第8話
こうして奈瑠によって優子達のいる本来の世界へと戻る事が出来た宏太。すると何の前触れもなく2日間も行方不明になっていたせいか。優子だけではなく同じ学校に通う他の生徒達も心配そうに声をかけてくる。好意を寄せている咲に至っては涙を浮かべるほどだ。だが、自分へと向けられる好意というのに鈍い宏太は咲の涙の理由が分からない。ただ戸惑いながら見つめるのだった。
一方の奈瑠は宏太の様子を呆れながら見ていた。咲が宏太へ強い好意を抱いている事に気付いていたからだ。もっとも宏太と同様に自分へ向けられる好意というのには鈍いのだが…。
(…とりあえず今考えなければいけないのは彼を『神隠し』させたイズナの件についてね。約束しちゃったし。ただ…色々と難しそうだけど。)
一時的とはいえイズナが宏太へ『神隠し』を行ったのは、自分達を襲撃した者に気配が似た存在と接触していたからだそうだ。更に自分は宏太よりも襲撃してきた存在に似た空気をまとっていると聞かされたからだろう。奈瑠はイズナとその仲間達を襲撃した者が自分と血縁関係がある事を察してしまう。そして察したからこそ約束を果たす事が出来ない可能性が低くないのにも気付いてしまったのだ。妖達の事を一番知っているであろう者は妖狐の姿でしかいられなくなってしまった父親よりも祖母の夕姫の方なのだが、彼女は尋ねた事に対し素直に応えてくれるかが曖昧。つまり真相を突き止められない可能性が低くないのだから…。
(…止めよう。今、考えるのは。悩むならあの人に実際聞いてみてからにしよう。)
一度考え込んでしまえば、周囲の事が見えなくなってしまうほどになるのを自覚していたからか。1つ息を吐く事で思考を切り替える。そして他の生徒達と同じように出された課題に取り掛かっていった。
奈瑠も含めて子供達が課題に取りかかったり、大人達もそれぞれの活動していた頃。月と星が鈍い光を放っていた空を彼女は見つめていた。妖狐で奈瑠の祖母の夕姫だ。その姿は夜だった事も相まってか。昼間よりも不可思議な美しさをまとっている。だが、美しさは変わらなくても浮かべている表情は心なしか思い詰めたかのようなものになっている。強い妖力により予感がしていたから…。
(何をしているのじゃ。あの娘は…。)
奈瑠から話を聞いているわけではないが、数日前に彼女が一時的に『あちら側』…妖が主軸となる世界へと行っていた事は当然気付いていた。更には友人が原因である事もだ。そして同時に気付いてしまったのは今回の『神隠し』の発端のようなものに自身の身内、それも息子の妻で奈瑠の実の母親が関わっているであろう事だったのだ。険しい表情を浮かべてしまうのは当たり前だろう。妖が人間を脅かしてはならないように、力があるとはいえ人間が妖に害を与える事は禁忌なのだから…。
「何か理由があるのだろう?そう言ってくれ。奈々よ…。」
呟く夕姫の姿は月明りも相まって昼間よりも怪しくも美しさを感じるものになっている。それでも見惚れる者は誰もおらず、呟きも風に乗って消えていくだけだった。
そうして夕姫が呟く一方で、渦中の人物…夕姫の息子の嫁で奈瑠の母である奈々も浮かない様子でいた。理由があるとはいえイズナ達の住処を荒らし、多くの存在を消して妖力を回収していた。その大きすぎる罪を犯していたのを自覚していた事で…。
(…ごめんね、奈瑠。ごめんね…。)
心の中であっても謝罪の言葉を繰り返してしまう奈々が過らせるのは、何も言わずに一方的に別れてしまった娘・奈瑠の事ばかりだ。理由があったとしても大罪を犯した。しかも後にも犯し続けるであろう事を自覚していたから…。
(穢れた罪人の私は傍にいられない。大切な人を、愛する子を穢してしまうから。でも…あなたの住む世界は守ってみせる。だから動き続けないと…。)
愛する娘の事を考えている為か。奈々の表情は切なくも、どこか愛しそうだ。だが、奈瑠の事が過ったからこそ自身の目的を果たす意志が再び強くなっていったのだろう。それを物語るように奈々は表情を険しくさせると1人木々が覆い茂る空間へと消えていく。心と同じ闇の色に包まれた中を―。
神隠しの向こう側 三 蔵中 幸 @satikuranaka
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