第10話 地獄が
甘凪と交わした「土曜の約束」の余韻を
抱えたまま、俺は家路についていた。
胸の奥で、あの一言が何度も反響する。
(デート......デート、か)
思い出すたびに心臓がうるさく鳴り、
口元が勝手に緩みそうになる。
(しょうがない、これは不可抗力なんだ)
だって、デートなんてしたことないですし...?
舞い上がるのはしょうがない。
気を抜けばまた、ふっと笑みが零れそうになった
そんな浮ついた気分のまま玄関の前に立ったとき
―中から妙ににぎやかな声が漏れ聞こえてきた。
「お兄ちゃ〜ん!」
がちゃりと扉を開けた瞬間、視界が動く。
勢いよく飛びついてきた衝撃で、
思わず一歩よろけてしまう。
(何?...なになに?怖っ!)
「うわっ!?お、お前...!」
「ひさしぶり〜元気してた?会いたかったよ〜!」
抱きついてきたその少女は、俺の妹だった。
(...ビビったぁ、怖過ぎるだろコイツ...!)
「なんでお前がここに...」
「今日からしばらくこっちに泊まるの!
パパから聞かされてないの?」
「いや...聞いてない」
「ありゃ...?サプライズ成功ってことか」
いたずらっぽくウインクを飛ばしてくる。
妹――
俺が一人暮らしを始めてから、
しばらく会う機会が無くなってしたのだが...
俺は額を押さえ、ため息を吐いた。
「...急すぎるんだよ」
「なんだよぉ...!わざわざ来たのにぃ!」
「はいはい、ウレシイウレシイ」
俺は靴を脱ぎながらぼそりと呟いた。
「...まあ、元気そうでよかったけどな」
「全くもう...!ツンデレなんだからぁ〜」
夢はにこにこと笑みを浮かべながら、
俺の顔をじっと覗き込んできた。
「よし、出ていけ」
「ちょっと?追い出されたら何処に泊まるのさ!」
「野宿」
俺がそう言い放つと、
夢はぷくっと頬をふくらませた。
「私に死ねと...?」
「大丈夫...!俺はお前を信じてる!」
「無理だわ」
夢が冷たい目で俺の顔を見つめてくる。
「冗談」
(父さんのとこまで距離あるし...流石に)
もう夏が近いし、てかもう夏だし
こんな中で外に追い出したら...
(コイツなら生きてそうだな)
なんでだろ、コイツがくたばる未来が見えない。
バトル漫画にいる
『あ、コイツ死なんわ』って読んでて思う
アホっぽいギャグキャラみたいな感じだよ。
「じゃなかったらやべぇ奴だよ」
なんてこった...俺が出会った中で
最上級のやべぇ奴に言われるとは...
「お前に言われるなんて...」
「おいコラどう言う意味だ...?」
夢はぐっと詰め寄り、俺の胸ぐらを軽く引っ張る。
「ヤンキー出てますよ妹様」
「癖になってんだ」
「俺の家庭にそんな事情はねぇ...!」
「え?お兄ちゃんまだ習得してないの?」
夢は心底不思議そうな目で見てくる。
「あ、これ俺が劣等生タイプ?」
「妹に無能な兄と呼ばれる俺!
でも本当は、俺に特別な力が!?」
ありもしない事を熱演する夢に、
俺は呆れた顔で手を振って否定する。
「ねぇよ、何期待してんだ」
夢はその場に倒れ込み、
床をばたばた叩いて抗議する。
俺はこめかみを押さえ、
天井を見上げて大きなため息をついた。
「あ、お兄ちゃんのベッドの下確認しないと」
「何を確認しようとしてやがる」
「ふふふ、私を阻む者は居ないのだよ!」
「何言ってんだ...」
そう言って夢の首根っこをひょいと掴む。
「お兄ちゃんに乱暴されちゃぅぅ〜!」
「大きな声で馬鹿なこと言ってんじゃねぇ!」
隣の部屋の人に聞こえてたら、
今度から俺を見る目が完全に死ぬ!
「まぁ、冗談はここら辺にしておいて...」
「お前の冗談で危うく終わりかけたんだが?」
「え?何が?」
(俺の印象だよ馬鹿野郎!)
てか、聞こえてないよね?大丈夫だよね?
聞こえてたら1発アウトだぞ?
「てかなんで来たんだよ」
そこが一番の疑問だった。
父さんの家からはそこそこ遠いし...
何か用事がないと来ないと思うんだが
「ん〜お兄ちゃん様に会いたくて来たんだよ」
「はぁ?それだけ?」
「うん!それだけぇ〜」
【悲報】理由、ガチでしょうもなかった
(コイツに意味なんて求めるのが間違いだった...)
「元気そうで良かったよ?だって...高校入る前は」
「...」
「いや、なんでもないや」
その時――
「ピンポーン」
玄関のチャイムが鳴った。
「ん?」
「なんか頼んだの〜?」
「いや、特に何も...」
夢がごろりと寝転がったまま顔を向けてくる。
俺は渋々立ち上がり、玄関へ向かった。
(なんか頼んだっけな...)
扉を開けてみると、
そこには制服姿の七瀬が立っていた。
(え?なんで七瀬が?)
「これ、忘れてたでしょ?」
差し出されたのは、今日の授業で使った参考書。
名前も書いてあるし...俺のなんだろうけど
「え?なんで持ってんの...?」
「蒼真のクラスの子に頼まれたの!」
「あぁ...そゆこと...」
七瀬はそっぽを向きながら拗ねた顔をしている。
届けてくれてありがとう、そう言おうとすると――
「あら、蒼真。どうしたの?」
背後から、妙に響く声。
振り返る間もなく、夢が俺の腕にしがみつき、
にっこり笑顔を作っていた。
(俺は決意した、絶対追い出してやろうと)
「誰?」
七瀬の冷たい視線が突き刺さる。
「コイツ?俺のいm...」
「蒼真の彼女です!よろしくお願いします」
(こんの!馬鹿妹がよぉ!)
コイツ絶対楽しんでやってる!
ほら、ニヤニヤしてんの分かるもん。
「...はぁ?」
低い声が落ちてきた。
七瀬がじっと夢を見つめ、眉をわずかにひそめる。
「蒼真がいつもお世話になってます」
「へぇ...?そうなの?蒼真クン?」
七瀬の視線がどんどん鋭くなるが、
夢は怯むどころか、さらに調子に乗ったように
俺の腕へ身体を寄せてくる。
「蒼真ってば、照れなくていいのに...」
「お前そろそろマジで黙れ!」
俺の全力のツッコミもむなしく、
七瀬の視線は冷えたままだった。
「蒼真、説明」
短い一言...俺の背筋が凍る。
一方の夢は、悪戯に成功した子どものように
にっこにこだ。
(...地獄が始まった)
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