第2話 朝のルーティンがバグってる

朝五時。目覚まし時計より早く、謎の拍手で目を覚ます。

開けたカーテンの向こうには、いつもの朝日と、ベランダで正座している妹がいた。


「……紬?」


「おはよう、お姉ちゃん。今日の太陽は、ご機嫌麗しゅうございます」


返答が詩的すぎて、私の眠気が急速に悪化する。


「なにしてるの?」


「太陽に挨拶」


「それは見ればわかるけど、なぜ?」


「ルーティンだから」


なるほど。意味はわからないけど、妹の中では完結してるらしい。

私はまだ半分寝ていたので、細かいツッコミは脳内保留フォルダに入れた。


それから、彼女の“朝のルーティン”が始まった。


6:00、ベランダから戻ってきた紬は、観葉植物に水をあげながら話しかける。

「昨日のニュース、見た?」と聞いた後、「え、録画してないの?」と本気でがっかりしていた。


6:30、急に玄関を開け、何もいない外に向かって「いってらっしゃい」と言う。

どうやら誰かが出勤する幻を見ているらしい。


7:00、野良猫と対話。

窓の外にいる猫と5分ほど見つめ合い、何かを受信したように頷くと「猫の間でも物価高らしい」と教えてくれた。


「紬、あんた今のところまともなこと一つも言ってないよ」


「うん。でも全部ルーティンだから」


その単語を免罪符みたいに使うのやめて。


8:00になると、妹は洗面所の鏡の前に座り込んだ。

そして、鏡の中の自分と会話を始める。


「今日はちょっと、がんばろうと思ってる」

「うん、無理しないで」

「でもやらなきゃだめだよね」

「そうだね」


私は、洗面台の前で割と真剣な双子会議を眺めながら、歯磨き粉を間違えてハンドクリームでやりそうになった。


「なにこの演劇?」


「ルーティンだよ」


またそれか。


9:00、朝ごはんは食べない。食べるのは、深呼吸と空想とココアのみ。

「胃が現実を受け付けないから」と紬は言いながら、何も入ってないお椀を三度拝んだ。

意味がわからなすぎて、私は味噌汁に謝りたくなった。


「紬」私は静かに言った。「バグってるよ、君の朝」

「でもね、お姉ちゃん」紬は空気をすくって飲みながら、ニコリと笑う。「バグってるくらいじゃないと、夢って起動しないんだよ」


……それっぽいこと言って誤魔化すな。


でも私は黙ってココアを飲む。なんだか悔しいけど、少しだけ、わかる気がしたから。


こうして今日も、紬の朝は無事(?)に起動する。

私はといえば、妹の横で静かにシャットダウンしそうになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る