彼氏坂
木船田ヒロマル
彼氏坂
「
塾からの帰り道、名前を呼ばれた俺は振り返ろうと
ゴッッッ!!!
圧倒的打撃を左頬に受けた俺は回避も防御も間に合わず体ごと近くの壁に痛烈に衝突した。
いや、これはアスファルト……壁じゃない。地面だ。
俺は殴られ、倒されたのだ。
視線を襲撃者に向ける。商店街の一本裏道、そのビルの合間から
「
口の中に血の味がし
「
「
「そうか」
俺は短く呼吸を整え右足を引いて
来る。
彼女は左に回り込むような
ドスッ
鈍い音が辺りに響く。衝撃で景色が大きくぶれ、受けた腕に強い
後ろに一飛び、御厨は間合いを取り直した。
「やるわね」
「そっちこそ」
正直な気持ちだった。
御厨に武道の心得はない。
一方の俺はこの三年間、古武道「
ゆらぁ……
御厨の動きが変わった。
俺に対し、
まずい!
コマンドサンボに近い動き。まさかグラウンドに持ち込もうとするとは。
俺たちは二人とも受け身も取れずドウと地面を打って落ち、足をくるりと
美しい。
俺は基本の構えを取り直しながら改めてそう思った。
俺がこの御厨ヒトミと付き合うのは今回が初めてではない。三年前、中学二年の夏。俺は御厨に告白し、彼女はそれを受け入れた。夏休みから秋口に掛けておよそ一ヵ月。満たされた幸せな時間が続いたが、九月十四日の放課後、俺は彼女に殴られて気を失い、後日一方的に別れを告げられてその関係を失っていた。
それでも俺は御厨が好きで、やり場のない心を
そして今、その力の真価が試される時が来た。
「俺が勝ったら」
なるべく静かに、だがはっきりと通る声で俺は言った。
「話し合いをさせてくれ」
「いいわ」
彼女はまた構えを変える。
「戦いの勝者には、それくらいの権利はある」
それは俺自身を鏡に映しように、俺と全く同じ構えだった。体の
御厨は俺を、俺という生物の「
俺は
こんなことが、こんなことができるものなのか……‼︎
好きだ、御厨ヒトミ。
俺の彼女は、俺の
鏡に映した自分を見るかのように二人が向き合う。俺はこの場に立っている俺を誇らしく感じ、鍛えてくれた師に、産んでくれた親に感謝した。
びょう、と重たい風が吹いた。
目に見えない電光が、二人の間に走った。
瞬間、二人が選んだのは真っ向の打ち合いだった。技、フェイント、回避の細かな
互いに必殺の一撃を
一瞬でも早くこの
不思議と、彼女も同じなのだと分かった。
彼女もまた、この時間を貴重なものと感じ、その永続を願っているのだと。
二人の心が完全に同調し通じあった瞬間、俺の二つの
どうっ
終わりは
体重が
「訳を」
荒れた
「訳を聞かせてくれ」
御厨は仰向けになり、乱れた息の間に答えた。
「日曜日、女と雑貨屋に居たでしょ」
彼女は一度目を閉じて、かっ、と開いた。
「浮気は許さない」
「姉だ」
俺はスマホを出し、年始に撮った家族写真を表示して、倒れたままの彼女の目線の先に示した。
「この女だろ。姉のユキノだ。彼氏のプレゼント選びに付き合った」
「ごめんなさい」
御厨は本当に申し訳なさそうに謝罪した。
「私、そそっかしくて」
「いいさ」
疲れ切った俺はどすん、と彼女の隣に座った。
「誤解が解けたなら」
そうとも。俺はそそっかしく、思い込みが激しく、そして強い御厨が好きだ。
中学の時の二の舞は踏まないと俺は言ったが、俺は再び、まんまと御厨ヒトミを好きになっていた。
彼女に会う度に、俺は何度でも恋に落ちる。
彼女は今後も、誤解をしては俺に襲いかかってくるだろう。だが、その
俺はまだ登り始めたばかりだ。
長く険しい、御厨ヒトミの彼氏坂を──。
*** 了 ***
彼氏坂 木船田ヒロマル @hiromaru712
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