3. 見ない、触れない、10秒で済ます
「ヤダヤダヤダ、絶対見ないで!絶対脱がないで!!っていうか触らないで!!」
それだけは絶対にイヤ。東城があたしの身体に入ってて、それを好き勝手動かせるなんて!
これは真田一花の人生において史上最恐最悪の事態だ。できることなら元通りになる薬を錬金して、今すぐ直ちに迅速に早急に元に戻りたい。一体何でこんなことになってしまったのか、もうそれは名探偵東城聖でも解き明かせない————いや、もとはと言えば自分のドジなのだが。
「っていうか、あたしの身体返してよおお!」
絶望と焦りに駆られて思わず自分の身体を掴んで揺さぶる。が、なぜか力が強すぎたのか、その細い肩がぐらっと揺れて、そのまま床に押し倒してしまっていた。
え?な、何これ。
「おい……」
と、床に倒れた少女が自分を睨みつける。
「今まさにお前が僕に触られているんだぞ!」
「ひあっっごめんごめん!!何これ、力強すぎない東城!?」
「当たり前だ、吸血鬼は人間より力が強い、力の加減を学べ!!」
「何それえぇ吸血鬼不便すぎ!」
ばっと自分の身体から離れ、また絶望の声で呻く。急にスーパーパワーをゲットしたみたいだが、喜ばしいものではない。断じてない。
「こんなに……非力なのか」
と、一花(東城)がポツリと呟くのが聞こえた。見ると、愕然とした表情で自分を見つめている。
「当たり前じゃん。まあ確かに、東城って押し倒されたこととかなさそうだもんね」
「あってたまるか」
と低く言いながらも、きっとこちらを睨む。え?と不思議に思ったのも束の間、自分の細い腕がこちらへ伸びてきて、徐に自分の濡れたシャツのボタンを外してくる。
「えっ、ちょ、なっ……!」
困惑と動揺と共に、一気に顔が赤くなるのを感じる。
「今すぐシャワーを浴びに行け。この液体をずっと被っているとロクなことにならない、早く洗え」
そう淡々と言いながら、素早くボタンを外してシャツの襟を下ろす。
「ちょっとちょっと、東城の服を脱がすあたしってどうなの!?」
思わず赤面しながらもその手を止めようとするが、さっき勢い余って押し倒してしまったことを思い出して触れるにも触れられない。
「違う、僕が僕の服を脱がしているだけだ」
「いや、これ画的にやばい気がする!今人が入ってきたら完全に勘違いされるやつ!」
「幸い閉店後だ。早く行け」
そんなこと言われても……と、遂に上裸になってしまった。何この状況。しかし目の前にいる一花は恥ずかしがる様子も目を背ける様子もない。当たり前だ。自分の身体が目の前にあるだけなのだから。
「見るな、触るな、10秒で洗え」
怖い顔をした自分自身にピシャリと命令されるのは相変わらず変な感覚だ。
「そんなの無理でしょ」
「君が無理ならこの身体も無理だろうな」
「ぜっっっったい嫌!!!」
「なら早く行け、シャワーは2階にある」
☆
「え……何これ」
シャワールームの鏡の前で、思わず息を呑んだ。東城の上半身なんて見たことなかった(当たり前だけど)。それに彼は年がら年中長シャツのため、腕すら見たことがない。
が、その美しく整った細身の身体には、いくつもの傷跡がうっすら刻まれていた。切られたような傷だったり、鋭い牙に噛まれたような傷。
「東城……まさか、吸血鬼界の一級ヤクザ!?猛獣使い?てか、どんな戦いしてきたの今まで!?」
謎の傷跡だらけって、益々謎が深まるばかりじゃん!と、謎のツッコミを自分でしながらもハッとする。
見るな触るな10秒で終わらせろと言われた手前、じろじろ彼の身体を見ている場合ではない。だって———
「やるしかない、やらなければ。うん、できる、できるぞ」
鏡の前の、綺麗な顔を見つめて頷く。半ば低い声も相まってか———なんか頷いてるだけなのに、自分カッコよくない?
一瞬自分の顔を見つめて、少しだけポーズを決めてみる。
「ヤバい、これ、モテるやつじゃん」
東城(一花)は、しばらく鏡の前でポーズを決めていたが、ハッと10秒ルールを思い出して慌ててシャワーに入る。
実際に10秒ではなかったかもしれないが、ギュッと目を閉じて、呪文を唱えながら一気に水で流す。
「見ない、触れない、触らない、見ない、触れない、触らない、見ない、触れない……」
「触れない、触らない」が同意義であることにも気づかぬほど本人は真剣であった。
☆
やっとの思いでシャワーを出て服を着替えて一階に行く。
と、喫茶店の窓際の席に足を組んで座る、見たことのない少女がいた。机の上には華奢な皿に乗せられた食べかけのチーズケーキ。湯気が立ち昇る珈琲を片手に、彼女は何やら古い書物の頁を無言で捲っている。
窓から入る夕暮れの光に照らされて、薄い髪がほんのり茜色に輝き、俯く顔は無表情で冷たいにも関わらず、どこか憂いを帯びていている。
え、何このミステリアスな美少女。
———いや、あたしでした。いや、正確に言えば東城が中身の真田一花でした。
と、東城(一花)がそんなボケツッコミをしていると、その窓際の少女がこちらに気づき、冷めた声で言った。
「遅い」
なんか、それすらクールでカッコいい。と思ってしまったのは置いておいて……
「えっっ!?何優雅にコーヒー休憩してるの!?」
いつものノリでツッコむが、それを見た東城(一花)は一瞬ため息をつきながらも、淡々と返した。
「この際だから人間の食べ物と飲み物を試してみようと思った」
……そうか。東城は300年以上生きてても、人間の食べ物は飲み物は口にしたことがなかったんだ。状況はカオスでもこのカオスを最大限に活かして冷静に試してみる東城もすごいが。
「そ、そっか……どうだった??美味しい?」
と、一花(東城)は少し緊張しながらも聞いた。この喫茶の珈琲もチーズケーキも、一花の好物だったし、いつも「なんで味見もできないのにこんな美味しいものが作れるのか」という謎を抱いていたぐらいだ。果たして人間の味覚を得た彼がどのように感じるか興味が湧く。
「悪くない」
小声で抑揚のない声だったが、一花にはわかっていた。それ、「美味しい」ってことじゃん!
「そっか、よかった」
思わず微笑んだ顔に、東城(一花)は、一瞬固まる。
「その顔……新鮮だな」
「いやクールミステリアスのあたしも新鮮だけどね?」
「とにかく、この呪いのようなものは1日経てば治るらしい」
「え!?ほんと!」
少女の言葉に、一花(東城)は思わず嬉しげな声を上げた。でも何故そんなことがわかったのだろう———と、ふと手元の書物を見ると、そこには暗号にしか見えない謎の言語の筆記体が並び、その横に、見覚えのある瓶の挿絵が描かれている。
そうか、東城は人間の食事を試しながらも、最速でこの超常現象解決のために本を調べてたのか!と一花は納得した。
普段慌てて騒いでいる自分が、このようなカオスな状況においても冷静沈着かつ淡々と物事を進めている様子は、かなり新鮮だ。それに、ツンとした顔で珈琲を啜りながら本を捲る様が、何故か絵になっている。
一花は首を傾げた。それは紛れもなく自分だが、同時に全く自分ではない。
え、何かあたし、すごく美少女なんだけど!?
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