第1話 馴れ合い

 或る人は期待に胸を躍らせ、また或る人は緊張の面持ちで足取りが重くなる。

 笑顔で軽やかに去る人もいれば、惜別の念に涙を流す人もいる。

 出会いと別れの季節。

 わたしは、どちらかと言えば新たな出会いに期待している方だった。

 高校生活に特段の不満があったわけではない。

 ただ、三年も同じ学舎——とは言っても同級生は優に三百人を超えていたため、三年間通っても見知らぬ顔はちらほら居たわけだが——で生活していると、つい人間関係をイチからやり直したくなってしまうという悪い癖が出てくる。

 自分の過去の些細な言動が気になってしまう。

 別に友人たちに嘘をついていたわけではない。

 でも、なんとなく演じているような気がして、疲れてしまうのだ。

 飽きるというよりは、消耗する感覚に近かった。

 気の合う友人はある程度固定され、休み時間や昼食も同じ顔ぶれとなっていた。

 教室の蛍光灯は白く平坦で、窓際の席にいても、空気の色はどこか薄く、乾いていた。

 毎日繰り返される友人たちの話——彼氏の愚痴、教師との秘密裏での肉体関係、他校の彼との行為で避妊に失敗したこと、親の世話で疲弊して勉強どころではないことなど——を聞くのも、別に厭で仕様がないという訳ではなかった。

 むしろ、みんながそれぞれの場所で必死に生きているんだなと思えた瞬間もあった。

 けれど、毎日同じ面子となると、流石にうんざりしてくるものである。


 今日もまたお馴染みの顔ぶれで机を囲み、焼きそばパンやらメロンパンやらを口に放り込みながら、他愛もない話のラリーを続けていた。

 パンの甘さやソースのにおいが混ざった空気が漂っていて、口の中は常に何かで満たされていたけれど、心はいつもどこか噛みきれずにいた。

「みんな無事に第一志望に受かって良かったよね! 離れ離れになるのは寂しいけどさ、また地元でみんな集まろうね」

「そうだね、うちらってこんだけ仲いいんだから、きっと大人になってもずっと一緒に遊ぶよね!」

 友人たちの声は、少し湿った教室の壁に反響していた。

 わたしは適当に相槌を打ちながら、笑みを浮かべる。

 歯の裏にまだメロンパンの甘さが残っていた。

 たぶん、卒業したらもう会うことはないだろう。

 新たな場所でまた新たな人脈が出来るのだから、今のこの友人関係など、近いうち希薄になることは容易に想像がついた。

 それに、仲が良いとはいえ、気を許した関係であるとは思っていなかった。

 誰にも嫌われないように、必要以上に踏み込みすぎないように、どこか計算しながら過ごしてきた三年間だった。

 ——そもそもの話、合格した大学は第一志望ではなかった。

 大学受験に関して親から出されていた条件は、「実家から通える距離にある地元の名もなき私立大学」か、「他県であれば国公立」のみ。

 浪人は絶対に許されない。

 つまり、他県に行きたければ一度きりの受験で国公立に受からなければならなかった。

 もし落ちたら、地元の行きたくもない私立大学に通うか、あるいは就職するかの二択だった。

 しかも、実家から出られないまま。

 十八歳のわたしに、社会に出る覚悟なんてまだなかった。

 かといって、あと四年間実家で過ごすのも嫌だった。

 だから、ギリギリになって志望校を変えた。

 万が一落ちてしまったら——と、怖気づいたのだ。

 少しでも落ちる可能性のある大学には出願が出来なかった。

 結果的に行きたくもない大学という点ではあまり変わりなかったけれど、それでも、無事に独り暮らしを始めることができそうだった。

 そのことだけが、わたしにとっての“成功”だった。

 友人たちにはそのことは言っておらず、だから、「仲間内のみんなが第一志望に受かった」と認識されるのは仕方のないことだった。

 それなのに、ほんの少しの苛立ちを覚えてしまう自分に嫌気がさした。

「うん、大学生の夏休みって長いみたいだから、みんなで帰省して集まろうね」

 努めて穏やかに聞こえるように、そう言ってみた。

 わたしの声は、どこか遠くから響いているように感じられた。

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