『勇者と魔王の情けない交渉術』

突然のアクシデントによって、俺の視界がリリスの予想以上に豊満な胸で埋まった瞬間、魔王軍臨時拠点の兵士たちが騒然とし始めた。


「うおおぉ! ま、魔王様の胸がぁ!?」


「見ちゃだめだ! けど見たい!」


「ってか参謀殿、羨ましすぎませんか!?」


兵士たちの混乱を感じつつ、俺は必死に目を逸らし、冷静さを取り戻そうと深呼吸した。


「リリス様、今すぐ服を着てください! さもないと、兵士たちの士気が妙な方向に崩壊します!」


「うぅ……ご、ごめんなさいですぅ……!」


リリスは真っ赤な顔をしながら慌てて胸を隠し、再びきつめのローブを羽織った。俺は大きくため息を吐き、ようやく周囲を鎮めることができた。


気を取り直し、俺は真剣な表情で部下へ指示を飛ばした。


「勇者を確保する。だが絶対に手荒なことはするな! 勇者には大きな価値がある」


「了解しました、参謀殿!」


部下たちが慌ただしく動き始めるなか、俺は作戦の次の段階を頭の中で再構築していた。


【魔王城内・食料庫前】


食料庫の奥では勇者が情けない姿で捕獲されていた。口いっぱいにパンを頬張り、もごもごと抵抗している。


「もごっ!? ちょ、ちょっと待って! せめて飲み込ませて……」


兵士が呆れた表情で勇者を俺の前へと連れてきた。


「参謀殿、勇者を確保しました!」


俺は冷ややかな目で勇者を見下ろした。


「勇者よ、聞いてもいいか?」


「な、何だよ……」


「お前、一体何をやっていた?」


「腹が減って……戦えないから、食料庫を探してたんだよ」


俺は深くため息をつき、頭を抱えた。どうやら、こちら側も相当だが、敵方のリーダーも相当なポンコツだったようだ。


リリスが横から勇者をじっと観察して、無邪気な口調で言った。


「なんだか、親近感がわいてしまいますぅ」


「リリス様、お願いですからそれだけはやめてください……」


【魔王軍臨時拠点・会議室】


俺は捕獲した勇者を連れて会議室に戻り、リリスと対面させた。魔王と勇者が机を挟んで向かい合う。まるで外交交渉のようだが、悲しいほど緊張感がない。


勇者は気まずそうに目をそらし、リリスは頬を膨らませて腕組みをしている。俺は咳払いをして会話を切り出した。


「さて、勇者殿。貴殿は今、我々魔王軍の捕虜だ。この状況をどう理解している?」


勇者は視線を泳がせ、モゴモゴと口を動かした。


「あの、えっと……勇者軍のみんながきっと助けに来てくれる……かな?」


「残念ながら君の軍隊は混乱しきっていて、それどころじゃない。君を助ける余裕なんてないんだ」


勇者が驚愕の表情を浮かべる。


「えええ!? じゃあ、俺、一体どうなっちゃうの!?」


「安心しろ。むしろここで我々が勇者を処刑したりしたら、人間側にさらに結束を与える。交渉材料にするつもりだ」


「交渉材料……?」


俺は冷たい笑みを浮かべた。


「勇者殿、簡単なことだ。我々魔王軍は城を奪還したい。そして人間側は勇者を奪還したい。だったら取引だ。我々は城を取り戻し、お前たちは勇者を取り戻す。合理的だろう?」


勇者は目を丸くして呆然とした。


「いや、でも、それじゃ勇者軍の面子が……」


その瞬間、リリスが身を乗り出して勢いよく口を挟んだ。


「私もポンコツ魔王って言われてて、面子なんてもうありませんですぅ! 勇者さんも面子を捨てましょう!」


「ええぇぇ!? 俺までポンコツの仲間入り!?」


会議室内が一気にどんよりとした空気に包まれた。


俺は額を押さえながら再び口を開く。


「勇者殿、プライドも面子も現実を前にしては何の価値もない。これは共通の利益になる取引だ。それとも、このまま我々に捕まったポンコツ勇者として歴史に名を残すつもりか?」


「ぐぬぬ……わかったよ! 交渉に応じるよ!」


勇者が渋々了承した瞬間、リリスが拍手をして無邪気に喜んだ。


「やったですぅ! 交渉成立ですね!」


「リリス様、これはそんなに喜ぶ場面じゃ……」


だが、リリスは気にせず満面の笑みで勇者に握手を求めていた。


「これで仲間ですね! ポンコツ同士頑張りましょうですぅ!」


「やめてくれぇぇぇ!」


【会議後・参謀執務室】


勇者を人間側へ送り返す準備を終え、俺は机に向かって資料を整理していた。そこへリリスが機嫌よく鼻歌を歌いながら入ってくる。


「参謀さん、勇者さんを説得できてすごかったですぅ」


「リリス様、これからが本当の勝負ですよ」


俺は地図を広げ、真剣な表情で城奪還の次の作戦を練り始めた。


「次は、勇者の返還を利用して、完全に人間側の指揮系統を攪乱させる。重要なのは我々が主導権を握ること――」


リリスが地図を覗き込んで嬉しそうに言った。


「なんだか難しいけど、参謀さんと一緒なら安心です!」


「リリス様……その言葉を信じてよろしいですね?」


「もちろんですぅ!」


明るい笑顔で胸を張った瞬間、再び胸元のローブのボタンが悲鳴をあげて弾け飛んだ。


「きゃぁぁ!?」


俺は天を仰ぎ、深いため息を吐いた。

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転生したら魔王城の参謀に任命されたけど、魔王がポンコツ過ぎてすでに勇者に負けそうな件 @badbadbadbadad

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