第15話 世界の色が変わって見えた

「...オタク友達?」

聞き返した俺の声は、

思っていたよりも情けなく裏返っていた。

「私...そういうの、話せる人居ないから」

焦りが消え、落ち着きを取り戻した白銀氷華には

超人気女優の孤高さ”が、

ほんの少しだけ見えた気がした。

(...想像がつかない世界だな)

撮影の現場はもちろん、学校でも、日常生活でも

彼女はきっと、自分を偽って見せている。

それが“普通”として認識されているからこそ、

誰も踏み込めないのかもしれない。

「別に...俺で良いなら、ですけど」

そう答えると、白銀氷華はぱっと表情を明るく

――しなかった。むしろ固まった。

(あ、あれ?間違えた?)

「...いいの?」

「いや、 "ありえない"みたいな顔しなくても...」

貴方から言ってきたんですよね?

と思わず言いたくなってしまう顔だった。

「だって...会ったばっかりのクラスメイトに

こんな事言われても困るかなぁ...って」

そんな事を言われ、俺は苦笑して、肩をすくめる。

(...そういう事、ね)

「確かに驚きはしましたけど、

困っていないですよ...?寧ろ嬉しいくらいです」

「...君は優しいね」

小さく、聞き逃しそうな声が落ちる...

白銀氷華がとても儚く感じた。

「じゃ、これからよろしくってことで」

だが、直ぐに表情は切り替わり、

スマホを取り出して、画面を俺に向ける。

「交換しよ」

そこには、QRコードを開いた連絡先の登録画面。

今をときめく超人気女優と

連絡先を交換できるなんて...

俺は一体前世でどれだけ善行を積んだのだろう。

「はい、よろしくお願いします」

「というか、なんで敬語なの?」

「会って間もない人には敬語なんですよ」

そう答えると、白銀氷華は「ふぅん」と

軽く息を漏らし、少しだけ前髪を指で直した。

「...私たち、もう友達よね?」

白銀氷華が少し恥ずかしそうに問いかける。

「えぇ、そうですね」

「じゃあ敬語やめて」

「...あの超人気女優の白銀氷華にタメ口を使えと?」

白銀氷華はわずかに眉を寄せ、

“そんなの当たり前じゃない”といった表情になる。

「女優である前に、私はクラスメイトよ」

少し拗ねたような口調だった。

「...分かった、敬語は使わないよ」

「それでよろしい」

そのやり取りのあと、

白銀が両手に抱えた買い物カゴに視線を落とす。

「...取り敢えず、買おうか」

「そうね...ずっと持ってると疲れるし...」

「そりゃ、そんだけ持ってたら...」

白銀は首をかしげ、

少し不思議そうな顔で俺を見つめる。

「如月も同じようなものじゃない」

「これは俺だけのじゃないんだよ」

てか、八割くらいは夢の物だ。

「...ごめん、友達と来てたんだ」

少し申し訳なさそうに目を伏せる。

「大丈夫だ。一緒に来たのは

1ミリも気を遣わない奴だからな」

「...そう?でも、その一緒に来た人はどうしたの?」

「アイツなら電話...」

と言いかけたところで、疑問が頭をよぎる。

(...電話、長すぎじゃないか?)

その疑問が喉まで出かかったところで、

俺のスマホがブルッと震えた。

「すまん、ちょっと...」

画面を見ると、夢から連絡が来ていた。

『お兄ちゃん、友達と一緒?

私、適当に買い物しとくから

どこか行ってきて大丈夫だよ。

あ、グッズは買っといて!後でお金返すから!』

俺と白銀が一緒に居るところを見て、

自分が居たら邪魔になると思ったんだろう。

(...こういう時は気を遣え過ぎる奴だよなぁ)

『了解、ありがとな』

そう返信して、スマホを閉じる。

「用事が出来たみたいだ」

本当は妹に気を遣われてしまったのだが、

わざわざ言うことでもないので

そういうことにしておく。

「そうなの」

「お財布の中身が消し飛ぶな」

カゴに入っているグッズ量見て、

思わず苦笑してしまう。

「私が奢ってあげようか?友達だし」

その一言に、俺は思わず眉をひそめる。

「...白銀の友達像、間違ってないか?」

「冗談だよ」

二人で少し笑いながら、レジに並ぶ。

レジの前は混んでいたが、

スタッフは慣れた手つきで順番を捌いていた。

少し話しながら、待っていると...

「こちらで、ご購入どうぞー!」

俺たちの番が来て、店員が

商品のバーコードを次々と読み取る。

「袋、お付けしますか?」

「はい。お願いします」

そうして、決済音が鳴り、

店員が商品を丁寧に袋へ入れる。

隣のレジに視線を移すと、

白銀は笑みが抑えきれないといったような

嬉しそうな表情を浮かべていた。

(綺麗だな...)

空気のざわめきやレジ前の人々の動きが、

いつの間にか周囲から消えたように感じられ、

視線が彼女に吸い寄せられる。

「...お客様?」

我に返った俺は慌てて返事をする。

「あっ、はい!すみません!」

袋にグッズを詰め終えた店員が、

丁寧にこちらに差し出す。

「ありがとうございましたー!」


―袋にグッズを受け取り、店を出て、

俺たちは人の波を避けながら...

ゆっくりと歩き出す。

「白銀、明日から学校来れるのか?」

歩調を合わせつつ、俺は横目で白銀を見る。

「そうね。しばらくは登校出来そうだわ」

彼女は袋を抱えた腕を少し持ち直しながら、

淡々と言う。

「それは良かった」

「明日も私と会えるわね」

軽く弾んだ声。照明の明かりが、

彼女の横顔をふわりと照らす。

「学校で話しかけないでくれよ?」

「...酷い、なんでよ」

白銀は足を止めかけ、

少しだけ睨むような視線を向けてくる。

「俺が殺されてもいいってのか...?」

俺も足を止め、冗談めかして肩をすくめると...

「あら?私の為に死んでくれないの?」

白銀は悪戯っぽく言う。

「遠慮しとく」

そう返すと、白銀はゆっくり歩き出し、

俺もその横に続く。


―その瞬間、彼女のスマホが震えた。


通知音ではなく、着信音。

彼女はピタッと動きを止め、画面を覗いた途端、

小さく肩を跳ねさせた。

「...マネージャーだ」

白銀は俺にちらっと視線を向けて、

申し訳なさそうに眉を寄せた。

「ちょっと、ごめん」

そう言って、通路の端の方へ小走りで移動する。

少し離れた場所で、小さな声が断片的に聞こえた。

「...はい、今――」

「この後...」

「はい、分かりました」

どうやら急ぎの呼び出しらしい。

(...大変だな、超人気女優)

白銀は通話を切ると、そのまま一瞬立ち止まり、

小さく息を整えてからこっちへ戻ってくる。

さっきまでの柔らかさとは違う、

仕事の顔がほんの少し残っている表情だった。

「ごめん。急遽戻らなきゃいけなくなったみたい」

「あぁ、仕事?」

「うん。今日オフの予定だったんだけど

...まぁ、こういうのはよくあるから」

表情は平然としていたが、どこか寂しそうだった。

周りでは、友達と楽しそうに話していたり、

カップルが幸せそうに手を繋いで歩いていたり、

楽しそうな時間が流れていて...


―その中で白銀だけが、

時間の流れから切り離されているように見えた。


白銀は小さく息を吐き、

髪を耳にかけ直しながら、ぎこちなく微笑んだ。

「もうちょっと、話してたかったんだけどなぁ...」

その言葉は、冗談めかした軽さではなく、

本心がふとこぼれ落ちたような響きだった。

「...これからいくらでも話せるだろ?友達だからな」

俺がそう言うと、白銀は少しだけ目を細めた。

「如月って女たらしってよく言われない?」

「最近は言われるな、不思議なことに」

「自覚なしかぁ...」

そう言って、白銀は少し微笑んだ。

「迎えの車、建物の裏に来るみたい」

「じゃあ、そこまで送るよ」

「...ありがと」

俺たちは再び歩き出した。

先ほどまで聞こえていたワイワイした賑やかさが、

少しずつ遠のいていく。

エスカレーターを降りる途中、

白銀はぽつりと呟くように言った。

「今日...すごく楽しかった」

視線は前に向けたまま。

けれど、

その横顔はどこか照れているようにも見える。

「あんなに笑ったの、久しぶり」

「そりゃ良かった」

俺はそれだけ答えたが、白銀は満足げに笑う。

「あっちだな」

「うん」

少し歩いた先で、黒い車が停まっていた。

フロントライトが一度だけ点滅する。

「迎え、もう来てるみたいね」

白銀が足を止める。

その背中が、ほんの少しだけ寂しげだった。

「じゃあ...また明日、学校で」

と言いかけて、白銀は小さく苦笑した。

「...話しかけちゃダメなんだったわね」

「生き延びたいからな、俺は」

「変な人」

白銀は、ふっと柔らかく笑った。

さっきまでの“仕事の顔”が、少しだけ溶ける。


―そして


「――今日、本当にありがと。楽しかった」

その言葉は、太陽が落ちかけている空気の中で

やけに真っ直ぐ響いた。

白銀は車に向かって歩き出し、

ドアが開く瞬間だけ、もう一度こちらを振り返る。

まるで何かを言いたげに...

けれど言葉にせず――静かに微笑んだ。


白銀を乗せた車は、ゆっくりと角を曲がり、

夕方の街に溶けるように消えていった。

「...明日、か」

手には大量のアニメグッズの袋。

暖かい夕風が頬を撫で、

遠くから聞こえる人々のざわめきが、

現実へ引き戻してくる。

「...人気女優様ってのは距離感がバグってるな」

苦笑しながら呟く。

夕焼けは静かに深まっていき、

街の灯りがひとつ、またひとつと灯り始める。


今日の出来事は、

ほんの数時間だったはずなのに――

なぜだか、世界の色が変わって見えた。


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