第31話 あなたとともに

 ――目の前の少女は、一体誰なのだろう、と思った。


 私の知る彼女は、誰よりも気丈で優しく、そして繊細な少女だった。いつも父親の愛を求めて行動する彼女の姿はどこか痛々しいほどにまっすぐで、今にも壊れてしまいそうだった。そして、私はそんな彼女をどんな手段をとってでも守らなければいけない、と決意したのだ。

 確かに、今私の前に立つ少女は私の敬愛する純蓮お嬢様だ。それでも、その瞳に宿る意思は硬く、彼女は自分の主張をまっすぐと私に向けている。


 ――彼女は、こんなに強い瞳をしていただろうか。


 守られるだけではいたくない、と彼女は言った。今の彼女は、一度怒りを向けた私を切り捨てなかった。彼女を傷付けた私とともに、いまだ歩く道を探そうと模索してくれている。


 あなたに傷付いて欲しくない、と思った。ただ、あなたが幸福であればいいと。今でもその願いが間違っていたとは思わない。だが、違ったのだ。あなたは傷付いてでも前に進もうとしていて。


 ずっと進めていないのは、きっと俺の方だったんだ。


 ◇◇◇


「お嬢様はいつの間にか……、こんなにも強くなられていたのですね」


 固く結んだまぶたをゆっくりと開きながら、影吉はそうつぶやいた。その表情はどこか憑き物が落ちたかのようにも見える。

 ただ、彼の言葉が予想外のものだったことで、純蓮はきょとんと目を瞬かせる。


「強く……、ですの?」

「はい、……きっともうあなたは誰かに守られるのではなく、自分の力で前に進めるのですね」


 独白するように言葉を吐き出し、彼は深く、深く頭を下げた。そんな彼の姿に戸惑う純蓮へ、彼は言葉を放つ。


「……お嬢様。あなたの行方を探るために、あなたの大切にしていた物を傷付け、発信機を付けたことを謝罪させて下さい。あれは……、あなたを一人の人間として尊重するために、やってはならない行動だった。本当に……、申し訳ありませんでした」

「……影、吉?」


 彼の謝罪は、決して形だけのものではないと分かる、そんな誠実さを感じさせるものだった。純蓮は彼のその姿にふっと笑みをこぼすと、彼の前でしゃがみこみ、影吉の顔をそっと下から覗き込む。


「ふふ、なんてひどい表情ですの?」


 彼は驚いたように目を丸くする。そんな彼を小さく笑うと、純蓮はこつんと彼の額を軽く小突いた。そして、呆然とする影吉を放ったままでぱっと立ち上がると、彼女は言葉を続ける。


「……ほら、もう顔を上げてください。そもそも……、わたくしはそのようなことで怒っているのではないのですよ?」

「それは……、アルマのことでしょうか」

「えぇ、もちろん。そうですわ」


 純蓮の返答に、彼は一瞬眉をひそめる。そしてぽつりと口を開いた。


「……お嬢様、確かに彼を侮辱するような発言をしたことについては私の落ち度です。それでも、彼と付き合いを続けるということは……、私は危険だと思わざるを得ません」

「……そうですわね。影吉ならきっとそう言う、と思っていましたわ」


 影吉の忠言に、純蓮はふぅとひとつ息を吐く。

 純蓮の言葉ひとつで彼のアルマへの警戒まで解けるなど、最初から考えてもいなかった。というよりも、彼の普段の言動を考えるのならば、純蓮への謝罪を行ったことこそが奇跡のようなものだろう。

 彼を説得するためには、純蓮がアルマとともにいることの必要性を納得させなければならない。


「……だから、聞いていただけますか? どうしてわたくしが……、アルマさんと共にいるのかを」


 ここがきっと、彼とともに進むためのスタートラインだ。

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