第9話 お誘い

あれから、もう一週間が経った。

(なぁんかドタバタだったなぁ...)

甘凪や七瀬と関わるようになったこと。

それに、彼女達が毎日のように

笑顔で声をかけてきて、

帰り道まで一緒に歩くようになったこと。

「おはよ〜蒼真!」

「今日も一緒に帰ろ...?」

だけど、人間の適応能力ってやつはすごい。

あんなに驚きばかり日々も、

今では当たり前のように受け入れられている。

甘凪や七瀬が隣にいる光景は

自然なものに思えるようになっていた。

(いやはや...慣れって怖いな)

そんなことを心の中でつぶやきながら、

放課後の教室を出る。

いつものように昇降口へ向かおうとした、

そのとき...

「...蒼真」

背後から不意に名前を呼ばれ、足を止める。

振り返った先に立っていたのは甘凪だった。

いつもなら笑顔を浮かべ、「一緒に帰ろ...?」と

軽く言ってくる彼女。

けれど今日の彼女は、なぜか違った。

瞳は揺れ、こちらを真っ直ぐ見つめられない。

まるでタイミングを測るように

俺の顔をちらちら見ては、すぐに逸らしてしまう。

「甘凪?どうしたんだ」

問いかけると、彼女は少しだけ唇をかんで、

それから廊下をぐるりと見回した。

放課後の廊下はまだ人通りが多い。

部活に向かう生徒たちの足音や、

友達同士の笑い声がそこかしこから聞こえてくる。

「...ちょっと、いい?」

そう言った瞬間、甘凪は俺の手首をつかんだ。

「え、ちょ...」

思わず声を漏らすが、それ以上言う暇もなく、

俺は甘凪に引っ張られて走り出す。

(あれ、なんかこの展開...前にもあった気がする)

デジャヴのような感覚に苦笑しながらも、

俺は大人しくついていく。

甘凪は人混みを避けるように廊下を進み、

やがて人影が少なくなる校舎の端へに

階段を数段上がった先にある小さな踊り場で、

ようやく立ち止まった。

そこは静かな場所だった。

さっきのざわめきが嘘のように静まり返っている。

(...どうしたんだ、甘凪)

そんな疑問が広がっていく。

甘凪はそこでようやく俺の手を離し、

少し距離を置いて向き合った。

制服の袖口を指でいじりながら黙り込む

彼女の姿は、普段とは様子がおかしい。

「...な、なにかあったのか?」

心配になって声をかけるが、すぐに返答はない。

彼女はスカートの裾をつまんだり、

前髪を耳にかけ直したりして

落ち着かない様子を見せるばかりだ。

(マジで大丈夫か……?)

俺が訝しんでいると、

彼女は大きく深呼吸をして顔を上げた。

「今週の土曜日...空いてる?」

唐突な問い。思わず瞬きをする。

「土曜? あぁ、特に予定はないけど」

そう答えると、甘凪の肩がふっと緩んだ。

胸の奥に溜めていた緊張を吐き出すように、

小さく息を吐く。

そして、その頬はじわじわと赤みを帯びていく。

「そ、そうなんだ...よかった」

ぎゅっと胸の前で両手を握りしめる彼女。

指先がわずかに震えていて、普段の彼女からは

想像もできないほどの緊張がにじんでいた。

「それで...」

一呼吸置いて、言葉を探すように口を開くが、

すぐに閉じてしまう。

また口を開いては閉じ、迷っている。

その横顔を夕日が淡く照らし、

頬の赤みをさらに際立たせていた。

「もし...よかったら、一緒に出かけない?」

「出かける?」

反射的に聞き返すと、

甘凪はさらに顔を赤らめて視線を逸らした。

「う、うん...その...」

制服の裾をぎゅっとつかみながら、

彼女は小さな声で続ける。

「...デート、みたいな...感じで」

言葉はか細く、消え入りそうだった。

けれど確かに俺の耳には届いていた。

(デート...?デートって言ったか、今...?)

頭の中でその言葉を繰り返す。

理解した瞬間、心臓がひときわ大きく跳ねた。

甘凪は顔を真っ赤にしながらも、

ちらりと俺の表情をうかがってくる。

俺は小さく息を吸い込み、笑みを浮かべて答えた。

「...いいよ」

短く、けれどはっきりと。

「っ...!」

甘凪の肩がぴくりと震えた。

はっと俺を見たあと、

恥ずかしそうにうつむいてしまう。

けれどその口元には、

隠しきれない笑みが浮かんでいた。

「...じゃあ、土曜日。約束だから」

小さな声でそう告げる甘凪。

その表情に、俺はしばらく目を離せなかった。

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