Undercover

DVDファレン

Undercover

人生において危機というのはいつも突然に訪れるものだが、それを自覚し覚悟して生きている人間というのは決して多くない。

 特別多い訳では無いが、私の知り合いの中でも王様と魔女くらいのものである。それ以外は、特に私の姉を筆頭にノリと勢いだけで生きていると言える。

 どうやらそれは私も例外ではなかったと自覚したのが今で、そんな事を考えている間にも事態は刻一刻と進行していく。

「うにゃぁぁぁっ」

 推定二十三時、図書館、SFコーナーの一角。

 崩壊を始めた書架の前で、私の絶叫が響いた。

 五秒前、壁のようにそびえる本棚から本を引き抜いたのが運の尽き。お目当ての「火星永住基地大百科」は名前の通りとんでもなく分厚い本で、さらに言えばその棚は結構ギチギチに入っていた。

 うんとこしょどっこいしょ、それでも本は抜けませんとなれば、まほうを使って無理矢理引っ張るのは当然の帰結だと思う。

 日常的に浮いて過ごしていたし、まほうは手足の延長線くらいの感覚で乱用していた。

 その結果、本どころか棚ごと壁から抜けたのもまあ、考えてみれば当然の帰結だ。

 私のまほうは重力を操るもので、概算で千冊はあるこの本の群れと本棚を両方支えるのは理論上可能だ。

 だけれど、理論とは常に理論でしかない。

「トランクウィリティー、出力最大っ」

 魔力の通った空間が、泡のように崩壊する。

 細かい制御は捨ててとにかく効果範囲を優先した術式で、ぶっつけ本番……というかなんとかなれとばかりのやっつけである。

 果たして床付近の物体は、私含めヒッグスから開放され本も机も椅子もカーペットも机も髪もスカートもふわふわと無秩序に宙を舞う。

 間髪入れず私の棺桶になるかもしれなかった本棚をかかと落としで床に叩きつける。

 これでとりあえず、童話の狼みたいな死に方は免れたわけだ。

「あっ、もう無理……」

 想定外のパワーを出したせいで、エネルギー・サーキットが完全にイカれたらしい。

 貧血のような症状が出て、朦朧とする意識を本が落ちてくる微妙な痛さの中で手放した。



「シャーロット、大丈夫かぁ」

 ぺちぺちと頬を叩かれて目が覚める。

 少し冷たくて、ぷにぷにした感触。指のそれではなく。

「……柳花か、私生きてる?」

「まだ火星に住むつもりはないよ」

 図書館の主を自称する友人がやれやれという風に肩を竦める。

 メンダコ星人である彼女の触手は髪の毛が変化するもので、感情豊かに「呆れ」を表現してた。

 頬を叩いていたのもこれだ。

「ところでシャロ、パンツ丸見えだよ」

「えっ、や、きゃっ」

 反射的に脚を閉じる。

 普段は文字通りの反重力スカートな訳で全然気にしていなかったがなるほど。脚を開いて倒れると下着が見える。

 よく考えれば当然だ。

 さらに、羞恥心に蓋をして考えればまだまほうは使えないというらしい。

 もっとよく考えれば別に柳花に下着を見られたからなんだという話だ。

 一緒に風呂に入ったことも普通にある。

「立てる?」

 お言葉に甘えることにして、差し出された触手に体重をかける。

 少しやらしい動きで私の腕に絡みついたように感じたのは、考えすぎだろう。

 メンダコ星人のパワーは彼女の小さな身体でも健在で、だいぶ背が高い私の身体も悠々と支えることが出来る。

 私が軽い――というか薄いのもあるかもしれないが。

 魂の構造がスカスカなのは、自覚するところだった。

「それで、何があったらこんな惨状になっているのさ。ぼくが来たときにはもうひっちゃかめっちゃかだったよ」

 言われて周囲を見たわすと、まず私が立っているのがひっくり返った丸机の上。

 その机はというとやはりひっくり返った巨大本棚の上で、机の周囲には大量の本と椅子が散乱している。何か暗いなと思ったら、天窓にカーペットが引っかかっているらしい。

「実はかくかくしかじかで」

「んなぁ、大変だったな。そういうときはベルでぼくを呼んだら取るの手伝うから」

 ありがたい申し出だが、そもそもあんなギチギチに詰まっている本棚の方に問題がある気がする。

 いくら私の細腕とはいえ、なにかおかしい。

 それに。

「いや君、別に司書とかじゃないじゃん」

 本来の司書の苫鷹さんはここ最近留守だった。柳花は勝手にSFコーナーに住み着いているだけだが、主を自称しているだけあって詳しいので実質的に留守を任されることも多い。地縛霊の苫鷹さんのように壁抜けとか瞬間移動とかは出来ないが、分身するまほうと触手のおかげで物理的な手数で図書館を管理出来る。

 とはいえ私と柳花はただの友人であり、よって恋人でもないのに野暮用で呼び出すのも気が引けた。

 まあそういう遠慮の結果こうなっては元も子もないが。

 ちなみにSFコーナーといっても無限に広いので、会おうと思わなければ会おうことはなかなかない。

 柳花も悲鳴を聞いて駆けつけた、とかではなくて本の点検ついでに来ただけらしい。

 ある意味、巡り巡って苫鷹さんに感謝だ。今度お饅頭とか分けてあげようか。

「とりあえずシャロ、本を片付けようか。私一人でも出来るけど、めんどくさいし手伝って」

「それはもちろん」

 流石にね。

 いつまでも掴まってるわけにもいかないので、柳花の触手から手を離し作業を開始した。



 この際だから老朽化した設備は一新しようとのことで、とりあえず私は本を作者別に分けることになった。

 ダース単位に増えて本棚やら机やらを担いで運び出していく友人という奇妙な光景を眺めつつ、ふわっと着地させられたおかげで損傷を免れた本達を整理。蔵書リストを片手に山を作っていく。

 ざっと十時間は掛かりそうな絶望的な量だと思ったが、数の暴力で圧倒し、二時間もすれば片付いてしまった。

「こんな算数の問題みたいなノリで作業時間って減るんだねぇ」

「厳密にはぼくの分身、時系列シャッフルに近くて……まあいいや」

 大変興味をそそられる話だが、私の専門は空想科学技術ではなくてそれによって描かれる文化とか哲学の方だ。

 私にとってのアンドロイドというのはその動作原理や性能ではなくて、頭に飼っている羊の数で分類される。

 故に詳しく聞いてもよくわからないだろう。

 なんにしてもこの場に柳花が居て、おしゃべりしていることは多分事実なのだし。

 そんなことを考えながら手を動かす。残り一冊。最後に残ったのはジュール・ヴェルヌの海底二万里(上)だった。

「おやぁ……?」

 リストと照合すると、なんとすでにチェックが入っていた。

 非常に記憶が曖昧だけれど、確かに一回山に振り分けたような気がしないでもない。

 というか(上)と書いてあるが下はどこだ。貸出中にも下巻だけというのはなかったように思う。

「柳花、これなんだろ」

 とりあえず見せてみる。流石に全部把握しているわけではないだろうが、私物だったりするかも知らない。

「海底二万里はさっきそこに置いたはず……リストにもないねぇ」

「やっぱり?」

 今一度私も確認するが、やはりここにこの海底二万里(上)はあるはずがないらしい。

「とりあえず中身見てみるか」

 柳花が床に腰を下ろす。

「私も見る」

 肩越しに覗くようにしてぺたんと隣に座った。

 これで呪の本とかだったらちょっと面白い。

 表紙を開く。

 まず目に飛び込んだのは『よだかの暗星』というタイトル。

 この時点で表紙はありえないミスか奇々怪々な偽造だと確定したわけだが、中身は以下のような内容だった。



『38/0100/12/24 晴れ 

 昨日は夜ふかしだったので翌日の朝に書いている。

 フレデリックとクリスマスデートに行ってきた。

 行き先は港町で、動物園を散策したあとにイルミネーションを眺めた。

 レッサーパンダの餌やりの時間に合わせて予定を組んだのだけれど、

 予想通りフレデリックは大喜び。他に面白かったのはよちよち歩きのホウシャガメの赤ちゃんとか、ファンサービス旺盛なコンドルとか。

 また二人で遊びに行きたい。

 翼公園のイルミネーションも大成功だったと思う。スポンサー目線では企画が全部上手く言って安堵したし、客観的に見てもとても出来の良いイベントじゃないだろうか。途中ちょっとだけ喧嘩しちゃって逸れてしまったが、二人で肉まんを食べたら仲直りできた。やっぱり私は愛されてるなぁ、とこういう時に強く実感する。泊まったホテルもとてもいいところだった。ベッドも広くてふかふかだったし、シャワー室も二人で入っても余裕がある。スノウフレイムという名前だった。忘れないようにメモしておく。プレゼントは二人で手紙を交換したのと、私からはお財布。フレデリックは革細工のハイヒールをプレゼントしてくれた。手紙も読み込んでくれて財布も喜んでくれて、めちゃくちゃ嬉しい。

 やっぱり、私は私のすべてを受け止めてほしいのだろう。



 38/0100/12/25

 クリスマスデート二日目――』

 これ以上は砂糖を吐きそうだと海底二万里、ではなく『よだかの暗星』とやらをを閉じる。

「つまりこれは惚気日記文学だ」

 私もエッセイみたいなのは書いたりするが、こんな見せつけるようなLOVEを書き綴るのは相当な浮かれポンチか能天気と見た。いずれにしてもアホだと思われる。

 とはいえ赤裸々に語られた他人の心を勝手に見てしまったのはそこはかとない罪悪感がある。出版物ならともかく、蔵書リストにないということは形はどうあれ誰かのものだろうし。

「忘れ物だとしたら、苫ちゃんも居ないしぼくが預かっておくよ。仮にそうじゃなくても余ったネジみたいで分かるようにしとかないとちょっと怖いし」

「怖いよねぇ余ったネジ。私もコレクションを整理する度に見つかってねぇ」

 とりあえず画鋲入れに一緒に保管しているが、果たしてこれの元鞘が分かる時は来るのだろうか。

 ネジに感情移入するというのも変な話だが、少しさみしくなってしまう。

「ところでこれカバー裏はどうなってんだろ。結構凝ってるし何かありそう。というか……これカバーのサイズ微妙に合ってないねぇ」

 惚気日記文学を床に立てて見ると、なるほど二ミリくらいカバーが上にはみ出ている。

 ここまで拘ってなんでそこは手を抜いたのか。私も人のことは言えないが、作者はだいぶムラっ気のある人間だ。

 カバーに指を掛けて、すっぽんぽんにひん剥く。



 コミックなら描き下ろしの二ページ漫画とかが載っているところだが、どうだろう。

「なんじゃこりゃ」

 現れたのは筆者ことカシミールちゃんとフレデリックちゃんがハグしているイラスト。

 そこまでは予想通りなのだが、問題はそのビジュアルである。

「これ、どう見ても」

「私だねぇ」

 このフレデリックと呼ばれているキャラクター、体型こそグラマラスだが顔と髪型と服装はほぼ私である。

 ご丁寧に身長一八〇と記載されていて、ここまで似ていると逆にスタイルは良いのがムカつくところだ。

 嫌味かぁ? 別に劣等コンプレックスというわけではないがそういう問題ではない。

 カシミールちゃんは金髪ロングの小柄な美少女といった容姿で、いわゆるおねロリというやつだ。

 そこまで考えて、気が付いた。

「作者分かった。一言文句を言ってやる」

「マジか」

 私の知り合いで、こういうことをしそうなアホのムラっ気といえば一人しかいない。

 未だに妹離れが出来ない三十八億歳児こと我が姉、レーツェルである。



「おらぁっ姉貴、自分と妹のおねロリ姉妹百合妄想日記なんてどういう了見だ潰すぞ!」

「おらぁっ店長、自分と妹のおねロリ姉妹百合妄想日記を無断で図書館に配架するな煮込むぞ!」

 姉の店、創作イタリアン『ナイトホークス』にカチコむ。営業時間の筈が入口には準備中の札が掛かっていたので裏口に回った。

 逆にこっちなら遠慮することもない。

 今気がついたが、ナイトホークスだから『よだか』か。状況証拠とはいえ役満である。

「はぁっ?」

 開け放った扉の先には、先が見えないほどの白い煙に充満したキッチンだった。

 数秒して煙が晴れると、床に倒れている姉の姿が目に入る。

 部屋中が生クリーム塗れになっており、調理器具もあちこちに散乱していた。

「お姉ちゃん大丈夫っ、息は……ありそう」

 結果的に同じ状態にするつもりだったとはいえ、流石に心配だ。

 抱き上げると、姉は憔悴しきった様子で、要領を得ないが意識もあるらしい。

 私より小さいとはいえ姉も長身で支える続けるのは難しい。とりあえず壁際に長座でもたれかからせて、水を組んできてのませる。

「ぼく達、とりあえず部屋を片付けて」

 姉を介抱する傍ら、柳花達がホイップとかを美味しくいただいていた。まあキッチンだし綺麗だろう。床とかのはちゃんとモップで拭いているようだしいいとする。

 勿体ないしね。

「何が合ったのさお姉ちゃん。爆発?」

「シャーロット、来てくれたんだぁ……。実はかくかくしかじかでさ」

 口を開いた姉が事情を語る。

 曰く「向日葵ちゃん――姉の彼女――の誕生日に最強のプレゼントを作ろうとして、ウェディングケーキまがいの特大スイーツを作って、小麦粉を粉塵爆発させた」だそう。

「……やっぱりアホだ」

「ホイップの量は愛情の量だよぅ」

 シャンパンタワーとかじゃないだけマシかも知れないが。

「お姉ちゃんはなんでも出来るけど、発想力に乏しいし意外と要領が悪いから一人で煮詰めると失敗するよ」

「それ、ほとんど悪口だよねぇ……でもまあ自覚はしてる。だから手伝ってほしくて」

 姉にしては珍しくしおらしい。

「あっ、柳花。片付けありがと」

 片付けの終わって合流した柳花にも事情を説明する。

 頷く度に顔がニヤけていって、必死に笑いをこらえる様子はなかなか面白かった。

「まさかとは思うが、このためだけにあの自分と妹のおねロリ姉妹百合妄想日記を無断で図書館に配架したのかな?」

「本当は苫鷹ちゃんに相談したかったんだけど居なくてさぁ。管理者権限で因果律を操作してあるから、遅くても今日中には見つけて来てくれると思って」

 なんて手の込んだ悪戯なんだ。普通に手紙とかでいいだろ。

 まあ徹夜しているみたいだし、深夜テンションで勢い任せにやったんだろう。簡易的な術式ならインパクトがあるものの方が成功しやすい……というのもわからないではない。あれを見たらどんな私でもカチコミに来るのはそうだろう。

「しかしレーツェル、ぼくを頼ったのは正解だ。『今日は楽しいクリスマス』の裏方担当として完璧にサポートしてみせるよ」

 柳花はイベント企画会社の共同経営者をやっている。別にクリスマス限定という訳では無いらしいが、初仕事であるクリスマスのイルミネーションイベントの大成功にあやかってのもの。……そうかあの日記のデート先の元ネタはそれか。あれ姉もスポンサーしてたはずだし。

「とりあえずお姉ちゃんは飾りつけ担当でお願い。賛成の人〜?」

 まだ一人で出来ると思っている姉が反対に一票、私が賛成に一票。

 そして柳花達若干三十名が賛成なので賛成多数で議決。

 民主主義は最悪の政治形態だ。

「さてじゃあ早速ミーティングを始めようか。一旦ぼく達は収容するとして、何から決める?」

「いやその前に部屋を片付けないといけないのよ」

 どういうこと? と疑問符を浮かべる私と柳花達に姉が奥のドア、つまり店のホールを指さして答える。

「その、あの、店もぐっちゃんぐっちゃんで……それに向日葵ちゃんもそろそろ帰ってきちゃうし」

 柳花の一人がドアを開けると、なるほど見なかったことにしたいくらいにはぐっちゃんぐっちゃんである。

 具体的には飲食店かゾンビパニックモノのバリケードなら塹壕戦に近いという感じ。

 そして数の暴力で何とかしようにも、あの作戦は図書館のような広さが必要なので難しいだろう。

 向日葵ちゃんの部屋はこの家の二回の突き当り。当然店側を通らなくても入れるようにはなっているが、流石にこれを見逃すほど節穴じゃない。

「よぅし、じゃあ柳花達はミーティングと片付けお願い。私、向日葵ちゃんを足止めしつつパーティーとかプレゼントの希望をそれとなく聞いてくる」

 向日葵ちゃんは花の塔広場でスケッチに行ったとのことで、エネルギー・サーキットも回復したし私ならひとっ飛びだ。

「こんなアホでも血を分けた姉、私も手伝うよ」

 こういうイベントは私も大好きだ。それに向日葵ちゃんは私の友達でもあるわけだし。

 姉に似たお調子者で、話していて楽しい子である。






「飛べ、トランクウィリティー!」

 善は急げ、よしんば悪だとしてもこの場は急げ。

 店を物理的に飛び出して花の塔広場を目指す。

 庭にあった箒に腰掛けて、発進。

 横乗りで脚を組む優雅なスタイルで空を飛ぶ。

 別に箒が無くても飛べるは飛べるが、物を使ったほうがまほうの制御がしやすいし、なにより雰囲気が良い。

 つまりは気持ちの問題だ。

 障害物とかを全部無視して移動するし結構速度もでる。

 五分もすれば広場上空にたどり着いて、目標を発見した。

「やぁ向日葵chang、なに描いてんの」

 少し離れたところに着地して、物音に顔を上げた向日葵ちゃんに手を振る。

 覗いたところ、キャンパスには極端に抽象化されたファンキーな色使いの牛のカップルが岩を舐めている絵が描かれていて、とても写生には見えない。

「あっ、シャロちゃん。背景に悩んでてさ……見ての通り牛だからとりあえず草原かと思ってここに来たんだけど」

「あんまりしっくり来ていない、と」

 箒を小脇に抱えて隣に座る。それでもまだ見下ろすような感じなので、話しやすいように身体を前のめりにして目線を合わせた。

 言われて背景に目をやれば、色々と鉛筆で書き込まれてこそいるが明瞭な形は出ていない。イーゼルの縁には消しカスもかなり溜まっていた。

「珍しいね、いつもは描いちゃってから後悔してるのに」

 流石に破壊にまでは至らないが、傑作を自称することもほとんどない。

 私は自分の作品を全部最高傑作だと思って作っているのでいまいちわからない感覚ではあるが、いつもの向日葵らしからぬ行動に見えた。

「いやね、パンケーキさん……じゃなくてレーツェルさんが最近珍しく頭を悩ませているみたいで。楽しそうだったので私も久しぶりに『悩む』をしてみよっかなって」

 感情を覚えたてのアンドロイドみたいだな君。

 そういえば以前、実物(?)にあったことがあるが、あらかじめ人格がプログラムされていたからかあんまりそういうお約束はしてくれなかった。

「なにか得られたものはあったかなぁ?」

「うーん特には。やっぱり数熟すのが性にあってる気がする」

 お昼の時間だしお開きかな、とのことで画材を片付け始める。

 ギリギリ間に合ってよかったが、ここからどれだけ時間を稼げるかが勝負だ。

「向日葵」

「はいなんでしょ」

「お姉さんと、悪いことしない?」

 私ことシャーロット、勝負に出ました。



 一石二鳥とはいうが、私は強欲なので百鳥くらいは一石で落とせると嬉しい。

 広場近くのちょっとお高いケーキ屋さん、お昼前、甘党二人。

 罪悪感をトッピングしたホールケーキは、そりゃあもう美味しかった。

 時間稼ぎになり、私が食べたくて、ケーキの調査もできて、三鳥は落とせたといえるだろう。

 去年とは好みが変わってる可能性もあるからねぇ。

 あとはまぁ、食べる予定は無いけど好感度もアップだ。

 どこかの誰かさんみたいな悪いお姉さん枠を目指そう。

「あのっシャロちゃん、レーツェルには……」

「もちろん、内緒だよっ。――真面目な話をするとねぇ、姉とは別で私と柳花でも誕生日ケーキ作ろうと思ってさ。好み聞きたかったんだぁ」

 下手に全部隠すくらいなら、部分的に嘘を混じえた真実で納得させる。

 あんまり普段使いするものじゃないけれど、誰を貶めるというわけでもないし。

「私の? ありがとう。でもこーゆーのって直接聞くもんかな」

 苦笑混じりにフォークを運ぶ。

 私も食べる方だが向日葵ちゃんは規格外で、はんぶんこした片割れはもう平らげてしまったらしい。

 これ四号なんだけどな。

「姉の店の某常連さんみたいな偏食を知ってると、下手にサプライズするよりも聞いちゃったほうが喜ばれるかなって。私はそういう役回りだろうし」

 場をかき乱すトリックスタァ〜、と戯ける。

 ひらひらと舞わせたおててはしかし、熱心に私のケーキを見つめる小動物の前に勢いを失う。

「滑っちゃったか。……一口食べ」

「うんっ」

 お姉ちゃんめ、この笑顔を独占しようというのか。

 あのヘタレにはもったいない明るさである。

 幸せのお裾分けを貰って満たされた刹那、ふとももになにか冷たくて柔らかいものが触れた。

「ふぇぇっ」

「どうしたん」

「……なんでもないよぉ」

 多分スカートとふとももの隙間を使って、柳花が連絡をよこしてきたのだろう。

 あの子達は物体の隙間から増えるからね。

 細長い触手がそこから生えてきて、服の中を伝い耳元まで登ってくる。

(ぼく達も食べたい)

(直接脳内に喋るのやめてってば)

 便利だからとなんどか使われたことがあるが、慣れる気配は無いし、慣れてしまうとレディとして大切な物を失う気がする。

 ともかく向日葵ちゃんにバレないよう、髪を掻き上げる振りをして触手を抑える。

(携帯電話ってのは慣れなくてね……。こっちは片付いたよ)

(りょーかい。柳花の分も一ピース買って帰ってあげる)

 今日は作戦会議で潰れるだろうから、ごめんだけど柳花以外には買って帰れそうにないが。

(要件はそれだけだ。じゃあな)

(なにそれ苫鷹さんの真似?)

「シャロちゃん耳鳴り?」

 ずっと俯いていたからか、向日葵ちゃんが心配して声を掛けてくれる。

「ベロ噛んじゃったぁ――それで、向日葵ちゃんはどういうケーキがお好きですか」

「ぅうん……いざ言われると難しいけれど、こういうホイップクリームいっぱいのは大好物だよ。あとは見た目のインパクト? たまにある果物そのまま乗ってるやつあるじゃんか」

「はいはい」

 桃とかミカンとかであるやつね。

「あれは正直そのまま食べたほうが美味しいやつが多いいのだけれど。たまーに凝ってて美味しいのあるんだよね」

「その系譜だと、前にお姉ちゃんが作ってくれたイチジクタルトが美味しかったよ。今度おねだりしてみるといい」

 やはりカップルというのは好みが似るのか? メトロノームが合わない人間同士が長続きする話は聞いたことがないが。

 同じような気質同士でもこれまた上手く行かないことはあるが。

 私にも恋人……に準ずる相手は居るが、イマイチ主体性が無いのでそういうところはよくわからない。

 そんなことを考えている内に向日葵ちゃんも食べ終わったようで、会計しておくよと告げて先に帰らせる。

「さて、けっぱるべっ! ――すみません、一万円でお願いします」






「えー、これよりヘタレ店長外付け恋愛力戦線の作戦会議を始めます。ぱちぱち〜」

 図書館の片隅の円卓を三人で囲んで、開会。

 司会進行柳花の声がそっと響く。

 図書館というのは基本静かにするべきだが、ここは無駄に広い上にほとんど貸切状態なので特に問題はない。

「皆さんお手元の資料をご確認ください」

 資料はメモ書きのコピー三枚からなる簡素なもので、お姉ちゃんの希望、向日葵ちゃんの好み、現実的な予算と時間などがまとめられている。

 ざっくばらんに言えばホイップ多めインパクト強めサイズ大きめ。

 いかにも即席といった風だがわかりやすく、流石柳花といったところか。

 というかよくもまあ私の要領を得ない説明を噛み砕けたな。

 流石にマイハニー桜には叶わないがなかなかすごいぞ。

「まぁざっと見たけど、無難なのはいちごショートかなぁ? 面白みには欠けるけど」

 一度確認した内容でもあるのでパラパラと斜め読みでとりあえずいいだろう。

 あまり安牌をお姉ちゃんに取られると私からの分で悩むことになるが、そこはお姉ちゃん優先でいいだろう。

 その時は高いPCパーツとか送れば喜んでくれるんじゃないかな?

「それはぼく達も同意。店長の腕なら、方向性さえ定まれば美味しいの作れるだろうし」

「舵取りは任せたよう……一人で考えると碌なことにならないのはよーく分かったから」

 当事者のお姉ちゃんは、私達から若干離れた場所で借りてきた猫みたいに大人しくしていた。

 普段の威勢はどうした脳みそも爆発したか……とか、いや君タチだろ……とか。

 思わないではない。

「ただ、いちごケーキでインパクト出すの難しくないかなぁ。言っておいて何だけど」

「何も出ないよりはいいことだよ。ウェディングケーキみたいにサイズを大きくするとかどうだろ」

 これくらい、と柳花がろくろを回す。

 一生懸命やっているが、元がちっちゃいから正直そんなに大きくない。

 かわいくはある。

「どうせなら見たいなぁ、ピリオドの向こう側。具体的にはそれこそシャロくらい大きいの」

「でもお姉ちゃん、得てして巨大な立体というのは破綻と隣り合わせでね。ガンダムが作れないのと同じで二乗三乗の法則が」

 柳花はおっぱい大きいけれど、土台となる胴体の大きさの問題で絶対的なサイズはそこまでだ。

 ……ノンデリの極みみたいな例え話だが、私自身が「無」であることで相殺される。

 そういう土俵に立っていないのだ。

 閑話休題。

「そしたら店長、いいアイデアが。得意にしている工房がくれた試供サンプルがあってね……簡単に言えばプラスチックみたいな砂糖なんだけど。――ちょっと待ってて」

 二分もしないで分身がジェラルミンケースを片手にすたすた歩いてくる。

 空いている椅子に座ってケースを机の上に起き、ご開帳。

「WS‐M88Y-2、ペットネームは『オールトクラウド』。ロマンチストだね」

 名前の意味は「ウェザーステーション製マテリアル88型試作2号機」、あたりだろうか。

 中に入っていたのは厚みの違う何枚かのプラバンのようなもの。砂糖だと言っていたし、オブラートに包まれているのはくっつかないようにだろうか。

「細かい製法はさておき、砂糖の結晶に特殊な操作をして強度を数十倍に引き上げたものだそうで。家内制手工業の規模なら割とすぐ作れるはず。工房の子はもっと強度を上げて軍事転用したいらしいけどね。なんかこう、ライオットシールドみたいにするらしい」

「顔がアンパンでそれを分け与えるヒーローが居るなら、暴徒鎮圧も出来るべっこう飴もありなのかねぇ」

 手に取って曲げてみる。感触もほとんどプラバンのそれで、粘り気がある分こっちのほうが強度もあるかもしれない。

 0.3mmくらいの一番薄いモデルでも、結構曲げても割れる気配はない。

「じゃあとりあえずこれ使ってデケェいちごショート、作ってみようぜ」

 とりあえず設計は柳花に一任するとして、私はホイップクリームの量産に取り掛かった。



「大きすぎる……」

「このパターンは考えてなかったよ」

「爆発するぞ、退避しろっ」

「シャロちゃん、対処を!」

「店長、綺麗な花火ですね」

「破綻した設計の妥当な末路だ……」

「なるほどな、こういうこともある」

「……」

 爆発四散したケーキ達の残骸がテーブルを占領して、もうにっちもさっちもいかない。

 とりあえず集めてクーラーボックスに仕舞っておく。

 結果的に食べ物で遊んだようになるのは、過程においてその意志がなくても忌避すべきことだ。

「お前に意味を与えてやる」

 ケーキの残骸にも尊厳はあるのだ。

 切り出した飴プラバンで骨組みを作り、スポンジやホイップに埋め込んで補強。これが基本の作り方なのだが、強度の偏りがどうにもならず自壊を繰り返していた。

「重量を分散して支えるなら……杭の数を増やす? 一本一本は細くして」

「シャロちゃん、鱧って知ってる?」

 なるほど、確かに完全に小骨である。

 喉に刺さったら最悪だし、多くケーキを食べる時に小骨の警戒なんかしないからとんでもないことになりそうだ。

「店長、こっちの案はまとまりそうだが……本当にこれでいいと思うか」

 別で作業していた柳花がてくてく合流。当然、ケーキと一緒にだ。

 柳花のアプローチは飴プラバンの容器にケーキを詰める、というもの。

 まあバケツプリンとか植木鉢ティラミスの類だ。

 構造的に強度は問題なし。あとは味だが。

「美味しいじゃん」

「だねぇ……私も好き」

 お姉ちゃんもよくこういうの作ってるもんね。

 ただこれ多分。

「タルトとかでいいな」

「タルトとかで良さげだねぇ」

 自然、柳花と声が重なる。

 考えていることは同じか。

 どうも飴プラバンを使うことに固執して目的を見失っている気がする……中のケーキごと食べられる強度に留めるならタルトで十分だし、これ以上硬くすると噛み切れない。

 結局骨組み作戦の方も同じジレンマだ、硬めの具材として考えてはいるが。

「ちょっと休憩しようぜ、流石にお腹が。よしんば柳花だけに食べさせても私が食べなきゃ意味ないし」

「賛成ぇ……血糖値上がりすぎてねむねむ」

 今すぐにでも眠り込んでしまいたいが、いつもの枕を置いてきてしまった。

「店長、シャロ。気分転換にちょっと遊ばない?」

 船を漕いでいた私に柳花からお誘いがかかる。

 遊びねぇ。複数人で楽しめるものというと、すぐには思いつかないが。

 ボードゲームにしろ電子ゲームにしろ練習が必要だろう。

「プラモでも作る? ひこーきのデカールで詰まってて」

「さっきまでの作業もほぼプラモみたいなものだったけどねぇ……」

 それはそうだ。

 柳花も工作とか好きだしお姉ちゃんも凝り性だからこの場の全員経験があるのだが。

「まあとりあえずなんかしようぜ。ぼく達だけでやっても特に面白くないし」




「ちょっとお姉ちゃん、チップ変えたガルーダは反則だよ」

「ソードランチャーのパワーを見なぁっ!」

「ああっ、ベアリングが劣化してたか……」

「持久型ばっかり使って誉れとかないの」

「ふふふ……覚醒ヴァリアブルの力は素晴らしいぞ」

「3、2、1、ゴーシュート!」

「……」

 遊び疲れて床に寝転がると、髪の毛に押されたのかアーマード・コマのパーツがゴロゴロとフローリングを転がる音がする。

 アーマード・コマ、通称ACは組み換え式の対戦コマだ。

 組み換え式という通りコアとなる重りと軸先を交換することができ、このアセンブルによる拡張性の高さがウリである。

 更に専用の「カーゴランチャー」を使うことで普通のコマのように糸を巻く練習をしなくても簡単にACを回すことができる……というようなことがパッケージの裏に書いてある。

 私も名前くらいは知っていたのだが、実際に触るのは初めてだった。

 活字中毒も難儀なもので、こういうのを読まずにはいられない。

 いいお菓子に入っているリーフレットなんかも隅々まで読み込むのが好きだ。

「で、ケーキどうしよっか」

 柳花の言葉で現実に引き戻される。

 会議は踊る、されど進まず。

 まさか三日もぶっ通しでACに夢中になるとは思わなかったが。

 休憩の合間に進めていたケーキ作りの成果は散々なものだった。

 迷走の末出来たのはシュガー”コード”に耐熱ホイップクリーム、食べられる段ボール(うす塩味)だのおもちゃばかり。

 それこそオブラートに包んでも、悪ふざけの域を出ていない。

 ちなみに防刃オブラートなんてのもある。

「食べ物で遊ぶな」

 当事者ではあるのだが自然、そんな台詞もこぼれてしまう。

「遊んでないよぉ真剣だよぉ。……ホイップは理論値で炭化タンタルハフニウム超えの耐熱性だし」

 それはお菓子の要求スペックじゃないのよぅ……

 全体的にヒーローのフレーバーテキストみたいな物が多い。

「とりあえず議事録を読み直すわ。お姉ちゃんはもう少し休んでて。なんだかんだ一番作業してたし」

 起き上がり、部屋の端に追いやられ居心地悪そうにしていたそれを拾う。

 やはりというべきか柳花がまとめてくれたもので、ため息やら欠伸やらの回数まで事細かに記憶されている。

「ありがとう〜シャーロットちゃん愛してるー」

「はいはい」

 浮気性の姉を軽くいなし、楽しい楽しい活字の世界へ。

 柳花のプレッツェルみたいな丸字に目を通すこと数十分。

 いや体感では五分くらいだし、もしかしたら数時間かもしれないがとにかく経験則で数十分。

「もうお姉ちゃんをそのままプレゼントにすればよくない?」

 たわわな果実を2つそのままのってる贅沢なケーキになるわけだ。

 もうパーティーまで対して時間もないし、このウルトラCで大勝利といこうじゃないか。

「コペルニクス的大ギャロップ……!」

「ふぇぇぇっ」

 無駄な抵抗を試みるお姉ちゃんを数の暴力で押し倒し、早速「箱入り娘」の作成に取り掛かった。



「「向日葵ちゃんっ、お誕生日おめでとー!」」

 ナイトホークスの円卓を囲んで、三人で乾杯。

 木組みと石畳の店内はロココ調の過剰装飾が施され、窓ガラスもわざわざステンドグラスがはめ込まれていた。

 お姉ちゃんが夜なべDIYで完成させた赤いシルク張りのピカピカの玉座に腰掛けて、向日葵ちゃんはご満悦。

「レーツェル、シャロちゃんありがと〜!」

 クリスマス衣装の流用だが、赤いマントもよく似合っていた。

 本当は王冠も作ってあげたかったのだが。

 向日葵ちゃんと話し合い、当日は三人だけで祝って、来賓を呼んだ大規模なのは後日行うことにした。

 その時はとびきりかっこいいのを作ってあげよう。

 その向日葵ちゃんは乾杯したシャンパンを早速飲み干し、座布団にぺたんと座った平民二人が取り分けたチキンやらパエリアやらを頬張る。

 なんともかわいい王様だ

「レーツェルっ、シャンパンおかわり」

「はいよろこんでー!」

 風情もへったくれもないカップルだ。

 あれから仕込みを重ね、柳花の全面バックアップの元でお姉ちゃんケーキ作戦は採択された。

 その柳花はキッチンで待機していて、頃合いを見て私がお姉ちゃんを輸送する。

 自分で行けると主張していたが、逃亡の恐れがあるのでね。

 食事も全部お姉ちゃんの手料理で、柳花たちが仕込みなどを手伝って他にもピザにパスタにリゾット、さらに量こそ少ないがスープバー等まで用意していた。

 イタリア料理を中心に手広く揃えているが、お姉ちゃんの料理の例に漏れず相変わらずセンスはかなり癖がある。

 例えばこのカプレーゼはオリーブオイルではなくごま油だし、バジルの代わりにシシトウが乗っている。

 もっと言えばトマトはなんかフリーズドライだ。モッツァレラは普通にこだわりの一品らしい。

 どの面下げてかフレンチトーストもある。前に炭みたいなのを作って満足するくらいには迷走していたが、今回は逆に液が半熟でトロトロしていた。切り分けると断面から卵液が溢れ出し、色はやはりというべきか黒光りして炭みたいだが中は白い。

「よかったぁ。うまく茹でられたみたいだねぇ」

「これ焼いたんじゃないの?」

 それはもうトーストではないだろ。

「うん。温泉に付けたんだぁ。もちろん庭に湧いてるわけじゃあないから、取り寄せたのを温め直して使ったんだけども」

 そう言われて表面を改めてみると、単に焼きめがついているのではなくて温泉マークになっていた。

 なるほど手間がかかっている。

「王様、お料理の味はどうでしょうかっ」

「美味しいよレーツェル、ありがと」

 お姉ちゃんは緊張からかさっきから慣れないコメディリリーフに従事している。

 おちゃらけているが目が引きつっていた。

 可愛そうなだが、これも二人のためだ。

 それからしばらく食事を楽しみ数十分。そろそろ頃合いだろう。

「さてさて向日葵ちゃん。そろそろプレゼント贈呈の時間ですよ」

「ふぁふぃふぇっ!? ふぁっ」

 突然振り返るものだからコップを肘でハネてしまう。

 既のところで浮かせてなんとかなったが、余波で向日葵ちゃんの前髪がホシバナモグラみたいにめちゃくちゃになってしまう。

「ああもう慌てないの。子供かっ」

 というか、カニ玉を食べながら喋るんじゃありません。

「はい、ハッピーバースディ」

 テーブルの下に浮かせておいた包を持ち上げ、向日葵ちゃんに手渡す。

 中身が中身なのでその見た目以上に重たい。んまあ私には関係ないが。

 時間がなかったので既製品の箱詰めただけだが、一応リボンの色は自分で選んだ。

 向日葵ちゃんは前髪を指で梳いてそれなりに直し、嚥下して口を開いた。

「ありがとシャロちゃん、開けていい?」

「どうぞどうぞ」

 言うが早いかするするとリボンを脱がし御開帳。

 中身を認めて、元よりきらきらの向日葵ちゃんのおめめがぱっーと輝く。

「えっ、これいいの。高かったでしょ。そもそも入手困難と聞くけど」

 私が選んだのはゲーミングパソコン。それもRT-lex5000000000000090搭載のお高いやつだ。

 つや消し加工がされたシルバーの塗装が、光を反射して鈍く輝く。

 我ながらいい工作だ。

「それなりにね。実際のところグラボ以外は手持ちのパーツから作ってるからそれほどでもないけれど」

 もっと言えばその手持ちのパーツの半分くらいは柳花の倉庫を整理したときに貰ったやつなのだが。

 まあ、いいでしょう。

「渡しておいてなんだけど、重いし汚れてもあれだから部屋に置いてきたほうがいいかも……? いいよねお姉ちゃん」

 ニコニコ正座して向日葵ちゃんを見守っていたお姉ちゃんに目配せする。

 いろんなパターンを考えてあるが、ここで少し席を外してもらって仕込むのが一番スムーズだ。

「ぅうん、もちろんだよぉ。私もちょっと準備必要だし」

「じゃごめん、ちょっと行ってくる」

 席を立った向日葵が、階段を登って二階へ。

 私はお腹のあたりで待機していた柳花の触手を撫でて合図を送った。

「店長、では尋常に」

 刹那、四方八方から触手がお姉ちゃんに絡みつき身ぐるみ引っ剥がす。

 声が漏れないように口も塞がれていたのはちょっと苦そうだったが、これも二人のためだ。

 最悪皮膚呼吸とかを習得してくれな38億年も生きているんだからさ。

 カウンター裏に待機させておいた特大プレゼント箱、通称「棺桶」をアクシオとばかりに引き寄せて、中からオブラートのフリフリワンピースを取る。

 手で破けるが暴れても崩れない程度の強度で、脱がしやすいように固定は肩紐のみ。肌が密着した箇所がほんのり透けるセクシー仕様だ。

 着せ替え人形にするために一旦拘束を解かせて、お姉ちゃんのわがままボディを潜らせる。

 肩紐を柳花にちょうちょ結びしてもらえば、最高にかわいい生地の完成だ。

「あのシャロちゃん、やっぱりやめにしない? 恥ずかしいっていうか」

「はいはいそうだね、箱に入りましょうね」

 二人のためだと思って作業してきたが、こうして完成形に対面するとなるほど。私の趣味も多分に含まれているらしい。

 今度彼女にやってもらおうかな。

 流石につまみ食いはしないが、階段を降りてくる音が聞こえていていずれにしろ急がねば。

 モゴモゴ言っている口にりんごを噛ませて静かにして蓋を閉める。

 向日葵が開く頃には噛み切って喋れるようになっているだろう。

 ホイップクリームはどうするか最後まで悩んだが、自分で掛けてもらったほうが唆るだろうということで私が抱えて待機。

 これもお姉ちゃんにたっぷり掛ける前提の大容量で、パイナップルくらいの大きさである。耐熱だから溶ける心配もない。

「レーツェルシャロちゃんおまたせ〜、ってそれは?」

 タイミングよく降りてきた向日葵ちゃんが当然、特大プレゼント箱に疑問を抱く。

「お姉ちゃんからの誕生日プレゼント、兼ケーキだよ」

「そういえば、レーツェルは」

「今仕込み中。――私も手伝ってくるね。食べていいって」

 まあ嘘は言っていない。

 ホイップクリームはお好みで、と手渡す。

「じゃあ、遠慮なくっ」

 向日葵ちゃんが単純な子で助かった。

 邪魔にならないようにキッチンの方へ姿を隠し、しかして反応は気になるので扉にぴたり聞き耳を立てる。

 向日葵が箱を開く音がする。

「レーツェル……?」

「そうだよぉ」

「なんで、裸っ」

「プ、プレゼントは私で〜す」

「……いただきますっ」

 お姉ちゃん、頑張ったね。



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