ジッポ

藤宮一輝

第1話

「格好良い」のためだけにジッポを買った。


いつもの駅を出て、すっかり暗くなった空を見上げる。ひらひらと舞い落ちる粉雪が、街灯の光を反射して煌めく。目印となる銅像の前まで歩いて、視線を街ゆく人々に移す。ある人は手袋をはめて、ある人はポケットに手を入れ、またある人はかじかんだ手に息を吹きかけながら、足早に家路に着いている。


未だメッセージが来てないことを確認して、トレンチコートのポケットに冷えたスマートフォンと指をしまう。ふと、ほとんど感覚のない指先に、滑らかな金属が当たる。しばらくポケットをまさぐって、タバコと共にそれを取り出す。手で風を遮りながら火をつけ、一息吸って、吐く。白く濁った煙は、すぐに夜闇に消えていった。そうやって、今か今かと恋人を待ち侘びる。


そんな姿を格好良いと思った。そうしたいと心から思った。


だから私は今日、ジッポを買いに行った。

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