第2話 店の日常



「ん……よし」


 今日の仕込みが終わったので包丁を研いでいた。刃渡り27センチの牛刀である。

 

 刃の部分を触って切れ味が戻っているのを確認して、洗って丁寧に水気を拭う。

 ステンレスなどの合金と違って鉄製品は水に弱い。水が一滴でも残っていたら翌日にはそこは錆びている。



 包丁は料理人にとっての魂、という表現を前世でよく聞いた。主にぐるぐるマユ毛のコックが言っていた。


 安物の包丁をシャープナーで研いでどんどん使い潰すようなところもあるので店次第だよなあと思いつつ、しかし丁重に扱うべきだという点では全くの同意見である。


 そもそも包丁は刃物であるから指を斬らないように普段から注意するし、他人にとって危なくないように置き場所や扱い方なんかは相当に気を使う。


 切れ味が鈍ってきたら砥ぐというのは当たり前だが、包丁は砥石に当てる角度で切れ味やどれぐらい保つかという微調整が効き、料理人にはそれぞれの好みがある。

 だから使いやすいように仕上げた自分の包丁を貸さないし借りないという料理人は一定数いて、そんな人物の包丁を勝手に使ったり研いだり、なんなら不注意で床に落としでもしたならば殴り合いに発展してもおかしくはない。


 自分のでも他人の物でも、仕事道具を丁重に扱う、包丁は大事にする。

 当たり前のことだ。



 仕事道具といえば手もそうだ。


 手を怪我したら仕事ができなくなる。その間の収入はなくなるし、働いている店に迷惑もかける。だから料理人は手のメンテナンスを大事にするし、危険にさらすような真似もしない。



 というわけで、俺は戦闘をしない。武器を手にダンジョンに赴くなど論外だ。


 じゃあ誰に戦わせるのといえば。そう、冒険者である。










「いらっしゃい。初めて見る顔だな、キュイス村へようこそ」


 ちりん、と来客を知らせる鈴が鳴った。

 ドアベルのついた扉を開けておそるおそる入ってきたのは、顔つきにまだ幼さの残る二人組の青年だった。

 

 二人して簡素なシャツにズボン、足回りだけはしっかりしたブーツに脛当て。そして槍。全身で僕たち駆け出し冒険者ですと主張している二人組だ。 

 

「座ってくれ。馬車で来たのか? 道が整備されてないからな、尻が痛いだろう」 


「ど、どうも」


「あの、馬車で送ってくれた商会の人が、ここに行けば宿が借りれるって」 


「おう、ここで合ってる。今すぐ案内してもいいんだが、メシでも食ってかないか?

この村に初めて来た人間には固パンと野菜スープのセットを無料タダで振る舞ってる。うちで一番安いメニューだが悪くないぞ」


 さりげなく当店の味を知ってもらうべく試食を勧める。

 どのみちこの村には他に店はないので、街から携帯食でも持ってきていなければ

うちで食事をしないと飢えるという独裁状態ではあるのだが。


「いいんですか? じゃあ、すいません、頂きます」

 

「座って待っててくれ。すぐにできる」




 あたためておいた大鍋からスープを二人前小鍋に移して火にかける。具材も二人前入れる。沸いたら深皿に盛り付けて完成だ。あとは木のスプーンと水差しを添えて、

固パンを籠に入れて持っていくだけ。


 注文から提供まで三分もかかっていないだろう。


「お待たせ。パンは古くなって固いから、スープに浸して食ってくれ」


 そう告げて俺は厨房に引っ込んだ。

 店員に見られながら食事をするのは落ち着かないだろうという配慮である。



「美味いな。腸詰めまで入ってる」


「すげぇ美味い。ただの野菜のスープなのに肉の味がする」


 彼らのひそひそ声が聞こえてくる。評判は上々のようだ。


「固パンもこのスープに浸して食えば悪くないな。いける」


「というか、この店だけやけに立派なのはなんでだ? 何もない村なのに」




 気合を入れて作ったので、この店は中々立派である。

 

 壁は石造りで、オーブンなどの火を使うエリアはレンガ積みにしてある。

 

 領主館の広間として設計された店部分は詰めなくても二十人は座れるほどで、応接室のはずの隣は地下がまるまる酒蔵カーヴだ。


 真っ昼間から店内はランプで煌々と明るく、磨き上げられたオーブンや銅の鍋はピカピカに輝いていて、クルミ材の床だってツヤツヤだ。

 

「すげえぞ、水に味がする」


「言い過ぎだろ……マジかよ」


 水差しにはレモンの輪切りを一枚入れてある。さっぱり爽やかだろう。 





 それにしても、若い。


 料理が好評なようで嬉しい反面、彼らを眺めていると罪悪感のようなものが首をもたげてくる。

 何に対しての罪悪感というと、声変わりして間もないような未成年を働かせていることに気が引けるのだ。


 この世界では彼らは成人で、立派な働き手である。


 それはわかっているが、前世の常識が俺をちくちく刺してくるのだ。

 



 彼らには借金がある。


 ダンジョンの浅い層に出てくるモンスターの代表格に、角の生えた少しでかいネズミがいるらしい。名前はそのまんま角ネズミだ。

 角ネズミの攻撃方法は突進なので、自前のブーツや脛当てを身に着けておけば当たり所が悪くない限り大怪我はしないらしい。


 なので、ブーツと脛当て、そしてお手軽な攻撃手段として短槍。

 この三点が駆け出し用装備セットとして推奨されている。

 これが結構なお値段がするのだ。


 ユニクロでシャツが千円そこらで売ってる現代と違って、布や革、そして鉄はすべて手作業で作られている高級品だ。

 貧民が初期投資として買うにはいささか高すぎる。


 が、国としては冒険者の数は増えてほしい。

 その方がダンジョン資源が多く取れるからだ。


 そこで「分割払いなら売ってやるよ」と装備品を買わせる。


 こうして彼らは最低限の装備を分割払いという名の借金で買い、浅い層のダンジョンをひーこらと走り回り、モンスターを殺して魔石を集める。


 これは「彼らが普通の仕事で働くよりは」マシな額で買い取られる。

 彼らはその報酬で借金を返しながら生活しつつ、少しずつ金を貯めて装備を買いそろえていくのだ。




 うん。


 思いっきり借金漬けにした上で児童労働をさせつつ何なら少年兵ですらある。


 それをやらせている責任者が誰かと言えば伯爵家であり、この村の担当は俺だ。



 この世界の法に照らして適法ではあるし、前世ほど経済が発展していないこの世界では彼らはれっきとした労働力だ。が、それを飲み込んだ上で、前世だったら児童搾取のトリプル役満だよなあとも思う。


 この世界に来てから半年。まだ慣れないものは慣れない。




「あの、とても美味しかったです」


「今まで食べたスープの中で一番美味しかったです。なんであんなに肉の味が濃いんですか?」


「嬉しいこと言ってくれるな。鶏の骨と野菜のヘタとかで出汁フォンを取ってるんだよ。野菜をそれで煮てる」 


「へえ。手間がかかってるんですね」


「冒険者は宿代もタダだけどな、うちじゃあこの固パンと野菜のスープをジュール銅貨二枚で出してる。駆け出しの冒険者が食いっぱぐれないようにな」


「二枚!?」


「子供の小遣いでも買えるじゃないですか。パン一本の値段と変わらない!」


 これは冒険者の誘致策の一つでもある。メシは安くて宿がタダとなれば稼ぎになると思わせたい。


「娯楽も何もない村にわざわざ来てくれたんだ、食事ぐらいは安くて美味い物があった方がいい。他のメニューや酒はまともな値段取るけどな、そっちも自信があるから懐に余裕ができたら頼んでみてくれ」


「はい!」


「宿を案内しよう。広くはないが、最低限の家具はある」




 


 その後、キュイス村を案内している途中で俺が領主だと知って驚かれた。

 そういや言ってなかったっけ。


 キュイス村の村長兼領主。ショファー伯爵家の三男。親父の名前はレジャーノ。


 キュイス・レジャーノ・ド・ショファー。俺です。







_______________

名付け元の単語コーナー。

cuisine(キュイジーヌ)。料理。

cuis(キュイス)。もも肉。

reggiano(レジャーノ)。パルミジャーノ・レッジャーノ。

chaud-froid(ショーフロア)。熱い、冷たい。ゼラチンを使った料理法。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る