第25話

おれは机の上にノートを広げたまま、ショゴスを見ないで言った。

声は震えていない。ただ、すごく静かだった。


「おれ、勉強がんばってるの、彼女からもらったLINEが理由だって、言ったじゃん」


ショゴスは小さくうなずいた気配がした。

でも、何も言わない。


「……おまえさ。あのとき、彼女の前で……おれのこと、『しつけた』って言ったよな」


今度は、もっとはっきりと。

ショゴスは、ゆっくりうなずいた。


おれは目を閉じて、ひとつ息を吐いた。


「おれさ……今、彼女のこと、めちゃくちゃ尊敬してるんだよ。 追いつきたいって思ってるんだ。」


静かに、でも確かに。

おれはショゴスを見た。

その目には、もう甘えも、頼りきる幼さもなかった。


「……おまえ、自分で言ったよな。

『こいつはぼくがしつけた』って──。

……ほんと、もう、恥ずかしくてたまんないんだよ。おれの今の気持ち、わかる?」


ショゴスは、何も言えなかった。

ただ、じっとおれを見つめていた。


「責めたいわけじゃないんだ。わかってる。おれのこと大事にしてくれてたのも、助けてくれてたのも。

……勝手なこと言ってるのはわかってる。 でも、おれのこの気持ち、汲み取ってくんないかな。

これからも勉強サポートしてほしいけど、さわんないでほしい。

わがまますぎるの、わかってる」


その一言に、怒りも悲しみも、

そして、今まで積み上げてきた信頼の重みさえも、全部込められていた。


おれ「……むり、かな。わがまま、だよな」


言い終えて、視線を落とす。

あたまの芯がじんじんする。呼吸が浅い。

ショゴスの返事が、すぐにはこない。


重たい沈黙のなかで、おれは耐える。

足もとがすこしふらつくくらい、ぐらぐらしていた。


やっと、ショゴスが、かすかに動いた。

顔をすこし傾け、そっとこちらを覗きこむ。

その目は、いつもの甘やかす色でも、苛立たせるような色でもなかった。

ただ、すごく静かだった。


ショゴス「……わかった」


小さく、でもはっきりと。

それだけを言って、また黙った。


おれはこわごわ顔を上げる。

ショゴスは、ただ俯いて、そっと頷いていた。

拒絶もしない、追いすがりもしない。

その不器用な仕草が、かえって胸に刺さった。


押し寄せてくるのは安堵じゃなかった。

どうしようもない寂しさだった。

たぶん、もう元には戻れないんだろうなって、思った。


ショゴスとのやりとりが終わったあと、

おれは机に向かって、教科書を広げた。

でも、全然、頭に入ってこない。


さっきからずっと、

同じことばかりが、頭の中をぐるぐる回ってる。


(もしあのとき、彼女がこう思ってくれてたら――)


(冗談だって、笑い飛ばしてくれてたら――)


(あれは、おれが一時的におかしかっただけだって、彼女が、気づいてくれてたら――)


そうだったら、

まだ、挽回できるかもしれない。

彼女に見直してもらえるかもしれない。


何度も、何度も、頭の中で、ありもしない未来を組み立てる。

手を替え品を替え、少しでも希望がありそうなストーリーを考える。

でも、

どれも、途中で崩れる。

いや、無理だろ。

どうやっても、無理だ。


考えたくないのに、考えずにいられない。

どうでもいいって思いたいのに、心が許してくれない。


おれは、机に突っ伏した。

かすかに震える指先を見つめながら、

勉強どころじゃない頭で、延々と、絶望的な自動思考を続けていた。

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