おにぎりどぞですひん。1.

 片側八車線の巨大な高速道路のド真ん中を歩く。

 ぎらつく太陽に照らされた地上数百メートルの高架橋が晴れ過ぎて黒ずんで見えるほど濃い青空と、輪郭が際立つあまり浮き上がって見える雲の彼方に向かって何処までも伸びている。


 必要以上にくっきりとした白昼夢のように、眼下に広がる灰色の街は静まり返っている。ただ眠っているのか、それとも既に死んでしまったのか。それはこのだだっ広い道路も同様で、往時のように猛スピードで行き交うクルマもトラックも居やしない。吹き抜ける風と自分の溜息と足音以外を聞かないまま、延々と歩いてきた。

 峠も、崖も、河岸段丘も越えて。灰色の街に辿り着いたら、いつも空振り。


 まるで墓石の群れのような街並みを見下ろしていると、あの窓や屋根やドアの向こうには等しくひとりひとり、それぞれの生活や人生があったことが信じられなくなってくる。

 一体どれだけの脚本家が何万本のニューロンを焼き切って書き続ければ、そんなに大勢で互いに無関心のまま進行する群像劇が描けるというのだろうか。


 もくもくと沸く白い雲の波のなかで、空に向かって伸びる無数の高層クレーンたち。

 西から東へ雨上がりのキノコのようにずらりと立ち並び、その向こうには飽きもせず回り続ける巨大な発電用風車の群れ。賑やかな空の下で、何を話し、何を運ぶのか、クレーンだけが忙しく働いている。道路には相変わらず、ただの一台も走って来るものはなく。

 焼けた地面に孤独な影を踏みしめて、ただ巨大な高架橋のうえを歩き続けている。


 クレーンと風車が伸びる白い雲のパレットに、ピンク色の丸っこい鳥の群れがやって来た。無数のそれはフウセンカモメと呼ばれる鳥類のミュータントで、大気中に充満した無色透明の窒息性猛毒ガス、通称〝あおぞらガス〟を吸い込んで浄化するように進化する過程で喉元から腹の奥にある肺が巨大な風船のように膨らむようになったものだ。

 あおぞらガスは初夏の薫風に乗って瞬く間に広がり、それを吸い込んだ人々も哺乳類も爬虫類も両生類もカタツムリも、およそ肺を持って歩き回るタイプの生き物を片っ端から皆殺しにしていった。


 だが生命の神秘というものは大したもので、その窒息性ガス(いわゆる二酸化炭素やアルゴンといった不活性ガスではなく、文字通り吸い込んだものの息の根を止める)に含まれる酸化燐化合物を吸収・分解することで栄養素とし、血液の代わりに酸化燐腺液を用いてヘモグロビンを体内に循環させ生命活動を維持している。


 しかし酸化燐腺液は血液に比べていわゆる「燃費」が悪いため全身の至る所に毛細血管をびっしりと張り巡らすことになり、結果あの鮮やかなピンク色の体色を得ることになったのだそうな。つまりあれは羽毛の色ではなく、皮膚のごく薄い表面近くまで浮き上がり張り巡らされた血管が透けて見えているのだ。フウセンカモメの翼は鳥類というより昆虫の翅に近い透明なセロファン質のもので……要するに珍しいことには珍しいが、このぐらいの距離がちょうどよく、あまり近くでまじまじと見ない方が良さそうな生き物だ。


 フウセンカモメの群れが過ぎ去ると、またクレーンと風車だけの空になる。

 間近で見たくもない生物が群れを成して通り過ぎただけのことなのに、当たり前の風景に戻った途端の、この薄ら寂しさといったらなんだ。

 脳と液汁の境目のちょっと外側でひんやり冷たい感触を得た。背中合わせの心と身体を隔てて吹く隙間風が別々の行き先を指さして嗤う。


 意識が高くて背広の安い、田舎の青年会議所のインスタアカウントみたいな、若く眩しい笑顔が虚しい。空虚がネクタイ巻いて笑ってら。どうせセックスのことしか考えてないのを、あらゆる難しい用語と文法で包み隠して生きてるくせに。

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