第28話 堅物執事懐柔作戦

 こんなとこで話す内容じゃないか、というアルマの言葉でふたりはルミナリクへと移動する。彼の表情は真剣で、先程の提案が決して冗談ではないということを示していた。


「このまま計画を進めようと思ったら影吉アイツは必ず障壁になる。だったらいっそのことこっち側に引き込んだ方が得策だと思うんだ」


 と、ルミナリクに着くなり彼は言い放つ。窓際の二人席に腰掛け、彼は先ほどの言葉にこう付け加えた。


「それに……、影吉はずっと昔からお嬢サマに仕えてたんだろ? 使用人の視点だからこそわかることってのもあると思うんだよな」

「確かに……、それはある、かもしれませんわ」


 こくりと頷いた純蓮に同意するように、だろ、と彼は腕を組む。


「んで、影吉を味方につけるためには何よりもまず……、お嬢サマの力が必要だ」


 彼の話によれば。


「影吉は俺のこと警戒してるし、俺からそんな話もちかけたところで無視で終われば大成功ってとこだろ? でも、アイツが大切に思ってるお嬢サマから言われたら少しぐらいは揺らぐかもしれない」

「……わたくし、が?」


 純蓮のか細い返答に、彼は力強く頷いた。


「あぁ。特に、影吉は一之瀬家ってよりもお嬢サマ個人に付き従ってるって感じだし、事情さえ飲み込んでもらえればワンチャンあるんじゃないかと思うんだけど……、お嬢サマはどう思う?」


 確かに、影吉は以前治彦によってぐしゃぐしゃにされた成績表を隠蔽しようとしていたりと、あまり父に良い印象を抱いているとは思えない。ただ、


「あの影吉が『復讐』なんて危ないことを許すとは……、思えませんわ」

「うーん、やっぱそこなんだよなー……」


 純蓮の言葉に、アルマはぺしゃりとテーブルに突っ伏した。がしがしと髪を雑にかきあげて、彼はぼやく。


「あんな過保護の権化みたいなヤツが復讐だとかって物騒なことさせねーよなー……。でもなー……、今のままだったら絶対邪魔されると思うんだよなー……」


 ぐぬぬ、と考え込むように彼は唸る。

 そのままあーでもないこーでもないと二人で話し込んだ末に純蓮の中で導き出された結論に、純蓮はむむと声をもらす。


「やはり……、この方法しかないのでしょうか」

「ん? ……お嬢サマ?」

 

 不思議そうに純蓮を見やったアルマの耳元に顔を寄せ、彼女はひそひそと今しがた考えついたアイデアを共有する。アルマは驚いた顔を見せたものの、すぐに純蓮とともにその作戦について話し始める。そしてしばらくの応酬のあとに、彼はふっと笑みを浮かべた。


「……そうだな。お嬢サマがそうすべきだと思ったんならそれで行こうぜ」


 どのみち他に方法も思いつかないし、と彼は告げる。


「ありがとうございます。アルマさん」


 にこりと微笑んだあとで、彼らは互いに向かい合い、こくりと頷いた。


「よしっ、それじゃあその作戦でいくぞ! 作戦名は『堅物執事懐柔作戦』だ!」

「はいっ! ……ってなんなんですのその作戦名は!?」


 身も蓋もない作戦名に、純蓮はおもわず叫ぶ。


 ――こうして、ふたりの作戦は始まった。


 ◇◇◇


「……ここからはわたくしががんばる番ですわ」


 ぱしと両頬を叩き、気合を入れる。眼前に広がるのは一之瀬家の邸宅だ。影吉に相対するための覚悟を決めて、彼女は確かな一歩を踏み出した。

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