空を渡る船
@shitona
第1話:夕暮れの約束
アリアン帝国の首都ネオ・ルミナの夕暮れは、いつも黄金色に輝いていた。それは蒸気と魔力が融合した街の証でもあった。空気中に漂う魔力の粒子が夕日の光を受け、街全体が琥珀色に包まれる—リオ・ヴィンドハイムはこの景色を心から愛していた。
川面に映る光の帯を見つめながら、アイルトン橋の欄干に寄りかかったリオは、頭上を通過する飛行船のエンジン音に思わず顔を上げた。「ノーザン・クラウド」と呼ばれる郵便飛行船だ。六年前に父とこの橋に立ったとき、同じ船を見上げていたことを思い出す。
「やっぱり、美しいな」
つぶやいた言葉が風に乗って消えていく。かつて父のレナード・ヴィンドハイムは同じ言葉で息子の肩を抱き、「いつか私たちは、もっと美しい船を造るんだ」と語っていた。伝説的な技術者だった父は、風と蒸気の力を完璧に組み合わせた新型エンジンの開発に人生を捧げていた。
「リオ、また夢見ごごちな顔して」
振り返ると、幼なじみのアリス・ヘレンウェイが立っていた。金色の髪を後ろで結い上げ、帝国軍技術部の青い制服を身につけている。彼女の襟元には、新たに昇進したことを示す銀の星が光っていた。
「アリス!」リオは笑顔で応えた。「昇進おめでとう。聞いたよ、技術部の最年少中佐だって」
「ありがとう」彼女は笑ったが、その目は真剣だった。「でも今日は公務じゃないわ。あなたに会いたかったの」
二人は橋の上で並んで立ち、静かに流れるリューン川を眺めた。アリスが制服のポケットから一枚の書類を取り出す。
「帝国軍が新型飛行船の開発プロジェクトを立ち上げたの。私がリーダーよ」彼女は誇らしげに言った。「そして、あなたの力が必要なの、リオ」
リオは驚いて彼女を見た。六年前に技術学院を中退し、父の遺志を継ぐために独自の研究に没頭していた彼にとって、帝国軍からの誘いは予想外だった。
「なぜ僕なんだ?」
「あなたが父上から受け継いだ風力融合技術よ。これが実現すれば、飛行船の性能は飛躍的に向上する」アリスは熱を込めて言った。
「あなたのその青い目がキラキラしているのを見れば、すでに何か成果があるのは明らかね」
リオは苦笑した。幼い頃からアリスには何も隠せなかった。彼は内ポケットから折りたたまれた青写真を取り出した。「父さんの夢は、風と蒸気の力を合わせた新しい飛行システムだ。これがあれば、燃料効率は三倍になる」
アリスは図面を開き、目を見開いた。青写真には、従来のエンジンとは全く異なる機構が描かれていた。風の流れを自然に取り込み、蒸気の力と融合させる—それは単なる工学の枠を超えた芸術品だった。
「これは...すごい!」彼女はリオの腕をつかんだ。「リオ、これを実現させよう。あなたと私で」
リオは空を見上げた。今は小さく見える飛行船が、いつか彼の技術で新たな姿になる。そう思うと、胸が高鳴った。
「父さんはいつも言っていた。『空を見上げる者は、いつか必ず空を渡るだろう』と」彼は微笑んだ。「その言葉を証明する時が来たみたいだ」
夕暮れの街に、二人の影が長く伸びていた。まだ見ぬ未来への一歩を踏み出す瞬間、彼らは知らなかった—この決断が、やがて二人の運命と世界の行く末を変えることになるとは。
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