5話
◆side:文月裕也◆
放課後になると、静かだった校内がたちまち騒がしくなる。
部活へ向かうもの、友達同士で集まってどこへ遊びに行くか話し合うもの、または普通に荷物をまとめて帰宅するもの。
裕也は普段なら後者……すぐに帰宅する派閥だが今日は……いや、おそらく今日からはすこし変わるんだろう。
「文月裕也、文月裕也は居るかー?」
ガヤガヤと騒がしかった教室が、そんな一言で一気に静まり返る。
声が大きいのもあるが一番の理由は、教室にあの二人が来たからというのが大きいだろう。
「……文月くん、あの二人と知り合い?」
先日も会話した田中くんも、さすがに驚いたような顔でこちらに話しかけてくる。
「あぁ……まぁ、幼馴染だった的な」
「……それは……さすがにびっくりだ」
そりゃそうだ。つい先日【一年大行列事件】の話をした相手が、その当事者の幼馴染だった……しかも転校生、なんて盛り過ぎにも程がある。
『呼ばれてるよー、文月くーん』
扉の近くにいた生徒がこちらを見てそう言ってくるので、田中くんに一言別れの挨拶をして向かうことにする。
「っと……ごめん、行ってくる」
「あ、あぁ、またね、文月くん」
席を立ち歩きながら扉の方をよく見ると、ほかの生徒と話している智樹とそれを見て困り顔をしている芽衣が居た。
「……これ、帰っていいかな」
そう思ってしまうのも無理はないくらい盛り上がりを見せているので、無視して帰りたくなってしまう。
「ヘイヘイそこの坊や!俺たちを無視して帰ろうったってそうはいかないぜっ」
……相変わらずテンションが上がっている時の智樹を止められる人間は居ないのだと、数年ぶりの再会でもすぐに実感する。
「……久しぶり、智樹」
すこしぎこちない、久しぶりの挨拶。
一方的に緊張しているだけのそれは、太陽のような彼のコミュニケーション能力にあっさり敗れる。
「よっ、裕也!ここじゃなんだし、とりあえずバーガー食べにでも行くか」
昔よりもデカく耳がキーンとする声に底なしに高いテンション。
聞くだけで少し疲れる半面、なんだか懐かしい気持ちにもなった。
「……了解」
◆◇◆◇
「とりあえず再会を祝して、乾杯!」
「かんぱい!」
「乾杯ー」
学校を出て数分歩くとすぐに見えて来るのは、”M”の字を大きく掲げる某バーガーチェーン店だ。
裕也たちは適当な席を探して、注文したバーガーとドリンク、ポテトを持って席に座るとさっそく乾杯をした。
「ごめんね裕也くん、教室に突撃する感じになっちゃって……」
そう申し訳なさそうに言う芽衣に、裕也はポテトを食べつつ言葉を返す。
「いや、大丈夫。そういえばどうやって合流するんだろうとは思ってた」
「智樹はもうすこーし、静かにね」
「ごめんごめん、ついはしゃぎ過ぎたわ」
(なんというか……変わらないな、この二人も)
ふたりの掛け合いに懐かしさを感じつつ、こちらからも話を振る。
「それにしてもびっくりしたよ、二人が同じ学校だったなんて」
「あー……」
そう言うと、芽衣と智樹は少し気まずそうに目を逸らし、言葉を発する。
「……実は、わたし達は知ってたんだよね」
「……えっ、なにその驚愕の事実」
ここにきてまた驚きポイントがひとつ増えた。
いったいここ数日で、どれだけの驚きを喰らったのか……。
「そもそも、お前と椎名が日本に残るって判断をしたとき、なんでここに戻したと思う?」
「……確かに、一番長く暮らしてたのがここだから、くらいに思ってたけど」
引っ越しが一瞬にして行われたのでそこまで考える余裕が無かったのもあるが、言われてみれば確かに、少し謎だ。
「オレ達が居るからなんだな~、それが」
そう智樹が言うと、それに続いて芽衣も補足の説明をする。
「おかあさん同士仲良いからそれ経由でね。また戻ってくるからよろしく~って、先に伝えられてたの」
「先に知ったのは芽衣と椎名な。普通に俺もつい最近まで知らなくて、結構びっくりしたわ」
なるほど……と、いろいろと謎だった点が線で繋がった気がして、なんだかスッキリする。
……椎名が「ドッキリ大成功〜」とピースしている風景が浮かんでしまった、払っておこう。
(みんなわざわざ俺たちのためにいろいろと手を回してくれたってか……恵まれてるものだ)
「……色々、ありがと」
「あっ、裕也きゅんツンデレモードかな?うりうり、ポテト食べるー?」
「智樹ウザい」
「あはは……」
またうるさくなりそうだが、これもこれで良いなと思う裕也だった。
「それで説明も終わったことだし」と智樹が話を広げる。
「久しぶりに週末とか?三人で遊びに行きたいと思ったんだが、どうだ?」
「わたしは暇だから、どこでもいいよ!」
「俺も、どこでも」
「一番困るやつッ!そうだなぁ……ま、とりあえず駅前のショッピングモールにでも行くとするか」
(……駅前の、ショッピングモール?)
そう、裕也は数年ぶりにこの街に来たのにも関わらず引越ししてから家と学校、一回椎名の付き添いで近くのスーパーくらいにしか行ってなかったのでどう変わったのか、あまりよく知らない。
「そういえば家でだらだらしてただけで、ろくにここらへん散策してなかった……」
「……」
「……」
『引越ししてから何してたの?』という目線を感じるが、外に出るのが面倒という自分の意思を曲げるつもりもないので、スルーしてポテトひとつまみ。
「新しくなったここらへんの案内も兼ねて、あそびにいこうね」
「……あぁ、そうだな!」
「う、うん」
気を遣われた気がする……というか遣われた。
(これって絶好のLINE交換チャンスなのでは)
「それじゃあ裕也くん!LINE交換しとこうよ」
「あぁ、うん。細かいスケジュールとか話すのに……便利だしね」
……LINE交換すらも言わせてしまった。あぁ、なんて情けない。
おそらくこの場に椎名が居たらいつものジト目で、超が付くほど大きなため息をしていたことだろう。
ただ、智樹からはまた違った意味で驚かれていた。
「……お前、初期アイコンマジかー」
「うっ……まぁ、椎名と両親と話す時くらいしか使わないし……」
「なんというか、裕也って感じするな」
裕也って感じとは一体……。
「それじゃあ、これからはわたし達ともいっぱいお話しようね」
そう言い微笑む芽衣が、今の裕也には女神に見えた。
◆◇◆◇
「それじゃ、オレはこっちだから。裕也は芽衣のこと送ってやるんだぞー」
時間も時間なのでそろそろお開きにしようということで店を出ると、智樹はこちらが口を開く間も無いスピードで帰っていってしまったので、あっという間に気付けば二人きり。
率先して話を振ってくれていた智樹が居なくなったことで、すこし静かな帰り道。
「……ねぇ、暇なとき、電話してもいいかな?」
突然だったのですこしドキリとしてしまうが、呼吸を整えて返事をする。
「もちろん、起きてる時間ならいつでも」
「ほんとに?いっぱいしゃべっちゃうかもよ?」
「全然大歓迎だよ」
「もう、ほんとにだからねー?」
すこし前まではもう話すことがないと思っていた、幼馴染との帰り道。
そこにはもう少しの気まずさも残っていなくて。
(……まぁ、たまに心臓に悪いこと言い出すから、ドキドキはするんだけど)
ただ何年経ってもまだ、芽衣の猛攻を受け止められる心臓は出来上がっていないようだ。
――――――
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