死んだはずの彼女を、私はまだ殺し続けている

白澤 玲

序章

 あれは終わりだったのだと思う。

 けれどそのときのわたしは、終わっていく音を聞きながら何も言わなかった。

 何かが崩れていく気配は、ずっと前からあった。

 けれど目を背けていれば、壊れずに済むような気がしていた。

 実際にはもうとっくに手遅れだったのに。


 その現象に名前をつけるなら「瓦解」。

 静かで、鈍くて、どうしようもない言葉。

 それだけが後に残った。

 まるで湿った砂でできた城のようだった。

 誰も触れていないのに、ひとりでに崩れていく。

 風に吹かれて、波に攫われて——。

 そういう明確な原因があれば、まだよかった。

 でも違った。

 わたしはそこにいて、ただ見ていただけだった。

 何も壊さなかった代わりに、何も守らなかった。

 ひとこと、声をかければよかった。

 手を伸ばせば間に合ったのかもしれなかった。

 けれど、わたしは黙っていた。

 それが優しさだと自分に言い聞かせていた。


 本当は、ただ怖かっただけだ。

 壊れていくことよりも、壊れる瞬間を引き受けることの方が。

 だからわたしは何もせず、そうしてすべては静かに終わっていった。

 思い出すたび、心の奥に黒く濁った影が沈んでいく。

 今もときどき胸の奥でそれが軋む音がする。

 わたしはきっと、あの瞬間からずっと、壊れたものの中に座り込んだまま生きている。

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