第26話 あなたのこと

「さぁさぁ、純蓮ちゃん。遠慮しないで好きなだけ食べていいからね」


 と笑うロゼの前に広がるのは、色とりどりのケーキたち。その量はおよそふたりで食べきれるほどではなく、純蓮はおもわず頬をひくつかせた。


 ――どうしてわたくしは……、店長さんと一緒にこのような場所にいるのでしょうか。


 遠い目をしながら、思いを馳せる。ふたりがお茶をしているのは、白崎市の中心街に最近出来た人気のカフェのテラス席だ。

 カップルや若い女性が多いこの店で、彼女たちは「デート」をしていた。


 なぜ彼女たちがここにいるのか。その理由は一時間ほど前まで遡る。


 ◇◇◇


「それじゃあ今から、私と一緒にデートをしようか!」

「…………へ? で、デート!?」


 あまりに突然のその提案に、純蓮は飛び上がるほどの勢いで声をあげる。そんな彼女の反応を見て、ロゼは愉快そうな声をもらした。


「はははっ。まさかそんなにいい反応をしてくれるとは」


 アルマの言っていた通り素直な子なんだね、と彼女は笑う。そんなロゼの言うアルマという名前に、純蓮は一瞬身動ぎをする。そうだ、純蓮はアルマに昨日のことを謝りに行かなければならないのだ。


「……その、大変ありがたいお申し出なのですが、わたくしはこのあとアルマさんに会いに行かなくてはならないので――」

「まぁまぁ、そんな硬いことは言わずにさ。もう目当ての場所は決めてあるんだ」


 純蓮の返答を気にする素振りもなく、彼女は純蓮の手を取ったままで歩き始める。ちょっと待ってくださいませ、という純蓮の嘆願は聞き入れられることは無い。


 ――な、なんというかこの流れ、とっても既視感がありますわ……!


 ◇◇◇


 こうして、半ば引きずられるような形で彼女はカフェへと連行されたのだ。


「いやー、ここのカフェはケーキがおいしいって話だったからずっと気になってたんだ」


 楽しそうにロゼは笑う。残った分はテイクアウトにするから心配しなくていいよ、という彼女の言葉に甘えて、純蓮はガトーショコラを手にとった。しっとりとした生地にとろりと柔らかい生クリームが添えられたそれは、彼女の言葉通り確かに美味しそうに見える。

 純蓮がひとつのケーキを食べる間にも、彼女はするすると流れるようにケーキを飲み込んでいく。彼女の細い体のどこにそんな量のケーキが入るのだろう。

 

 しばらくの間他愛のない話をしながら甘味に舌鼓を打っていると、彼女はふと切り出した。


「そういえば……、今日は君の調査期間の最終日だったね」


 その言葉に純蓮は顔を上げ、はっとロゼの顔を見返す。彼女は先程と同じ楽しそうな笑みを崩さない。


「どうだい、アルマは。君の力にはなれたかな?」


 彼女の問いかけに、今までのアルマの言動を思い浮かべて純蓮は微笑む。まるで、花のような笑みだった。

 

「わたくしは今、アルマさんのおかげで笑えています。ですから……、アルマさんには感謝してもしきれませんわ」


 純蓮の返答に、うんうん、と彼女は頷く。


「それならよかった。……あの子は裏社会こっち側にいるのが不思議なくらいにまっすぐな子だからね。きっと君の力になれると思ったんだ」

「……店長さんは、わたくしのことをご存知だったのですか?」

「ん? どうしてそんなことを聞くのかな?」


 純蓮の疑問を聞き、ロゼは不思議そうに小首をかしげる。純蓮はえっと、と口ごもりながらテーブルの上に置かれたティーカップの水面を見つめた。


「その……、店長さんは依頼をした日にもアルマさんのことを『きっと君の力になってくれるよ』とおっしゃったでしょう? その言葉がなんだかわたくしの依頼に対しての言葉としては不思議だなと思ったのです」


 純蓮はルミナリクにて「自身の殺害」を依頼した。あのとき、まるで彼女が純蓮の本当の目的である「父親への復讐」を見透かしているかのように思えて、純蓮はどきりとしてしまったのだ。


「それに、アルマさんはわたくしの依頼を断ろうとしたのに店長さんはすぐに了承したことも不思議だなと思ったのです」


 そんなに簡単に了承してしまうなんて何か裏があるのでは、と疑うことは至極当然のことだろう。

 純蓮の言葉を聞き終えて、彼女はふむと一言つぶやいた。


「まぁとりあえず結論から言うなら、私は君のことは知らなかったよ」


 あっけらかんと、彼女は言い切る。その言葉のあまりの軽さに、純蓮はきょとんと目を瞬かせた。純蓮の戸惑う反応を見ながら、彼女はただ、と言葉を続ける。


「ただ君の制服と名前から、君がイチノセ海運のご令嬢だということはすぐに気付いたんだ。自分を殺してくれ、なんてことを言い出す財閥のご令嬢だよ? どう考えたってきな臭い話じゃないか」


 そんな話を無視できる方がどうかしてる、と手元のケーキを頬張りながら彼女は笑う。そして、フォークの先を純蓮に向けて、彼女は純蓮の瞳をまっすぐに見据える。


「それに何より、……きみの瞳がよく似ていたからね」

「似ていた……?」


 彼女は微笑む。ただ、その笑みはどこか寂しそうな、哀しそうな笑みだった。


「君のあの……、世界の全てに絶望したような、何か一つの均衡が崩れた途端にすぐに壊れてしまいそうな。そんな瞳がよく似ていたんだよ。……とね」


 ロゼがあの子、と呼ぶ相手を純蓮は知っている。脳裏に、いたずらっぽく笑う彼の姿が浮かんで。純蓮は口を開こうとする。


「あの、店長さん。あの子って――」

「ローゼーーッ! やっと見つけた!!」


 ただ、その言葉は他の誰でもないその彼の声によって遮られてしまう。背後から響いた叫び声は、よく聞き覚えのあるものだった。


「お前なぁ! 買い出し行こうって珍しく言い出したかと思ったら、俺に荷物持たせてすぐにどっかいきやがって! 散々探し回ったんだぞ!?」


 ずんずんと迫ってくるその声は、明らかに怒りの感情を帯びている。もっとも、責められている当の本人は全く気にしている素振りを見せていないのだが。


「あぁごめんごめん。いつも荷物持ちありがとうね」

「ごめんって言うだけで許されると思うな! その態度全っ然反省してないだろ…………って、お嬢サマ?」


 彼はようやく気付いたという様子で純蓮の顔を見る。きょとんとしたように見開かれる真っ赤な瞳。


 そこに立っていたのは、青みがかった短髪に赤いツリ目が特徴的な喫茶ルミナリクの店員、アルマだった。

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