努力義務

小狸

短編


 努力しろ――という言葉が嫌いだ。


 ちゃんとしろ――という言葉が嫌いだ。


 頑張れ――という言葉が嫌いだ。

 

 優しくあれ――という言葉が嫌いだ。

 

 もはやトラウマですらある。

 

 それらの言葉が使用されているところを見たくもないし、聞きたくもない。


 こんなことを臆面もなく言うと、世間の老害共や恵まれた奴らから「やれやれZ世代はこれだから」「引きこもりには根性がないから駄目なんだ」などと誹りを受けることを承知の上で言わせてもらいたいけれど。


 それらの言葉は、総じてからである。


 少なくとも、僕にそう言ってきた母は、その具体的な方法についてを述べなかった。


 具体的に「どう」努力すれば良いか。

 

 その答えは、母にしか分からなかった。


「努力しなさい。」


「ちゃんとしなさい。」


「頑張りなさい。」


「優しくありなさい。」


 そしてその後、必ずこう続くのだ。


「周りは皆、ちゃんとしているんだから」


 加えて、具体策を言われていないので、僕は僕自身で、その方法を編み出さなくてはならなくなる。


 自分なりに考えて、自分で動く。


 それ自体は、悪いことではない。


 ただ。


 その結果が母の想定していたものにそぐわなかった場合、母は僕を否定し怒るのである。


 もうどうすれば良いのか、分からなかった。


 言われた通りに、僕なりにしようと思っても、母の中の「正しい努力」「正しいちゃんと」「正しい頑張り」「正しい優しさ」に符合しない場合、それは完全に否定されてしまうのだ。


 しかも母は、その「母なりの正しさ」を共有してはくれないという塩梅である。


 何をやろうにも、母は露骨に機嫌を悪くし、家族の雰囲気もそれに伴い悪くなる。


 もう最悪である。


 そんな中で「長男の僕がちゃんとしなければ」と思うのは、なかなかどうして自然な感情であろう。


 取り敢えず、母の機嫌を取るために、僕は小学校から高校時代にかけて、母の機嫌取りに終始してきた。


 僕の学生時代は、そんなことのために全て費やされてきた。


 ありもしない正解を探し、教えてはくれない模範を追い、それだけに囚われて生きてきた。


 呪われて、生きてきた。


 そんな居心地とかどころではない家庭で育ったためか、高校時代から僕の成績はみるみる落ちていった。


 そんな僕に対して、母は更に束縛を厳しくした。


 努力し、ちゃんとし、頑張り、優しくあれ。


 もはや当時の僕は、人間として破綻していたように思う。


 結局、大学も、親の言われた通りの大学を受験し、全て落ちた。


 浪人、することになった。


 浪人した僕に、もう価値はないと断じたのだろう――母は、過干渉の手を、一気に緩めた。

 

 信じられないくらいに、優しくなった。


 まるで腫れ物を扱うように。

 

 それが。


 僕は。


 許せなかった。


「んだよっ!」

 

 ある日のことである。


 塾から帰って来て、一人で食事を取っている最中のことである。


 母が、「おかわりいる?」と言ってきたのだ。

 

 今となっては、何かが引き金になったのか――それとも今まで積み重なったものが爆発したのかは、定かではない。僕には、反抗期がなかった。それよりも前に、母の機嫌を、取らなければならなかったから。


「腫れ物扱うみたいに接しやがってよっ! 散々人の人生めちゃくちゃにしておいて、ふざけんじゃねぇよっ! 今さら何優しくなってんだよっ! お前が努力しろって、お前がちゃんとしろって、お前が頑張れって、お前が優しくあれって言うから、そうするしかなかったんじゃねぇかよっ!」


 机を思いっきり叩いて、僕は立ち上がった。

 

 それを。


 見て。


 母は「ふう」と溜息を吐いて、半笑いで、言った。



 気が付いたら。


 僕は、母の首を絞めていた。




(「努力義務」――了)

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努力義務 小狸 @segen_gen

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