20話 後悔と懺悔の往く先より

「………冗談キツいぞ、裁判長」

「冗談のつもりはないが。………どうする、青年。決定権は君にある」

 ただ淡々と告げる裁判長。

 本当に、情け深すぎる奴だ。

 例えその情けを向けている相手が、大罪人だとしても。

「ミナト、あんな奴に」

 会う必要はない、と続けようとしたオレを、ミナトが手で制した。

「ヴェルレさん、私怨はよくないですよ。………その、ヒュテュール?さんって、どんな方なんですか」

「昔か、今かによって返答は変わるが。昔は荒んでいたが…今はかなり丸い。少なくとも、そこの男が知るほどトゲのある奴ではない」

「………そんなに変わったのか、あれが」

「少なくともここの職員にはな」

「それじゃほんとに丸くなったかは」


「………僕、会ってみたい、です」


 オレと裁判長が言い合っていると、ミナトがそう言った。

「別に、会って損はないですし。それに…もし悪い人なら、ヴェルレさんとアンビデウスさんがどうにかしてくれるでしょうから」

 そう、無邪気に笑った。

「………あぁ。君に危害は加えさせないと約束しよう」

「裁判長が約束してどうするんだよ」

 苦笑すると、表情一つ変えずに。

「意外と言うことを聞くのだぞ、あの男は」

 ペットか?とは思ったがそれは言わなかった。

「さて、それでは、行くぞ」

「もうか?そんなに急ぐこともないだろうに」

「キングが近頃、疑っているのかわからないが嗅ぎ回っているのだ。キングが強制捜査をしようとする前に、早めに貴様らを地上に帰したい。地上は元通りになっているから安心しろ」

 ………変わらん奴だな。根は優しいくせに、こういうとこが変に事務的な奴だ。

「そうですね、早めに帰らないとご近所さんも心配しますし。行きましょう?」

「君は話が早くて助かる」

「オレが話通じないみたいな言い方するじゃん」


☆☆☆


「………人がいませんね」

「あぁ。この階はヤツ以外の収容は一切禁止なのだ」

「協力または脱獄防止………ってとこか」

「そうだ。まあ、今となっては他の奴等の方が問題なのだがな」

 コツコツ、足音だけがこだまする。

 石造りの冷たい牢には、誰もいない。

「………てか、アレのことは裁判長が監視してるはずだろう?………今誰が見てるんだ?」

「大人しくいい子にして待っていろと言った」

「ペットか?」

 思わず言ってしまったオレのそのツッコミを無視して裁判長が足を止める。

 その牢に、ソイツはいた。


「………おかえり裁判長。んで、そいつが勇者か。………会いたくねーおまけもいるな」


 そうヘラヘラ笑う。

 会いたくねーは余計だな。

「まぁ、自己紹介。おれはヒュテュール・エーリッド。かつて世界を壊した大罪人だ」

「………えっと………あの、よろしくお願いします?」

 ミナトがそう挨拶すると、ベッドに座る長身の男は笑った。

「堅苦しいな。ま、当たり前か。記憶、確かねーんだろ?でも会えて嬉しいぜ。勇者」

「勇者って呼ぶのをやめろ。今この子にはちゃんと別の名前が」

「ヴェルレさん。今は僕と、ヒュテュールさんで話しますから」

 そう言われぐっと引き下がると、実に可笑しそうに笑った。

「そこの頭が固い神よりよっぽど話ができるな、流石勇者。でもそいつの指摘は真っ当だ。名前を聞いてなかったな」

「………ミナト、と言います」

「へぇ、ミナト。いい名前じゃん。勇者の時の名前は………佐藤朝陽だったか。あんときは勇者はジャージだったが、ミナトはその今の服のが似合うな。ジャージより。顔ほんとに変わんねーのにな。不思議なもんだ」

 発言一つ一つの間に口を挟みそうになるが、なんとか引き下がる。

 裁判長も、オレの横でジッと会話を眺めていた。

「………あの、ヒュテュールさんは、どうして僕に会いたいと?」

 ミナトが疑問をぶつけると、男は指輪のついた手で首の後ろを撫でた。

「あー…その、おれはおまえの前世世界を壊した訳だ。で、転生したとは聞いたんだが…ちゃんとやってるか気になってな。おれが世界ごとぶっ壊さなきゃ、真っ当に生きれたやつだから」

「………そう、ですか」

 ふっと、ミナトが口元を緩める。


「良い人そうでよかったです」

「………良い人?」

「はい。アンビデウスさんと仲良しさんですし。やったことはダメかもしれませんが、僕はその理由を知りません。だから、何も言わない。貴方は、もう僕の行く末を気にする必要はありません。僕にはヴェルレさんがついてくれてますから、きっと大丈夫です。貴方も、牢の中で、ですけど。自分のしたいように、生きてください」


 そうはにかんだ。

 ………オレより、話ができる。

 あぁ、真っ当な話だな。

 オレに、こう思える度量はない。

 面食らったように目を見開いていた男は、口の端を吊り上げた。

「………あぁ、サンキュー。………じゃあな、会えて良かったよ、勇者………いや、ミナトだったな」

「ええ、また。………行きましょう?ヴェルレさ」

「待った。………少しそいつと一対一で話がしたい。裁判長、ミナトを連れて行ってくれないか」

 ………話?

「………構わんか?」

「僕は大丈夫ですが」

「………オレも、大丈夫ではあるけど」

「………そうか。では、先に行っている。話が終わったら、元来た道を帰って来い」

「了解」

 二人分の足音が遠のいていく度、沈黙が流れる。

 やがて足音が聞こえなくなると、ソイツはゆっくりと、口を開いた。

「勇者のことは見た。あとはおまえに話がある」

「………オレはないがな」

 知らねーよ、と悪態をつく男。

 数秒の沈黙の後、ゆっくりと。


「………なァ、おまえ。いい加減わかってんだろ」


 オレをジッと見据え、そう問われる。


「………何を」

 ………本当は、何が言いたいかなんて分かってる。

「………とぼけるか。まあそりゃそう。おまえが見たくねー現実そのものだろうからな」

 手を組み直して、睨み付けてくる、その眼光。

 特殊な目のヤツで、瞳の中に、円が重なっている。

「………おれとかおまえみたいな、汚れた手の奴が。何かしら間違いを犯したことのある奴が、あんな眩しい光に触れちゃならねーんだよ」

「………」


「おれからしても、おまえからしても。いや、神皆そうだ。あれは皆が欲しがる光だ。神に宗教の話すんのもあれだが、あいつが宗教開きゃ神は皆縋りたがる。そんな何かがある。あの勇者には。現に、このおれにさえ良い人なんて言う。後悔ばっかの神の救いになる、あれは」


 ………その通りの話だった。

 神は皆、長生きな分後悔も多い。

 あの子は、それを救うかのような、そんな存在だ。

 コイツを良い人と称すのも。

 このオレに信頼を置いているのも、そう。

 まるで、過去の自分の後悔ごと、認めてくれるような。

「………あぁ、そうだな」

「わかってんなら手を引けよ。あれはおれらが触れていいような光じゃねー」

「………わかってるよ。わかってるが」

 そんなこと、とうの昔に分かっていた。

 でも。


「一度手に入れたものを手放す勇気は、オレにはない」


「………ほんと、めんどくせー奴」

 キッと睨みつけてやると、面倒くさそうに目を逸らして頭を掻いた。

「ならせめて、キングの野郎には見つかんねーことだ。見付かれば確実に気に入られる。そうなりゃ裁判長でもない限り取り返しがつかねーぞ」


「忠告どうも。でもみすみす渡すほどオレは愚かじゃない。神界追放を受け入れたのはオレにとって利点があったからだ。利点が微塵もないそんな要求を呑むほど、オレはバカじゃない。キングは、オレよりも弱い。実力行使してでも、そんなことはさせない」


 半ば呆れたように、牢の中の男は息をついた。

「………そういやそんな奴だったな、おまえは。ま、おれは忠告した」

 心底嫌そうな顔で頭を掻いた。

「キングの野郎は近頃弱体化しただのなんだのって焦ってやがる。正直、何をするかわかんねー。早めに帰れ、地上に。裁判長からの判決があんなら、人間界に逃げたおまえらにキングは何もできねーはずだ。キングは裁判長より権力が弱いからな。だから多分、大丈夫なはずだ」

「再三の忠告、痛み入るね。でも、オレは」

「それと」

 わざわざ被せるように、声を張り上げてきた。

「おまえは、勇者…じゃねーんだったな、ミナトにどう見られてんだか知らねーが、化けの皮剥がすんじゃねーぞ。なぁ?」

「………なんの話だか」


「楽しいんだろ、人間社会が。おまえが笑ってんのなんておまえの師匠が死んでから長いことなかったはずだ。人間社会にずっとい続けたいんなら、神の力は上手く使わねーと簡単に滅びる。ま、そこんとこセリアルのやつに教わったんだろうがな」


「………話は終わりか?なら、オレは帰る」

 冷たく突き放すように言うと、チッと舌打ちをした。

「いい加減現実と向き合えよ。おまえの身はおまえだけのもんか?ちげーんだろ?なら向き合え。逃げてばっかじゃなんにもなんねー」

 その言葉を聞かないようにして、告げる。

「………忠告どうも。じゃあな」


 そう、足早にその場を立ち去った。


☆☆☆


 ………面倒くせぇヤツだ。

 何が面倒くさいって、見るものが分かってるくせに、見ようとしないことだ。

 あいつは実力者だ。悔しいが、それは否定しようがない。

 神界随一の魔法使い。最恐の魔法使い。

 師匠の死後、自暴自棄になって世界どころか、次元ごとぶっ壊しかけた『爆弾』だ。

 旧友だかのアルマルトの野郎がいなきゃそうなってもおかしくなかった。

 あいつは覚えてねえようだが、そうだ。


 あいつは、自分が勇者の信頼に足る者だとは思ってないと思う。

 あいつは現実から目を背けてばっかりだ。

 見たくないのはそう。誰だってそうだ。

 でも、それにしたって、見なきゃならないことがある。

 それも、自分を信頼する奴がいるんなら、尚の事だ。

 あいつの防衛本能なんだか知らねえが、向き合わなきゃ、いつか身を滅ぼす。


『貴様が滅ぼしたかったのは、本当に『世界』か?』


 少なくともおれは、そうだった。

 本当に滅ぼしたかったものから目を背けて、見当違いなもんをぶっ壊した。

 裁判長に言われたそれは、あまりにも的確で、おれの盲信していた思い込み全部が崩れた。

 別にあいつを心配する訳じゃねぇ。

 おれが心配してんのは勇者の方だ。

 でも、あいつがしっかりしてねぇと、勇者が苦労する。

 あいつはいずれ、向き合わなきゃならねぇ。

 目を背けてきたもの、全部と。


「………戻ったぞ」

「お。おかえり」


 裁判長は逆に向き合いすぎな気がしている。

 まあ、職業柄、そうしなきゃならないのはわかってるが。


「あいつらは?もう帰るのか?」

「否。キングが勘付いたのか出入界制限をかけようとしていて、あまり下手に動けない。申し訳ないが、暫くこちらに留まってもらうことにした」

「出入界制限ねぇ…必死だな」

「弱体化、と喚いているからな。実力者であるあの者を取り込んで再び力を取り戻したいと考えるのが妥当か。探し回るだけ無駄だというのに」

 裁判長は、キングのことが随分嫌いに見える。

 まあ、あんな自分勝手な野郎、誰も好きにはならねぇか。


「何の話をしていたのだ、貴様は」

「うん?あー…ま、色々、だな」

「………そうか」


 おれは人の事は言える質じゃないが。


 あいつはそろそろ、大人になるべきだ。

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拝啓、いつかの君へ。 ひゅーが ☆ぬこ @Huuga_Hoshinuko

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