おにぎりどぞですひん。2.
巨大な電氣菩薩が鎮座して、街を見下ろす峠のドライブインでひと休み。
駐車場はガラガラで停め放題、冷水機は壊されてるけど冷えてて飲み放題、店のガラスは割れ放題。
そんな建屋でも営業はしているらしく、いちばん奥に設けられた前時代的なスタイルの、つまりカウンターで好みの品を注文すると自分のテーブルまで料理が運ばれてくる仕組みの軽食コーナーからは、これまたいつから稼働しているのかわからないぐらい古臭い冷蔵庫や調理器のモーターが唸るブゥウンという音が響いている。
暗くて埃っぽい店内にジャリ、ジャリと足音を響かせて侵入してみる。いや、これでも営業している様子なので立派な入店だ。立派な客なのか、それとも単なる冷やかしなのかは、自分でもまだよくわからない。が、少なくとも先客がいる様子は無いし、なにしろ怖いのでわざと足音を立てて歩いている。
「いらっしゃいまひん」
突然、背後から生きた人間の声がした。心臓が口から飛び出して、壁に跳ね返って来たのをまた飲み込んでドクドク動き直すくらい驚いて振り向くと、そこには確かに生きた人間が立っていた。
「久しぶりのお客さんですひん。ささ、コチラへ、どぞですひん」
ヒトの良さそうな笑顔を浮かべた彼女が、にこにこしながら座席に案内してくれた。背中の辺りまで伸びた黒くつやつやした髪の毛を白いリボンで括って、頭にはすっかりすり切れたテヌグイという大昔のタオルを巻いている。エプロンらしき何かも身に着けてはいるが、やはり色も模様も褪せて判別出来ない。
一体いつから、どうして、ここに、こうやって、彼女は存在しているのだろう……。
口調からして、彼女はかつて存在したという湖畔の少数民族「ヒン族」の女性らしかった。
末裔か、それとも生まれ変わりか。いずれにしても、この惑星(ほし)が殆ど丸ごとガス室になったような出来事のあとで、よく生き延びたものだ。
湖の畔で生まれ、湖と共に生涯を過ごすヒン族は、湖と共に運命を共にするという。そして遂にカンサイチホウの水瓶と呼ばれた巨大な湖が干上がり、枯れ果てたとき。ヒン族もまた姿を消したとばかり思っていた……。
「すみまひん、椅子もテーブルもガタついてますが……それにデンキもガスも材料もなかなか……。今、お出し出来るのはこれだけなんですひん」
手渡してくれたフィルムを貼ったメニュー表も端っこが擦り切れたりめくれたり、文字も擦れているうえに出来ない品物は上から消されているが、その消すテープやインクが剥がれて消されたはずのビーフカレーやオムそばの文字が見え隠れしている。
出来るものと言えば、おにぎり、いなりずし、手作りうどん、飲み物は缶入りの茶とボトル入りの炭酸水くらいだそうだ。
おにぎりも以前は具が数種類から選べたようだが、今は陸(おか)こんぶだけになったという。海苔も無い時が多く、その場合は気持ち程度の値引きか、おにぎりを少し大きくしてくれるそうだ。
それなら、とおにぎりを注文してみる。飲み物は炭酸水にした。あぶくの出る飲み物なんて、久しく口にしていない。
暗がりになったカウンターの奥に、調理場らしきスペースが見える。
荒れ果てた建物とは裏腹に、小ぎれいに片づけられているようだ。
問題は陸こんぶのおにぎりと炭酸水が、全身を生体部品と人工血液、培養筋肉、そして精密機械で埋め尽くしたこのカラダに合うかどうか、だ。
生前、とでも言おうか。こんなカラダになる前なら、陸こんぶのおにぎりは好物の一つだったが……。
声を失ったかわりにディスプレイに表示される文字列や絵文字、記号などで喜怒哀楽を表現することにも、彼女はさして驚かなかった。少ないなりに、色んな客が来るのだろう。
「さあ、お待ちどうひん。ごゆっくりどぞですひん」
粗末なテーブルに乗せた粗末な皿の上で、昔なつかしい陸こんぶのおにぎりがふたつ、湯気を立てて転がっている。白っぽい人工培養皮膚で包んだ機械の指先がそれを掴むと、ちゃんとご飯の温かさが伝わって来た。
東京Digging Land ダイナマイト・キッド @kid
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