2話

ぼーっとしている間に、始業式が終わった。

あれよあれよと案内されたのは、これから授業を受ける教室。


「さて、転校生を紹介するぞー」


教室がざわざわしている中、黒板に苗字と名前を書き、一礼する。


「初めまして、文月裕也です。趣味は読書とか、ゲームとか。友達たくさん作りたいです、よろしく」


よく転校をする者の特技を挙げるとすれば、作り笑顔と普通の自己紹介をすることだと思う。

……自分以外の転校生を見たことあるわけじゃないから、一概にそうとは言えないかもしれないけど。

今日もそれを存分に発揮し、悪い印象を持たれにくい、絶妙なさじ加減の自己紹介が出来たと思う。


「じゃ、空いてるのは……一番後ろ、窓際の席か。目悪いとかあったりするか?」

「目は良い方だと思うので、そこで大丈夫です」


そう返事をし、いわゆる’’主人公席’’に座る。なんだか妙に居心地が悪い。


(ラノベの主人公がよく座ってるイメージあるけど、丁度暖かい日差しが差し込んできて、眠くなる……)


転校初日から居眠りは評価に関わりそうなので必死に我慢し、普通に授業を受ける裕也だった。


◆◇◆◇


転校初日の昼休み。

この時間は一番忙しくなる。

クラスメイトが机の周りに集まってきて、特に意味のない雑談をしてくる。

一体自分の昼食を放っておいてここに来ていても良いのか、そして拘束されている裕也の事も考えてくれないものか。


――そんな思いは胸にしまって、うんうんと相槌を打つだけ。


「どこらへんから来たの?」

「ねぇ文月くん!今日の授業付いていけた?数学とか、チョー難しくない?」

「なぁ文月くん、今日一緒にお昼食べない?転校生って珍しいからさ、親睦深めようぜ!」


などなど。


いつもテンプレートのような当たり障りのない自己紹介をしているが、今後転校することがあったら超人付き合い悪そうな感じを演出しようか……そう考えながらこの時間を乗り切る。

そんなガヤが一瞬途切れたタイミングは、絶好のチャンス。


「じゃ、妹が待ってるからこのへんで!また今度話そう」


表情を作り上げて、スマホを見ながら早口でそう言えばだいたいは離してくれるので、この機会を逃さぬよう、電話をかけて椎名と合流を図る。


「妹、合流しよう」

『私も丁度今逃げ切ったよお兄、良い集合場所はある?』

「中庭に座れる場所があるらしいけど、そこはどう?」

『りょ』



「よぅお兄、そっちはどうだった?」


いつもの気だるそうな表情で、スマホを手に持ったまま手を振り、こちらへ歩いてくる椎名。


「相変わらず大変、表情筋がやられる……」

「もういい加減外面だけよくするのやめたらいいのに、大変でしょそれ」

「そういう椎名も、同じようなことやってるんでしょ」

「まぁそうだけどさー、友達、いるに越したことはないし……」


そう。

『二人一組になれ』だの、『何人で固まって考えろ』だの、たまにそういう事をしてくる先生もいるので、友達がいるに越したことはない。

……その代わり、人付き合いというかなり面倒な付属品が付いてくるが。


「いやー、それにしても小中高、転校生への扱いは変わらないねぇ、やっぱり珍しいんだろうね」

「しかも最近はスマホのせいで他クラスに認知されるの早いんだよな、もはや指名手配。勝手に写真ばら撒かれてる時あるらしいし」

「まぁ中庭まで歩いてる途中で何回か知らない子に話しかけられたし、今回も、だね……」


特に椎名は顔も良く親しみやすいタイプなので、かなりの数の生徒に話しかけられているのだろう。


「まぁ……いつも通りなら持って三日だろ」

「だね、数日耐えたらあとはたのしいたのしい高校生活の始まりだよ……まぁ、お兄はどうなるか分かんないケド」

「ん?なんだって」

「なんでもなーい、高校生活エンジョイしようねって言っただけだよーう」


桜が丘での高校生活、なんの事件も事故もなく平和に過ごせればそれでいい。

舞っている桜の花びらを見ながらなんとなく、この高校とは卒業までの付き合いになりそうだ……と、そう思った。


◆◇◆◇


放課後、相変わらず視線を感じつつも、一日の終わりを告げる鐘の音が鳴る。

思ったより授業に付いていけそうで一安心……などと考えていると、なんだが教室の外が騒がしい。

状況確認のため、近くに居た田中くんに話しかけてみることにする。


「田中くん、この騒ぎ、一体何が起きてるの?」

「ああ、文月くん、そっか、転校してきたなら一年大行列事件知らないのか」

「一年……大行列事件?」


なんだその安直な……変なネーミング。


「実は一年の頃、美男美女幼馴染コンビが話題になってね」

「へぇー」

「今日一日中囲まれてた文月くんもなかなか大変そうだったけど、……ただ、その比じゃなかったんだよ」


呆れたような顔でそう言うと、そのまま話を続ける田中くん。


「一年生の間で美男美女がいる!ってかなり大きな話題になっちゃって、その二人のもとに大量の生徒が押し寄せて……」


おお……この説明だけでも、かなり凄い事になっていたことが分かる。


「……なんとなく理解した、つまり今日俺に押し寄せた波の何倍も多い生徒が来ちゃって大変なことになったわけだ」

「そんな感じ、さすがに二年になれば落ち着くかなって思ってたんだけど、当時別クラスであんまり関わりなかった人達もだし、一年生が入学してまた押し寄せて……みたいな感じで……」


「この調子だと来年も見れそうかな」と、田中くんは呆れ顔で教室の外を見つめていた。

これは面白そうだ、少しだけ見て帰ろうか……。


「あ、軽く見て帰ろうとしてるならやめておいた方が良いかもしれないよ、去年は吹き飛ばされて怪我した生徒もいてね」

「物騒すぎる、大行列事件」

「まぁ遠くから見るくらいなら大丈夫だと思うから。それじゃあ僕は帰るよ、また明日」

「あ、あぁ……また」


まぁ忠告通り、遠くから軽く見て帰るとしますか。



つむぎさん!今日も春野はるのくんと一緒に帰るのー?」

「今日はバイトの面接あるらしいから、わたし一人かなー」

「それじゃあ!私達と一緒に帰らない?」

「んじゃ、オレのことは通してもらっていい?もうそろそろ帰んねぇと」


つむぎ……春野はるの……なんだかすごく聞き覚えのある苗字に違和感を覚えるが、まぁ気のせいだろう。


そもそも、こうも都合よく幼馴染と再会するなんてことはないはず……。

ただかなり人だかりが出来ており顔までは見えないので、ガヤは諦めて帰ろ――


――ドンッ!


「悪ィ!ちゃんと前見れてなかった!」

「いてて……いや、こっちこそごめ……」

「もう!智樹ともき、ちゃんと前見ない……と」


いや……まさか、そんなはずは……。


「もしかして、裕也か?」

「裕也、くん?」


二人に名前を呼ばれ、疑惑が確信に変わってしまう。

――幼馴染と、再会してしまった。



――――――

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