坊っちゃん達のその後

かわごえともぞう

第1話 坊っちゃんが去る。それから……

 坊っちゃんが去る。それから赤シャツは、うらなりは、山嵐やまあらしは、野太鼓のだいこは、たぬきは、マドンナはどうしたのか? 悪童の生徒たちは?

 坊っちゃんは、何で愛媛県の松山に来たのか?

 まずは、それである。

 坊っちゃんは、夏目漱石の自伝と云うか、自虐的と云うか、その小説である。青年期の回想の小説でもある。


 夏目漱石は、松山中学の嘱託教師で松山に来る。東京帝国大学文科卒で就職活動にいそしんでいた夏目金之助なつめきんのすけは、まずは学習院の応募にした。だが、不採用だった。モーニングまで発注していたのだから、当然、東京帝国大学卒と云う肩書は普通に採用できたのである。

 だが、重見周吉しげみしゅうきちと云う人物が出て来たのだ。夏目金之助と重見周吉の勝負となった。夏目金之助にとっては相手が悪かった。重見はエール大学理学部卒・医学部卒、医学博士号にも持っている。米国東部の流暢りゅうちょうな英語もしゃべり、エール大学の学費の為に『日本の少年』という冊子も出版したのだ。無論、英語原書で書いてある。その冊子は三版も出し、ベストセラーにもなっていたのだ。

 勝負にならないと思った夏目金之助は学習院を諦め、東京高等師範学校の英語の教師になる。其処には、嘉納治五郎かのうじごろうが校長になっていた。嘉納治五郎は教師の本分とか模範とか云うと、夏目は「私にはとても勤まりかねます」と云う。嘉納は「正直でよろしい」と云うことになって、高等師範学校に奉職することになった。一本背負いにならずに良かったのである。夏目は、嘉納治五郎の事はよく知らなかったようです。知っていたらそんなことは云わなかった、と云うか云えなかったのである。


 なお、重見周吉著作『日本少年』は、1889年に米国で発刊されている。新渡戸稲造の「武士道」は1899年で発刊。内村鑑三の「代表的日本人」は1894年で発刊。岡倉天心の「茶の本」は1906年で発刊される。それらは、日本人が初めて書いた原書英語だと云われています。  

 ですが、この『日本少年』が、日本人の原書英語でされた発刊では、おそらく最初だったようです。米国でベストセラーだった小説として重要文化財になっても良いのではないか? 100年経ったロンドンの古書店で発見された本ですが、現在1冊しかないようです。


 夏目金之助は、高等師範学校も二年程で辞めてしまう。自分の教師としての資質にも疑問があり、また恋愛問題もあったりし、強迫観念とかもあったりし、結局、田舎の愛媛県の松山中学に奉職する。嘉納治五郎は多分怒ると思います。柔道家の嘉納は納得はするものの、講道館には10万の弟子があるので、その中には「先生をコケにするのか」とか言ってやって来るのもいるかもしれない。殺されるまでは無いかも、上四方固めで三角締めもあるかもしれない?


 坊っちゃんの登場人物に「山嵐やまあらし」がある。会津出身で正義感があり、生徒たちにも人望がある。「山嵐」は渡部正和わたなべまさかずと云う名の当時、松山中学の数学の担当だった人もいるのだが、会津出身の柔道家、西郷四郎だと云う人もいる。渡辺政和と西郷四郎をミックスした「山嵐」だと思います。

 西郷四郎は、嘉納治五郎の弟子で講道館四天王の一人です。明治19年警視庁武術大会で柔術諸流の中、決勝戦で得意技「山嵐」で勝利する。それが警視庁の正課が講道館柔道に成り柔道の発展になる。

 西郷四郎と「山嵐」は、夏目漱石はおそらく知っていたはずだが、嘉納治五郎の弟子までは知らなかったようです。後で知るのですが、「山嵐」が他の登場人物とは違う好人物にしているのは、こう云った背景もありかなと思う処です。

 ちなみに、西郷四郎は、小説「姿三四郎」のモデルです。「坊ちゃんの山嵐」と「姿三四郎」と二大ベストセラーのモデルとは大したたまげたです。



 坊っちゃんのモデルはと云うと、一応、当時の数学教師だった弘中又一ひろなかまたいちだと云われてます。山口県生まれで同志社出身、1894年同志社を卒業し、翌年1895年に松山中学に赴任する。そこで夏目漱石に出会う。夏目の前に弘中の席があって横の席に「うらなり」、上席は「赤シャツ」という布陣だったようです。夏目漱石とは一年間同僚として過ごしたが、その翌年、東予分校(愛媛県西条中学)が出来て転任する。そして、徳島第二中学校教諭に1900年までいると、埼玉県第二尋常中学校(現在埼玉県熊谷高校)に赴任し、1919年まで居たのだが同校を退職、同志社中学に赴任した。晩年は京都にあって数学の研究に勤しんだとある。

 小説の坊っちゃんは、松山に田舎者と呼んで東京に帰って行くのです。ですが、本当の坊っちゃんは、松山から西条と徳島、そして埼玉に赴任して、最後には京都に住んだのです。

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