Weiss

めぐ

第1話 Mädchen

 僕はもともと、都心の方に住んでいたシティボーイだったが、親の事情で田舎に住んでいるおばあちゃん家に引っ越すことになった。僕の中のおばあちゃん像は昔から続くしきたりを大切にする人。僕は新しいものに興味を持つ方だから、おばあちゃんとは馬が合わないと思う。

 おばあちゃんの住んでいる村、風丘村は山と海を楽しめる場所。ただ、山は虫が多いのと、猪や鹿さらには熊さえ出るからすこし怖い。海は風丘にある沖縄と僕が勝手に名付けているほど美しい海が広がっているが、おばあちゃんは海は行くなというものだから生まれてから今まで、行ったことはない。ただ、僕は行ってみたいと思っている。

 僕は新幹線で京都まで行ってから、長い長い電車に揺られ、ようやくおばあちゃん家まで着いた。今まで通り、海は僕の目を奪う。おばあちゃんはそんな僕から海への興味を奪おうとしているのか、「さあ家へお上がり。悠くんには悠くんのお部屋を準備しているからね。あと漫画も買っておいたからね。たくさんお読み。」と言った。おばあちゃん家は海側には窓が無い。まるで海をないものにしているかのように。ただ、僕はなんでおばあちゃんがそこまでして海が嫌いなのか全くわからなかった。興味がお腹からふつふつと湧き上がって、口の外へ出ていってしまった。「海行っていい?」

 おばあちゃんは顔が青ざめ、僕に言い放つ。「行ってはいけないよ。行ってどうなっても知らないよ。」僕はおばあちゃんからこれほどまでに怯えた声は聞いたことがなかったから、驚きが強かった。

 春、僕は桜が満開の風丘を初めて見た。僕の転入する中学校は風丘中学校で、三年前に風山中と丘里中が合併したらしい。そして僕は中学三年からの転入も珍しいし、第一、東京から、という理由で注目の的となった。2クラスで1クラス23人という驚くべき少なさの風丘中で僕の名前が知れ渡るのは1日もかからなかった。僕に初めて声をかけてきたのは山本湊。「東京出身ってほんとなの?すご!俺大人になったらシンジュクとかハラジュクとかギンザとか行ってみたいんだよね!」と机に乗り込みながら言ってきた。クラスのほとんどの子が僕に色々話しかけてくれたが、1人だけ何も言わず、聞かずの少女がいた。それも、隣の席なのに。肌は真っ白で細長い。僕はとても興味を持った。思い切って話しかけた。「仲良くなりたい。名前、教えて。」

 少女は顔色ひとつ変えず、「名前を聞くときは、自分から名乗るのが礼儀よ。」という。あれ、転校生紹介で僕の名前聞いているはず。「ごめん。てっきり知ってると思ってた。僕は矢島悠介。よろしく。」少女は何も言わない。「えっと…名前は…」と聞くと、ため息をついて、「八谷尺芦」とだけいう。僕は少しムッとした。湊は、僕を呼びつけ、「八谷、普通に気持ち悪いし、関わんない方がいいよ。」と、突き刺す。

 夏、僕は風丘の夏は毎年見ているから暑いくらいしか思わない。耳を通り越して脳に響く蝉の声。滝のようにどっと出てくる汗が気持ち悪い。プールの授業が始まり、みんな歓声を上げる。湊は、咲良という女の子が好きなのだが、プールの授業の時は特に、ずっと咲良を見ていて正直気持ち悪い。そして、プールが終わった次の授業の時、大体湊は「いや〜咲良エグかったな今日。ラッシュガード脱いでたら100点だったわ、惜しい〜。」と言う。湊は顔立ちがはっきりしていてかなりイケメン。頭もいいのだろう。運動もできて、正直モテている。だから女友達もたくさんいる。以前女友達の瑞稀に「咲良のラッシュガード、今度お前から脱がせろよ。ウケるって」と言ったらしい。湊のことが好きだった瑞稀は言われた通りに脱がせてしまった。しかも脱がせ方が大胆で、何も言わずにばっとチャックをおろす形になってしまったが故、瑞稀は女子からは嫌われている。湊にモテるために友だちを売った女だと。ただ、周りの女子もどうせ湊に同じことを言われたら、どんな手であろうと脱がせるであろう。そんな女子たちも気持ち悪い。僕は、そんな女子たちより、尺芦に惹かれた。

 僕はプールよりも海が好きだ。僕は引っ越してから1日たりとも海を見なかった日はない。そんな僕をおばあちゃんはものすごく嫌そうな目で見ていた。ただ、僕はおばあちゃんの期待を裏切ることを決意した。好奇心を抑えられなくなった。海に行くため僕は坂を下ろうとすると、おばあちゃんが僕を見た瞬間、今までにないダッシュで駆け降り、腕を引っ張って僕の頬を殴った。力はこもっていたが、痛みはなかった。「ダメだよ。行っちゃ。悠くんのためをもって、言ってるんだからね。」息切れまじりのおばあちゃんの声は返って僕の気を惹かせた。おばあちゃんがいうほどの恐ろしいことってなんなんだろう、と。

 僕は湊に海に行かないかと聞く。湊は僕の行きたい海を指さして、あれじゃなければ行きたいという。なんであれはダメなのかと聞くと、「なんかお袋も親父もいくなって言ってくるから。前行きたいって言ったら頭ぶん殴られたもん。」という。由寿にも聞くと、「プール休んでるの知ってるでしょ!泳げないの!無理!」という。だから1人で行こうと思った。

おばあちゃんが寝るのは大体8時ごろ。お母さんもお父さんも夜勤の日があるからその日に行こうと思った。

 ついに決行の日、7月24日。6時30分ごろ、父母が仕事場に向かう。おばあちゃんとご飯を食べる。おばあちゃんは、僕が出掛けの準備をしているのに気がついたのか、「どこへいくのかい?」と聞かれた。僕は少し焦ったが、「隣町の川で、花火大会を、やるらしい。湊に、誘われたから、いくの」というと、「ああわかった。気をつけて。ただ、絶対に海には行くんじゃないよ。これはおばあちゃんとの約束。」と言われたが一切耳には届かなかった。

 8時30分。おばあちゃんが寝てから抜き足差し足で海へ向かった。坂を駆け降りる。砂浜は真っ白でさらさらしていた。少し遠くに鳥居がある。三日月が夜の漣を照らしていた。ふと隣を見ると八谷尺芦がいた。『なんでここにいるの?』同時に聞く。尺芦はこちらを黙って見つめる。「君が先に訊いてきたんだ、答えて」僕は負けじとはっきり訊く。尺芦は少し驚いて、「なんでも何もないよ。いつも来てるの、君がくる前にね。君はどうなの。」諭されるように言われた。「僕は、好奇心。」言葉を並べる。「好奇心て何?どこが好奇心なの?」疑問系ではない、怒り口調だ。「おばあちゃん、おばあちゃんに、行くなって言われてた。でも、ここの海、すごく綺麗じゃん。」尺芦は少し黙り込むと「なんで来ちゃいけないって言われてたの?」今度はもっと大きな怒りを感じる。「わかんない。わかんないし、聞いたら多分怒られるから、聞いたことない。」尺芦の怒りを煽らないように、言葉を選んでみる。すると尺芦は咽んだ。泣いた。「私、なんで君のおばあちゃんが言っちゃダメって言ったのか、わかるよ。」僕は相槌を打たず、彼女の肩に手を伸ばした。彼女はそれを拒むことなく話を続けた。「私のお父さん、ここで水難事故死したの。昔、ここ海水浴場で。あそこにあるでしょ、鳥居。お父さんはそれを、海水浴場の開発のために、取り除いたの。その次の週、取り除く作業してた人たち、みんな死んじゃった。その後さ、ここで事故があったのは、私と私のお母さんのせいになってさ、私、少し八尺みあるでしょ?だから私は八尺様扱いされてさ。そう、いろんなことあってお母さんは、お母さんは、私を残して、ここで自殺した。私は、同じ村に住んでたいとこの家に引き取られたの。私、ここ嫌いになるはずなんだけどな。なんかここすごく私を包み込んでくれる優しさがあるの。だから毎晩、私ここに来てるの。つまり、だから、ここにくると私のせいで、なのかな、海に飲まれると思っていってくれてるんだと思うよ。」と嗚咽まじりに話した。僕は彼女を抱きしめた。一生守っていきたいと思った。

 僕は尺芦と一緒に家に帰った。帰宅時間は10時。お母さんもお父さんも帰ってきていない。おばあちゃんは、多分寝ている。尺芦も送り届けられた。

 次の日、僕は学校で、尺芦が行方不明だと、伝えられた。だから僕は学校が終わってからダッシュで海へ向かった。尺芦は目を瞑った姿で、海に包容されていた。きっとこれは自殺なのだろうと思った。砂浜を歩いてみると、僕たちが座っていたであろうところに、ビンが置いてあった。中には手紙が入っていた。『悠介くんへ。話を聞いてくれてありがとう。話しているうちに、私は海のものなんだと思ったの。海に行ったらお母さんお父さんがいると思ったの。だから、。』紙には、涙なのか、ただの水滴なのかわからない水の跡がついていた。いつ書いたのだろう。ちゃんと学校も一緒に行けば…と思った。海は僕に「尺芦はおまえのものではない」と語りかけるように漣を立てる。僕は全て勘違いをしていた。

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Weiss めぐ @megdayo

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