何も無い小さく錆れた廃墟で少女は目を覚ました。そんな彼女は起き上がるとボロボロの白いワンピース服と穴だらけのジーンズに着いた砂埃を払い、一言呟く。


「もう、消えちゃおうかな。お母さんも、お父さんもそう。皆と同じところに行きたいよ」


 少女の虚ろな目は焦点が合わないでいる。そしてふらつきながら廃墟の外へと出るのであった。


 外では冷たい風が吹いている。街には明かりがともっておらず、暗い。それもそうだ。街を今生きているのはきっと少女1人くらいなのだから。 そして人の代わりとして街を行き交うのは無数の親子丼。


 あぁ、この世界はされている。そのキッカケはなんだったか。

 少女は1つの親子丼を前に記憶を遡る。


『緊急速報です!世界各国で巨大な親子丼が現れました。しかもその正体は人間だったものらしく……体が親子丼へと変化する病だそうです』


 そうだ、親子丼が現れたのは今から何年も前の事だった。家の食卓にもよく並ぶソレは突然に人間の脅威として現れたのだ。


『感染した親子丼から出る湯気を鼻から吸うと感染、親子丼を食べても感染』


 親子丼は病であった。感染すると体だけ親子丼となり、最終的には親子丼そのものとなる。


『学級閉鎖します!3つの密は避けてください!ガスマスクは絶対着用!全国のチェーン店での丼物も廃止してください!』


 日本国内での感染者を機に学校は完全に閉鎖された。外出時にはガスマスクの着用が徹底されることとなった。


『ワクチンがついに完成しました!しかし……直接の親子丼の摂取には対応していないため注意してください。……ここに至るまであまりにも犠牲は多く、既に人口の8割以上は親子丼となってしまいました』


 ワクチン完成時には世界は親子丼ばかりとなっていた。手遅れだったのだ。大事な人を親子丼にされた人、機能を果たせなくなった世界に希望を失った人なんかはワクチンの拒否をするか、親子丼を口にして自らも姿を変えてしまった。


「もう、嫌だよ。なんで、お父さんも……お母さんも、……ねぇ1人にしないでよぉ……」


 いつの間にか両目からは涙が零れ、その手は親子丼へと向かっていた。そんな時だった。

 とある低い声が少女の耳に入る。



 そんな意味の分からない言葉だったが次の瞬間―――ガキッ!……バキ、バキ、バギッ!と大きな音を立てながら目の前に居た親子丼がみるみるうちに消えていく。そして人を隠すほど大きな親子丼が消え、代わりに現れたのは白衣を纏う1人の男であった。


「え、なんで。ひ、人……?」


 少女は目を丸く見開いて言う。だって、あまりにも理解し難い光景だったから。もう見なくなった人がまだ生きていたことも、親子丼が食べられたことも。


「……ん、あっあー?」


 少女の存在に気づいたのか、不思議そうに首を傾げながら男がこちらに近づいてくる。

 ―――そして、少女の手を口で加えた。


「ひっ!やめてください!!!!」


 ぬるっとした唾液だらけの口に急に手を入れられたのだ。当然に悲鳴が出る。しかし口はその手を離さない。


「口に入ったってことはぁ……食べ物じゃありませんねぇ」


 目の前の男が何を言ってるのか、分からなかった。理解出来ることが無かった。



「……ん、あれ、5本突起物が。動いていますし……生物?まさか、あなた人間ですか?すみませんがYESなら思いっきり私の足を蹴ってください」


 そう言われ少女はとりあえず足を蹴った。

 単純に気持ち悪いこの男に痛い目にあって欲しかったから。


「YES……素晴らしい!人と会えるだなんて!あ、ですがすみません。もう少しこのままで居させてください」

「え、え!?離してくださいよ!」


 少女は必死に叫ぶが結局離れたのはそれから30分ほどが経った頃である。


「……あは、すみませんでした」

「控えめに言って、許せません」


 ようやく離れた男は少女を前に正座をしていた。


「いやぁ、なにせ人が残っているだなんて思っていませんでしたから……ねぇ?ところであなた名前は」

「言いたくありません。というか貴方は何者なんですか?親子丼を食べた……食べましたしたよね?いや、全部食べるなんて人間とも……」


 親子丼は体の内側を守るように食器のような硬いものが覆っているが、それも食べていたのだ。とても人間とも思えなくなってきた。


「はは、……そうですね。親子丼の治療を唯一行える医者と言いましょうかね」

「え?」

「いやぁ、私はワクチンの抗体が勝手に変化した結果、特異体質になったようで親子丼を食べれるんですよね……まぁ、食べると発作として一定時間視力と聴力を失うんですが。ほら、貴方の手を咥えてしまったのも目が見えなくなっていたからなんです」

「……意味がわかりません」


 全体的に全てがもう理解できなかったが、この男が「親子丼を食べること」を治療という風にしているのが特にだ。


「それって、治療じゃないですよ……よく分からないですけど、親子丼は人だったのに、それを食べて……貴方は人を殺してるの」

「あは、はぁ。そうですか。いえ、貴方は若いから知らないかもしれませんけど親子丼って食べ物なんですよ。卵と、鶏肉をあまじょっぱく味付けした物をご飯に乗せたものなんです。元々食べられるためにあるんですよ」

 男のそれに少女は俯きながらも反論する。 「しっ、知ってる!親子丼くらい……だって、お母さんに作ってもらったこともある」

「……そうですか。ですがあの親子丼を人だなんて。戻すことも出来なければ、動きもしない大きな病原菌、親子丼を」

「私は……親子丼じゃないから分からないけど、親子丼になった人にも意識がまだ残っているかも」

「残っているかもしれない。……そうですね。そうかもしれません」

「なら―――」


 少女が何かを言おうとするのを無視して男は続ける。


「そうなら、尚更私は親子丼を食べなければいけない」

「……え?」


 男の言葉に、ポカンとする。


「親子丼となった人は多くいて、動くことも出来ず、ただそこにあることしか出来ない。それも人々を脅かす感染源として……時に、あなたはなぜ生きているのですか」

「なんで……って」


 男からの唐突の問に少女は言葉を詰まらせる。


「こんな世界、何人が絶望したか。親子丼になる人もいれば、命を終わらせる人の方が多い。……もう一度聞きます。貴方はなぜ生きているのか」

「だって、……生きろって、言われたから」


 かつての事を思い出す。両親が食料を求め外に出た日。両親が遅くまで帰ってこず、言いつけを破り外へ出た。家の前には、2つの親子丼と、食料。そして片方の親子丼から、声が聞こえたこと。「貴方だけは生きて」―――そう、言われた。だからワクチンも受け入れて、今日まで生きたのだ。


「そうですか。……生きろと言われた。私にもそんな人がいた。大切な人が。それなのに、結局は絶望して大切な人を食べて自分も生きるのを辞めようとした。今思うと、最低な事ですよ。生きろと言った相手を侮辱する裏切り」

「……」


 男の言葉に、声が詰まる。


「でも、生きている。こうして…親子丼を食べる力を持って。こんな力を持ったものだから、『お前は親子丼になった人を解放しろ』とあの子に言われた気になりましたよ。だから私は親子丼を食べ続けている」

「……そうですか」


 少女もここまで聞いて、男を否定することも出来なくなってしまった。


「分かっていただけたようで良かった。それじゃあ、はい」


 男が手を差し伸べる。


「え」

「せっかく会えたのだから共に行動をしませんか?1人だと寂しいですし……いえ、強制はしませんけどね」


 男の言葉に、少女は考え、そして言う。


「ついて行く。……その、弔いたいから」

「ほぉ、弔いたい?」

「あなたのする事は否定できないけど、せめて貴方が食べた親子丼の命と向き合って、弔いたい……と思ってる」

「いいと思います。はい、素晴らしい考えです。それにしても1人じゃないとなると心強い。私が発作で視界が見えない時に人を見つけたら手を引っ張るなどもしてもらえる……頼りにしてますよ」

「……えぇと、よろしくお願いします」


 ◇


 少女と男は1つの小屋にいた。そして辺りでまだ残っていたカップ麺を水で戻した物を食べながら会話をする。


「ところで、今日何か拾っていた電卓、何に使うのですか?」

「まぁ、木魚の代わりに使おうかなと……こういう感じで」


 食べかけのカップ麺の隣に電卓を添えて、彼女はお経を唱え始めた。


 ―――この世界は、体が親子丼に変わる病とその治療で発作が起きる医者がいる。そして、親子丼を弔う少女が。


[完]







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体が親子丼に変わる病と他者の治療で発作が起こる医者の話 ゆずリンゴ @katuhimemisawa

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