第二章 二人の依頼者
第1話
不死になったからといって、日常がガラリと変わるなんてことはない。
いつも通り一日の授業を終えたと蘭子は、三年生が管理する花壇の前で瑠璃子と話していた。二人の後を同じ組の生徒が談笑しながら通り過ぎていく。三年生になり、いよいよ上級生という自覚で凛然としていた春先の雰囲気も長続きすることはなく、まだまだ春も終わらないうちに学院はいつも通りの弛緩した雰囲気に戻っていた。
「新聞は見た? まさかあんなことが起きるだなんて」
マーガレットに水を上げながら瑠璃子は物憂げに話を振った。校舎の南側に設けられた花園には格学年ごとの花壇がある。真面目な瑠璃子は花壇も下級生の手本になれるようにと余念がない。
「黒川邸に強盗が入った話だろ。まあ、馨が無事なようでよかった」
朝から学院はその話で持ち切りだった。昨日起こった一件は、華族の邸宅を標的とした強盗事件として取り上げられた。馨も大事をとって暫くは学院を休むという話だった。
「本当だよ。黒川さんも家にいた女中さんも全員が眠らされていたなんて。犯人が捕まっていないせいで、次は自分の家かもしれないって怯えている子も多いみたい」
真実を知っている蘭子は、余計なことは言わずに学年共同の花壇に植えられたイチジクの新芽をぼんやりと眺めた。隠し事は得意な方だ。メディウムとなったことも見た目には判らない。女給の仕事を学院に隠し通せていた実績が蘭子の自信となっていた。
「学院には馨を超えるような金持ちもいるからな。私からすればその事実の方が恐ろしいぜ」
冗談と僻みの半分の気持ちで、蘭子は何の気になしに顔の近くで咲いていた薔薇に触れた。
「つッ――!」
蘭子の漏らした声に瑠璃子が反応する。誤って棘に触れてしまったのだ。蘭子は咄嗟に指を口に含んで隠した。
「棘を触っちゃったの。ちゃんと消毒しなくちゃだめよ」
「いひゃ、だいじょぶひゃ」
お節介にも傷口を診せるよう要求してくる瑠璃子に、自分の指を口に咥えたまま後退する。口の中の指を舐めると傷口は治っていた。痛みもない。不自然過ぎる。診せるわけにはいかなかった。
「春の薔薇は一等小ぶりで控えめなのに、その棘は確かに乙女の白い柔肌を朱に辱めるのね」
「何だよその耽美小説じみた台詞」
「失礼しちゃう。サディストのつもりで装飾したのに。さあ、診せなさい」
「圧が怖い! サディスティックな圧が!」
「これから蘭子さんが生粋のサディストになれるように調教してあげないと。私マゾヒストだし」
「私たちってそんな歪んだ友人関係だったのか⁉」
天使のように瑠璃子の表情はぱっと明るくなる。というかサディスティクになるよう調教って矛盾してないか? いや、してないのか? って、そこはどうでもいい。
昨日の一件であれだけ受けた傷は、すでに身体のどこにも残っていない。あれだけの銃弾を全身に受けたのならば普通は即死しているが、撃たれたときですらほとんど痛みを感じなかった。痛みによる苦痛で死に至らないための防御作用としてアドレナリンが出ているのかもしれない。
自覚はまるでなくても、細胞はすでに不死身として機能しているのだ。もはや人ではないという自覚が蘭子の首をじっとりと絞め上げる。
「というか、本当に大丈夫? ずっと咥えてるけど」
瑠璃子との間に突然大きな壁ができてしまったような感覚に陥っていた蘭子は、少し反応が遅れた。
「だ、だいじょぶゅ。ちょっといむしゅちゅ行ってくるゅから」
どこからともなく湧き出てくる疎外感を振り払うように、蘭子は花壇の前から走って立ち去った。
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