灼熱地獄で氷結魔法の使い手が行う小遣い稼ぎ

@sinsinjo

第1話

 この灼熱地獄インフェルノと呼ばれる街というのは余所から来た者にとっては不思議なことだと感じられる。その理由というのは単純明白である。

「あ、熱い。なんで」

 そう、大真面目にこの街は現在摂氏35℃を超えているような状態。というかそれが日常。平然と50℃とか超えてくる場合があるとかなんとか街の人たちから聞いてしまえば堪らなく怖く感じる。季節の関係でこれでも涼しいとか聴かされてしまえば軽く寒気とかしてくる。こんな熱いのに。

「噂には聞いていたけれど。とんでもない暑さだなぁ」

「………………水、飲みますか」

 正直、灼熱地獄インフェルノにやってきてからはそこまでの時間が経っているわけもない。何せ数刻ほど。未だ一日も過ぎていない。

 汗をだらだらと流していながら顔を蒼褪めているような野郎にへと向けて水筒でも差し出していく。念のためだ。街にきたばかりで余りにも勝手が分からなすぎる。

 素直に受け取ってちびちびと呑んでくれている辺りからして元気は未だ余ってくれていたことにホッとはする。

「舐めてたなぁ。もう少しは荷物に余裕でももって来るべきだったか」

 こんなことを言い出してくるリーダーとか信頼性に欠けてくる。どうして自分はこんな野郎についてきてしまったのだろうか。

「というか素直にアンタの後をついていったら案の定迷っているとか。これだからアンタの先導で行くのはやめようって思っていたのに」

 うちの女性魔法使いもこういっている。なのでこのリーダーを誰か矯正してください。………………やっぱり僕がやらなきゃいけないのかなぁ。

雅範まさのりもなんかいってあげてよッ!」

 どうしてこちらに振ってくるのか。お願いだから面倒ごとを肩身が狭く、立場の低い僕に持ってこないで欲しい。

 だが振られた以上は告げるしかない。

「………………あの時計台の下が冒険者協会のある場所だって」

「「「「それを早く言えよッ!」」」」

 えぇ、これって僕が悪いのかなぁ。


 灼熱地獄インフェルノにある冒険者協会の支部というのは街にとって象徴的な時計台の中にある。目立たせたいという意思が感じられるが、それだけ重要な施設であるということ。街にとっての役割としている比重が余りにも重たいことが窺えるわけだ。

 冒険者協会というが一元管理してそのうえで細分化しているおかげでこの世界における協会の役割が大きいのはこの街に限った話ではない。極論でもあるが国よりも強い権力を有しているのではないかと思わせるほど。どこの国も協会なしではやっていけないほどだ。

「別に行政が仕事をしていないわけではないのだろうが。検問とかがかなり厳しいことだし」

「誰に向けて語っているのよ」

 佐藤さとう雅範まさのりは座席に座ってテーブルに置いている重要書類にへとボールペンで必要事項を記入していく。雑用の多くを任されている自分としてはパーティ全員分の書類を本人記入の部分以外を押し付けられてしまっている状態だ。

 パーティ唯一の女性魔法使いであるハイドラは自分で書いてくれるあたりはまだましなんだ。他の連中が面倒な手続きを押し付けてくるだけ。

 本人確認書類が必要になった場合にどこにあるのか訊いてみればなくしたとか言い出すこともあったのだ。駄々をこねるあの連中に本人記入欄を書かせるのにどれだけの苦労があったのか。余人には推し量れまい。

 そんなこんなでなんとか終わらせたことに達成感を憶える。

(こういうところからペーパーレスを推進していくべきなんだと。そこまで魔法は便利でもないのか。コストを下げるのに投資をして開発をしている段階だと信じたいけれどもッ!)

 それはそれとして終わったらこの書類を受け付けに提出していくだけ。ちょうど並んでいなかったのでこのまま出してしまおう。

「これ、お願いします」

「はい、お預かりします」

 受付嬢も大変そうだなぁとか同情に近い思いを懐いてしまうのはこの達成感から生まれる余裕からだろうか。他人から多分ウザいとか言われてしまうのは軽く予想がつくのでこの顔とか感情とかをやめておこうと努力する。

佐藤さとうさんも大変ですね。ここまでこき使われて」

「もう慣れましたよ」

 これで顔を会わせるのは書類を受け取るのと合わせて二回だ。何せこの街には来たばかり。それこそ大昔にでも逢っていてこちらが忘れていなければだが。

 憐憫の眼を向けてこちらに向けていながらも書類に判を押していくことをしていく受付嬢。

「こちらが控えです。また来てくださいね」

 そして出されたその控えというのを受け取っていって立ち去ってしまえば、こちらにしっかりと手を振ってくれる。その物腰柔らかな態度には、どこかちょっと今のところは長くは付き合っていられないなぁとは思う。


「はぁ、やっと行ってくれたかぁ。こう長くいてもらうのも辛いよなぁ」

 すっごい重たいため息を吐くその受付嬢。声を心なしか重厚感もあり低く感じられるものだと思う。

「ソルクもそんな猫被ったみたいな慣れたいことするから疲れるんだよ。しっかりと視界から消えるまでやってるんだもんなぁ。似合わない笑顔で手を振ってさぁ」

 この灼熱地獄インフェルノにいる冒険者はどうにもガラの悪い連中が多い気がするのは気のせいか。多分そうではないだろう。王都の冒険者は中身はともかくとして外面に関しては多少取り繕っている印象があった。まぁ数が多い分だけあくどい事件の件数というのは多かったが。

 だがこの灼熱地獄インフェルノに関してはそもそもの風土もあるのか横柄な者達が多い気がする。その分だけ、あの人も苦労しそうな気もするなぁとは思うよ。

「また来てくれるよね。ここは冒険者協会だもん」


 佐藤さとう雅範まさのりが冒険者協会で行った手続きには宿の紹介と支払いというのも含まれている。ここに長居するつもりはあるが、物価は高いので安い宿しか捕まらなかった。

 冒険者協会に登録している宿は優良なことが保証されているから安心はできる。というか他が危ない。冒険者協会に登録していない場所に泊まるよりは、馬小屋の一角でも貸してもらう方がいい。それこそ空いているのならだが。

 外に出て少し歩いていけばしっかりと皆こちらを待ってくれていた様子が見て取れる………………なんてことはない。こいつらプールで遊んでいやがる。

 ちょっとイラっときた。なんでこいつらは呑気に水浴びなんてしているんですか。

「皆、今日の宿はもう取ったけれどこれからどうするか僕には聴かされていないんですがッ‼」

 そしてこの控えの書類を振って見せびらかして噴水の水を子供みたいに、浴びていやがる連中に書類手続きが終わったことを知らせる。だが不運なことは続くものなんだ。このペラペラの控えの紙が降ってきた水飛沫によってびちゃびちゃにでも濡れてしまう。水がぬるい。というか寧ろ生あったかい。噴水の水でさえもしばらく外気に触れればここまで熱気で温められるのかと世界における未知の神秘を見た気がする。

 というか、必要がないことを祈るし何事もなければ控えなんて必要ないはずだがだとしてもイラっとはくる。

「………………どうしてお前らはこんな場所で遊んでいるんだよさぁ‼」

 とりあえず全力で叫んでおくだけに済ませておく。寛大だよなぁ僕は。


「で、どこの宿が取れたって」

「凄い笑顔で勧めてことを思えばなんか危ない気がするけど流石に冒険者協会に登録している宿が質の悪いこともないはずだし」

「やめてよ。取ってきたアンタが不安だと皆が気味悪がってそこで寝泊りできないでしょうが」

 ハイドラのこれは慰めているのだろうか。タオルを渡してやれば皆身体を拭いてくるあたりかなり全身が液体でまみれていたらしい。大体が汗と噴水なんだろうから変なことでもない。そして突き返されてしまえばそのまま受け取ってやる。

 それでこの五人全員がそれぞれしっかりと自分たちの荷物を持って宿まで向かっていく。嘘だ。こいつら武器とかは自分で持つがそのほかは僕に圧しつけてくる。雑用というか、これは荷物持ちですね。

(旅をするからにはこれくらいは)

 ちなみにいうと野郎共に関しては荷物の管理には無頓着な癖してそれで何か問題が起これば僕のせいにしてくる。どうして僕は彼らと一緒にいるんだったか

 宿があるはずの場所にまでたどり着いた。だが宿と思える建物がない。

「あれ?」

 何だろうか。どこで間違ってしまったのだろうか。貧民街に近いがそれとはまた別のただスポットライトが当たらないだけの湿っている空気感。リーダーとかからこちらも責める声など一切耳に入らない。

「………………どうしたんですかそんなキョロキョロして」

「いやヘンデル・アイズっていう宿を探していて」

 視界に映らない声の主。下方から聴こえていた為に視線を下ろしてみればそこにいたのはちびっこである。

「あぁそれなら目の前にあるだろ」

 このちびっこが示してきた場所にあるのはどう考えてもただ真っ暗な空白の空間。

 だがそこで不自然なことに気づく。まだ日が沈んだわけではないはずなんだ。であれば何もない場所だとしても真っ暗だというのはおかしい。であれば意図的に隠されていると思うべきなんだろうが。

 そこで突如として仰々しいサラウンドが周囲から響いてきている。それで思わずここにいる全員が咄嗟に耳を塞いでしまう。嘘だ、このガキだけはもう虚無のような表情を浮かべてこちらを眺めているだけ。それが何を意味するかなんてあったばかりの他人でしかない我々には予想もつかないこれで。

『きったぞ我らが宇宙を守る勇者あよぉ‼宇宙を我が手に収めても諦めないッ‼その胸が戦えと叫びこれが運命だと心音が高鳴るッ‼』

 なんだろうかこの胡乱な歌詞は。いや、その前の曲調とかリズムとかから既におかしかったぞこれは。ボケ続けてツッコミをさせない領域にあるのかこれは。

 熱血なテーマソングを歌ってくるんじゃないとこちらが叫びたいよ。だがそれで出てくるのは、この暗闇から出現してくる気配というのは巨大な建物だ。あぁ、どれだけ奇怪で感性を狂いだせばこうなるのか。

「あ、悪魔の城ですか」

「へ?これがヘンデル・アイズだけど」

「どういう仕掛けだよ」

 ようやく冷静に口を開くリーダーだが今重要なのなんてそこじゃないと思う。

「本当にここで合っているのかしら。………………看板は出ているわね」

 そう、本当にヘンデル・アイズと看板が出ていやがるんだ。そこが頭を悩ませるのだ。

「ええいままよッ‼」

 これを本当に口にする奴がいるとは思っていなかったよ。このリーダーはいつもこうだよ。

 そして飛び込んでいったリーダーはすぐに扉を閉めることをした。

「なぁ、これ本当にあっているのか」

「なにがあったのよ。そこまで驚くことなんて」

 そこでハイドラが意を決して扉を開けていって入っていこうとする。だがすぐさまその扉を閉める。そして後方にへと下がっていくことをした。………………おいこらそれはさっきやったネタだろうが。

 それで佐藤さとう雅範まさのりを除いた残りの二人というのも同様の事繰り返してきた。いや、遊んでいないでこっちにその情報というのを持ってきてくれよ。伝えてくれなければ理解なんて出来ないじゃないか。

 ただ無言で首を振ってきているあたりかなり凄いことになっている様子だ。

 恐る恐るではあるがこの扉を開けて中へと入っていくことをしていった佐藤さとう雅範まさのり

「あ、あぁなるほど?」

 とりあえず外見にそぐわぬ内装である。壁の前面に多くの眼があってそれがパタリパタリと瞬きをしている時点で驚きだったのだ。それはそういう演出なのかなとか思うじゃないか。強引に納得させようとしていたが、内装を見て更に納得することにもなる。

 そうだよなぁ。コンセプトは徹頭徹尾統一しなければ混乱だってしてしまう。だから言葉にしてしまおうか。

「ここは悪魔の城か」

「フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフッ。お客様ですね。協会から団体様が来られると伺っていますよ」

 受付でいいのかそこは。そこに立っている者の笑い声が怖い。というか長い。

 どうしてフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフなんて笑い方をお客様と呼ぶ対象へと聴かせてくるのか。疑問というか。いいや、これで驚いていられない。

「いや、あの………………はい」

 なんというか、他に言葉が出てこない。というか暗いんだよ。確かここは結構格式高いホテルだとかっていう話を冗談でも耳にして真に受けた僕が悪かった。

 長期滞在するのにこういうところを利用するのは心苦しいが提示された金額が高くなかったので選ばせてもらったという経緯はあるが。怖いもんは怖いんだよ。

 とかなんとかやり取りを自分の中で好き勝手にでもしていたら演出のかのように美しく燭台に載っていた蝋燭にへと火が点いていくことになる。

 それで灯りは充分。でも暗い印象は拭えない。でも………………暗いままがいいと思うことがあるなんて。あちこち血の付いた新聞紙やら割れたガラスや皿やらがあるようにも………………。

「あぁこれ印刷か」

 後ろからついてきていたハイドラがじっくり目を凝らしてそんなことを口にした。


「5人だからいつも通り3部屋用意してもらったが部屋割りもいつも通りでいいよなというかいいな」

 パーティでのリーダーであるアルトリアがそれこそいつも通りに決めてしまった。

 何故か僕が一人部屋だ。それでいいのかとこの扱いのバランスには僕をどういう風に思っているのか推し量るのが非常に難しく感じるばかり。

 だがせっかく与えられたのであれば享受してやるべきか。

 それで一度この場で解散となるわけなんだが。………………馬鹿野郎。

 自分の与えられた部屋に入ってすぐに一通りの荷物をその場に置いてすぐさま飛び出していくことになるとは思っていなかった。

「アルトリア、僕たちはダンジョン攻略のために来たはずだけど出発は」

「あぁ、そのことでお前に言わなければいけないことがある」

 改まってなんだこのリーダーは。部屋の前でずっと立っている僕もどうかしているが。

「聞きましょうか。僕に言わなければいけないことなんて………………まさか何か重要書類とか税金や社会保障費とか会費とかの払い忘れだとしたら延滞金分は自分で払ってくれ。僕はもう面倒見切れな」

「お前ここで留守番な」

 はぁ留守番か。留守番か。別にそれでしばらくすれば。

「ん?留守番ってこのパーティって仮にもラストアタックとかダメージ与えたりとかターゲットを取っていたりした時間で報酬の割合計算をしていたはずじゃあ。そもそも戦闘に参加できない僕じゃあその報酬はないってことに」

「安心しろ小遣い程度であれば渡してやるからよぉ。どうせここじゃあお前なんてそれこそ荷物持ちくらいにしか役に立たないんだ。それすらも取りこぼしが多い状態で来られても迷惑なんだよ」

 確かに灼熱地獄インフェルノにあるダンジョンには炎属性のモンスターやら罠やらが多く設置されている。というかほとんどがそれだ。そしてこの僕、佐藤さとう雅範まさのりの使える魔法は精々が小さな氷を用意したりとか氷の操作くらしか出来ないというのに。

(戦力外通告かよ)

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