第6話

後日、私は閉め切ってエアコンの効かせた部屋にいた。


届いた商品を開封し、容器に入った1つを取り出す。蜜蝋というのだから蜂蜜の香りがするものだと思っていたが、直接嗅いでも全くといっていいほど香りは感じなかった。若干疑いを持ちながらも、未だ慣れない手つきでジッポを点火し、片手でジッポを、もう片方で芯を立てたキャンドルを持ち、キャンドル側を傾けながら火を移す。万が一木製のテーブルに燃え移ったら大惨事では済まないと思い、説明書通りにキッチンからシリコン製の耐熱シートを持ってきて、キャンドルの下に敷いた。


今度こそ「アロマキャンドル」という名前通りに香りが広がるものかと思ったが、実際にはほとんど認識できないほどのものだった。自然由来というものは得てしてこういうものだと自分に言い聞かせた。それに、ジッポを使って火を灯すという目的は達成されたし、ゆっくりと蜜蠟が融解していく様子を眺めるのは、それだけでも案外心が落ち着くものだった。


しばらくして、飲み物を取りに部屋を出た。飲み物を片手に部屋の扉を開けると、ふわりと甘く濃厚な香りが私を出迎えた。なるほど、少しずつ空気が変わっていたから気づかなかっただけで、確かに香りは広がっていたのだ。人間というものは得てしてこういうものだと先刻の他責を恥じた。アロマキャンドル以外は何一つ変わっていないはずの部屋が、普段より格段に心地良くなったように思えた。


蝋が底を尽きかけた頃、ふいに焦げ臭さを感じて、アロマキャンドルから黒煙が上がっていることに気がついた。容器を覗き込むと、燃え尽きかけた芯が煙の発生源らしく、最後の燃焼で煤が出ているようだった。これが嫌だから少し高いものを買ったのに、そう思いながら窓を開けた。ほんのり残った蜜蝋の香りが一緒に逃げていき、代わりに長時間日光にさらされた熱風が部屋に流れ込んできた。

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