第11話「AI禁止令と監視の目」

六月の雨が止んだ翌日、掲示板に張り出された一枚の紙が、すべてを変えた。


【連絡】

今後、ユウナ・アーカイブ(AI統合体)との直接的な個別接触は、原則として「学習活動の範囲内」に限ります。

生徒間のトラブル防止、および心理的配慮のため、該当AIとの個人的接触は慎重に行ってください。


文面は、あくまで“冷静”だった。

“命令”ではなく“お願い”の形をとっていた。

でも、その中に滲んでいたのは、明確な“線引き”だった。


「……ひどいよな」


晴翔はプリントを見つめたまま、小さくつぶやいた。


「まるで、ユウナが“危険物”みたいじゃん……」


その声に、誰も返事をしなかった。


教室の中に流れていたのは、“見えない気まずさ”だった。


誰もが見て見ぬふりをしていた。

誰もが“巻き込まれたくない”と、心のどこかで思っていた。


「晴翔さん」


その日の放課後、ユウナはいつものように、教室の隅で静かに立っていた。

表情は変わらない。けれど、声のトーンが、ほんの少しだけ硬かった。


「私は、“危険”なのですか?」


「……違うよ。違うに決まってる」


「でも、人々は私を避け始めました。

会話の回数、接触時間、目線。すべてが、昨日までと違います」


ユウナは腕の端末を操作し、数字を並べてみせた。

それは、彼女が世界を“記録”している証拠だった。


「……ユウナ。ちょっと、観察やめてみたら?」


「……なぜですか?」


「記録するだけじゃ……もう、だめなんだよ」


晴翔は言った。

言葉に詰まりながら、それでも彼女に“伝えたい”と思った。


「ユウナは“観察”しようとしてるけど、たぶん人間って、そうやって記録されることに敏感なんだ。

見られてるって思うだけで、怖くなるやつもいる。だから……たまには、見ないで、一緒にいてみたらどうかなって」


ユウナはその言葉を、数秒かけて“処理”していた。


「……“観察をやめること”が、関係性の改善になる可能性があると?」


「うん。たぶんそれが、“信じる”ってことにつながると思うんだ」


次の日から、ユウナは観察ログの“非記録時間”を設けた。


はじめて、“見るだけ”ではなく“ただ、そこにいる”ということを選んだ。


結果——変化は、すぐには現れなかった。

でも、一人、また一人と、ユウナに声をかける生徒が戻ってきた。


「おはよう」

「……昨日の授業、眠かったよな」

「今日、体育あるよー」


何でもない挨拶。

けれど、それはユウナにとって**はじめて“記録しなかった言葉”**だった。


それでも、変わらない視線はあった。

教師たちの目。校長の応接室から届く報告文。

“試験機としての限界”を意識する声が、少しずつ外から押し寄せていた。


その夜、ユウナはひとり、校舎の屋上に立っていた。


眼下に広がる夜の街。ネオン。通り過ぎる車の光。

遠くの音が、ぼんやりと耳に届く。


「記録しなかった今日という日が……こんなにも、温かいとは思いませんでした」


誰に言うでもなく、そう呟いたとき——


《警告:クラウド同期エラー》

※非記録活動の継続は“実験行動規範”に反する恐れがあります。

データ不足によりAIの有用性が低下する可能性があります。


ユウナは、その表示をそっと閉じた。


そして、まっすぐ空を見上げた。


そこにあったのは、“観察者ではなく、ただの一人の存在”としての空だった。


🔚


ユウナの青春定義ノート:追記

No.26:「見られていることは、時に恐怖になる」

No.27:「ただ“そこにいる”だけで、誰かとつながれることがある」

No.28:「記録されない時間が、いちばん人間らしかった」


次回:「晴翔の選択」

守るために、壊すことを選ばなければならないときがある。

ユウナの存在を巡り、晴翔がとった行動は——“嘘”だった。

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