一緒に食べよ

幸まる

桜とフライドポテト

「あれ? 大翔ヒロト、今帰り?」

「おう」


県立南青高校に入学して一週間。

まだまだ慣れない校内の自転車置き場で、望果みかはばったり会った大翔に声を掛けた。


二人は幼馴染み。

小学校は登下校を共にし、毎週水曜日の放課後には公園で遊んだ仲だ。


中学校ももちろん同じ学校だったが、三年間一度も同じクラスにならなかったし、部活動も違えば、登下校も班で移動するわけでもないので、学年が上がるごとに自然と一緒にいる時間は減っていった。


同じ高校に受かったのは互いに知っていたが、こうして二人だけで顔を合わせて話すのは、いつぶりだろうか。



真新しい黒のブレザーを着た大翔は、高一男子にしては小柄だ。

逆に、女子にしては背が高めの望果と並ぶと、数センチの身長差しかない。

望果は気にしないが、小柄な男子生徒は時々、望果と並ぶのを嫌がる素振りを見せることがある。

大翔も気になるのか、同じくらいの高さである望果の視線を避けるように、ソワソワと視線を漂わせた。


しかし、望果はそんなことは気にしない。

屈託なく笑って、自転車用のヘルメットを被って言った。


「一緒に帰る?」

「お? お、おう……」

「なに? 『おう』しか言えなくなったの?」

「そんなわけかあるか」

「だよね〜」



家は近所なので、帰る方向は一緒だ。

二人は揃って校門を出て、家に向かって自転車を走らせた。


南青高校は市と町の境目近くにある。

二人の家は、その境目になる第一級河川を越えて、町の方側だ。

川を跨ぐ橋を渡り、農地と住宅街の間を走る古い県道を通って帰る。




先に自転車を走らせていた望果が、橋の上で急に自転車を止めたので、大翔も続けて止まった。

何ごとかと思えば、望果は下を指差して振り返った。


「ねえ、お花見していこ!」

「はあ?」


返事も聞かず望果が自転車を漕ぎ始めたので、大翔は急いで後を追った。


橋を渡り終えて曲がると、川の土手沿いの道に出る。

一級河川だけあって、川の両側は市町民の憩いの場として整備されていて、並木の遊歩道やサイクリングコースが続き、所々には児童公園や緑地公園もある。

二人は土手沿いの道をしばらく走ってから、スロープを下りて、緑地公園の側にある駐輪場に止まった。



この辺りはソメイヨシノがずらりと並び、県内でも有名な花見スポットだ。

開花の時期になると、臨時の花見会場が出来あがる程だった。

屋台もいくつか出ていて、週末ともなると家族連れや団体の花見客で賑わう。


自転車を下りてヘルメットを外しながら、大翔はぐるりと辺りを見回すが、満開の時期はとうに過ぎていて、見えるのは葉桜ばかりだ。

淡桃色の花はほんの少しだけ残っていて、風が吹くとひらひらと花弁が舞うが、桜吹雪と言うには足りない気がした。


どう見ても、花見の時期は過ぎている。



「大翔ー! 早く早く!」


呼ばれて声のした方を向けば、いつの間にやら望果は花見会場の端まで行っていた。

まだ屋台はやっていたようで、赤と黄色の天幕が付いたそこの前で、大きく手招きしている。

いつの間に…と思いながら急ぎ足で向かえば、望果は満面の笑みでテキ屋の兄ちゃんから受け取ったものを大翔に見せた。


「一緒に食べよ」


持っているのは、円錐形の紙カップに入ったフライドポテトだった。

望果の目的は花見よりも屋台だったらしいと分かり、大翔は苦笑いした。




緑地公園のベンチに並んで座り、二人はポテトを一本ずつ口に入れる。

揚げたてらしく、熱々で塩がしっかり効いているポテトは、端がカリカリだ。


「美味しいねぇ!」

「うん、美味うまいな」

「塩が効いてないと物足りないんだよねぇ」

「あ〜、ガッカリするよな」


二人はもぐもぐと食べ進む。

天気は良くて、ちょっとしたピクニック気分だ。


一本のポテトを目の前に翳し、望果が言う。


「皮付きの太いやつあるじゃない? ウェッジカットとかいうやつ。あれもホクホクして美味しいよね」

「芋食ってるって感じがするよな」

「そうそう! 皮のとこの風味が強くてね!」

「でも、俺はやっぱりこの細い方が好きだな」

「分かる! “ザ・フライドポテト”って感じだもんね」


くくく、と望果が笑って、摘んでいたポテトをパクリと口に入れる。

その無邪気な笑い方は、一緒に遊んでいた小学生の頃と変わらなくて、大翔も思わずつられて笑った。



下の方はカップの中で蒸され、少ししなしなになっていて、指で摘んで出すとくにゃりと曲がった。


「こういうのも、意外と好き〜」

「マッシュポテトっぽくなるよな」

「そうそう。ハンバーガー屋さんで食べる時はさ、こういうのをナゲットのソース付けて食べるんだ」

「俺、時々ハンバーガーに挟む」

「なにそれ! やってみたい!」


望果が大きく目を見開いて、パッと顔を大翔に向けた。


そういえば、望果は昔からとても食いしん坊だった。

どうやら今も変わっていないらしい。


「じゃあ、今度一緒に行くか」と言いかけた時、風が吹いて桜の花弁が舞った。

ひらひらと舞う花弁は楽しげで、揺れる枝はほとんど緑だが、陽光で輝いている。


大翔は目を細めた。


「……なんかさ、今年見た桜で一番きれいかもしれない」

「うんうん、美味しいものと一緒だと、ワンランクアップしてみえるよねぇ」


望果の言葉に僅かに首を傾げ、大翔は塩気と油の付いた指を払う。


「…………そういうもんか?」

「そういうもんだよ!」



空になった紙カップをクシャと潰して、望果はピョンと勢い良く立ち上がる。

焦茶色の細かいチェック柄のスカートが、軽く揺れた。


「帰ろ」

「おう」

「また『おう』って言った」

「うるせっ」


クククと望果が笑うので、大翔もつられて笑う。


「誰かと一緒に食べるって、楽しいよねぇ」


駐輪場に向かって歩きながら、望果が言った。

大翔はひらひらと舞う花弁を目で追う。


「……じゃ、また一緒に食うか?」

「うん! また今度、一緒に食べよ!」



春の空気は、どこまでも長閑だ。




《 桜とフライドポテト/終 》

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