第5話 再度、対峙―――決着に向けて
「・・・・・・」
励人は地面にめり込む村人達を見下ろしながら、そこに黙って立っていた。
他の二人―――レイシアとボルゾフのように、異界を形成する結界の起点を探しに行こうともせず、ただじっと、『何か』を待つように。
ヒタ・・・ヒタ・・・
背後から迫る気配に、ゆっくりと深呼吸しながら振り向く。
「やっぱり・・・お前か」
振り向いた視線の先には、励人がここに入って初めて出会った異形がいた。
『カロロ・・・』と独特な吐息を響かせながら、ぐるぐると励人を品定めでもするかのように周る。
「恐らく、お前がこの異界の根本・・・幾ら結界の起点を破壊しようとも、村人達の数を減らそうとも、根本たるお前がいる限り、このループは解けない」
繰り返される原因が、目の前の異形の叫びによって引き起こされることを突き止めた励人は、大きな溜息を吐く。
「はぁ~~~~・・・ったく、運がいいのか悪いのか・・・ま、とりあえず、だ」
指の関節をパキパキと鳴らし、構えを取る。
「もう小細工はなしだ、俺とオマエ・・・『拳』で語り合うとしよう!」
初めて対峙した時のように、双方が睨み合う。
あの時は余裕綽綽で獲物を仕留めるべく飛び掛かったが、返り討ちにされた。
それを覚えているのか、バケモノは薄ら笑いを消し、真面目な顔つきで励人と対峙する。
―――いい『眼』だ―――バケモノは、本能で励人の心情を理解していた。
真剣に、真っすぐ、何の曇りもない眼は、命のやりとりをするにふさわしい。自分もこの人間を『餌』ではなく、『敵』として認識を改める。
互いの一挙手一投足から目を離さないように神経を集中させ、僅かな動きすら見逃さない。
励人の額から流れた汗が、一滴の雫となり、それが地面に落ちた瞬間、バケモノは地面を蹴り出し、腕を振り上げる。
やや遅れて、励人は構えを解くが、バケモノの腕が鞭のようにしなりながら、振り下ろされる方が・・・速い!
勝った―――バケモノは勝利を確信し、口端を歪め、笑みを浮かべた。
「―――玄武の脚・迫」
自身の腕が命中する直前、励人の口から唱えられた高速の呪文が、バケモノを上から押し潰す。
悲鳴を上げる暇もなく、バケモノは地面にめり込んだ。
「なんだ?お前らみたいな異形相手に真面目に、正々堂々と戦うとでも思ってたのか?」
先程の真剣な表情は無くなり、バケモノを見下ろすその視線は、氷のように冷たく、一切の容赦がなかった。
「しばらくそのまま突っ伏してな」
地面にめり込むバケモノに一瞥をくれ、どかっと地面に座り込む。
「さて―――」
「成程成程、このモノが、励人が出会った異形のバケモノですね」
レイシアはふむ、と顎に手を当てて考える。
目の前には頭から地中に埋まり、足だけが地面から飛び出しているバケモノの姿があった。
「戦闘能力・低、知能・低、異質さ・・・高」
実際の戦闘において、苦も無くレイシアは制圧することができた。
それに違和感を覚えつつも、身動き一つすらとらないバケモノには既に目もくれない。
「恐らく、貴方の叫び声がこの世界を繰り返し作っているんですね・・・それと、『不死の軍団』も―――」
このバケモノが現れるまで、かなりの数の村人が襲い掛かってきていた。
冷静に対処しつつも、レイシアはある事に考えを巡らせていた。
(この軍団・・・異界とはいえ、『禁書』にでてきた『不死の軍団』に似ている・・・〝人の形をした人ならざるもの〟・・・そして、それを統括する―――異形の存在)
死人を蘇らせ、使役することは神の理に反していた。
それ自体はレイシアも忌避するものであったし、利用する気もなかった。
(ですが・・・私の故郷を破壊した者に辿り着くためには―――!)
レイシアの脳裏には、過去の凄惨な記憶が蘇っていた。
―――燃える家々、血だらけで倒れる人々、自分を守ろうと、死んだはずの祖父母から身を挺して守った母の姿―――
「・・・いえ、私情にとらわれ過ぎてはいけませんね、あくまで私は、主の御心のままに・・・」
深呼吸を繰り返し、地面に埋まったままのバケモノの解析を始めようとしたその瞬間だった。
「これは――――!?」
「っ――――!!」
銃を大きく振った攻撃は虚しくも空を切り、その反動で身体が捻られる。
背を見せた獲物相手に爪を立てて飛び掛かるが、それを読んでいたかのようにボルゾフは背中から蹴りを放つ。
踵が頬を掠め、狙いをつけて振り下ろした腕はボルゾフの真横を通り、地面を叩きつける。
(・・・素早いな)
狙撃銃を使った近接戦闘において、相手に攻撃が命中しないことに、ボルゾフは苛立っていた。
励人から聞いていたバケモノが目の前に現れた―――目視した瞬間、一気に戦闘のスイッチが入ったボルゾフは、手加減なしの攻撃を仕掛けた。
狙撃銃を銃としてではなく、鈍器として使い、そこに己の体術をも組み合わせた戦闘方法は自由自在で、勝利を確信していた。
だが、枝から垂れる葉に強い衝撃を銜えても流されていくように、このバケモノへの攻撃も同じように防がれていた。
さらに本来の使い方である発砲に切り替えようとするも、その危険性を察知しているのか、中々射線上に立とうとしない。
(―――はやく、はやく!アサのために―――!)
焦りは異界から出るためでなく、励人のためであった。
(アサは託してくれた!なぜなら自分の戦力を知っているから!その期待に応えねば―――!)
焦りから攻撃は単調になり、相手を翻弄するかのような不規則な動きができなくなっていた。
それに気づいたバケモノは、醜悪な笑みを浮かべると、その長い腕をしならせながら、上下からボルゾフを襲う。
「しまっ―――!」
視野が狭くなっていたのも相まって、足に命中してしまい、体勢を崩す。
バケモノは口角を上げ、「ニィィ」、と笑みを浮かべると、その鋭利な爪を突き出す。
「っ――――――!」
やられる―――確信したボルゾフは戦慄し、背筋が凍る。
このままではあの手が自分の身体を貫き、自分の死という形で決着がついてしまう―――
「はぁっ!!」
しかし、ボルゾフは諦めなかった、自身の死に直面し、生きたいと強く願った。励人との『約束』を果たすまでは・・・死ねない!
「いけっ――――!」
片手で銃を持ち上げると、躊躇わずに引き金を引く。
銃弾は避けられるが、意表を突かれたのか、バケモノの攻撃は止まり、それと同時に発砲の反動でボルゾフは後方に弾かれるように飛んだ。
互いの攻撃が決まらず、振り出しに戻ったかのように思われたが、バケモノが視線をボルゾフに向けると、そこには射手のいない狙撃銃が無造作に置かれていた。
直後、上からの衝撃に反応できず、地面に突っ伏す。
「捕縛・・・完了・・・!」
バケモノの手足をワイヤーで封じ、身動きを取れないようにする。
縛られても暴れるバケモノだったが、その特殊なワイヤーは切れることはなく、暴れれば暴れる程食い込んでいった。
「アサ―――やったぞ―――」
勝利に満ちた表情で、ボルゾフは大きく息を吐く。
だがそれは、すぐに消えることとなった―――
―――キィィィィィィィィィィィィィッッッッ!!!!
(この叫び・・・また『繰り返し』・・・!?いや、違う、これは―――!)
『玄武の脚』に潰されていたはずのバケモノが奇声を上げる、その声は異界に響き渡り、複数の箇所から聞こえてきた。
「っ!?」
夜空に何かが輝き、それはこちらに迫ってくる。
地面を蹴って距離を取り、落ちてくるモノを見つめる。
「同じ―――!?」
励人の眼に映ったのは、目の前に沈んでいるバケモノと同一に見える個体。
それらは速度を一切落とさず地面に衝突すると、土煙が上がる。
地面を蹴って空中に逃げると、励人の眼には異様な光景が映る。
「・・・共食い!?」
いつのまにか拘束を解かれたバケモノは互いに互いを貪っていた。
それは助け合う―――というよりも、『自身が優位』とでも言うように、目についた箇所へ噛みつく。
やがて、頭部が異様に凹んだ個体が首を噛み千切られると、その動きが止まり、残った二匹が骨すら残さず食い尽くす。
そして即座に対面した相手に飛び掛かり、同じように喰い始める。
「励人!!」
「アサ!」
「レイシア!ボルゾフ!!待てっ!やめ―――!」
駆け寄ってきた二人はそれぞれの得物を構え、励人が止める前に放つ。
光の矢と銃弾が土煙を晴らしながら、共食いを続けるバケモノを殲滅せんと迫る―――が、もう少しで直撃、というところで飛び出してきた『手』に止められる。
「!?」
「避けろ!二人共!」
飛び出してきた手は、そのまま攻撃を仕掛けた二人を捕らえんと、急激に伸びて接近するが、惜しくも届かない。
「くっ!『鳳凰の羽根!火種!』」
励人は両腕を広げると、ひらひらと舞い散る鳳凰の羽根が、無数の炎の弾丸となって標的に向けて飛んでいく。
(標的への自動追尾!避けられまい!!)
『熱』を感知し、飛んでいく羽根は、命中すれば対象の命が尽きるまで連鎖的に爆破する。
だが、羽根は突如として開いた『穴』に飲み込まれると、爆破することなく存在を消した。
「な・・・・!」
ようやく全貌が露わになった相手に、励人は驚愕する。
先程までの人型を捨て、巨大な身体を手に入れたバケモノは、その全てが変わっていた。
細く、枯れた木のようだった胴体は、筋骨隆々となり、力強さが見て取れる。
枝のようだった髪はなくなり、全てを射殺さんばかりの眼がぎょろぎょろと動く。
透明な肌に見えるが少し青みがかっており、人体における血管や骨らしきものが見えていた。
背中には大きな翅が六枚あり、それが羽ばたく度に風圧が体を打つ。
その存在感と威圧感に圧倒されるが、疑問があった。
人間でいう腰から下―――下半身が地中に埋まっており、バケモノはそこから動けなくなっていた。
「励人、あれをどう思いますか?」
「・・・ああなっているということは、あれそのものが『異界の核』ということだろう」
「ではあれを倒せばこの世界は?」
「崩壊するんだろうな、ただ・・・そう簡単な話ではなさそうだが」
相変わらずバケモノは励人達を視界に収めてはいるが、その巨大な腕を振り回しては届かないことに苛立ち、咆哮を上げる。
「ボルゾフ」
励人が呼ぶと、即座に構え、発砲する。
空気を裂くような轟音が響き、バケモノの頭部に向けて弾丸が飛んでいく。
命中する―――誰もがそう思っていたが、現実は違った。
その巨体に似合わぬ素早い動きで、弾丸を手で受け止める。
威力に押されはしたものの、貫通するまでには至らず、その強度は相当なものであった。
「主よ―――」
それを見たレイシアが今度は己が弓を限界までしならせ、高速の三連射を放つ。
不規則な軌道を描きながら、矢は対象を貫かんと迫るも、突如として生えてきた眼に全て追従され、命中する前に握りつぶされる。
「なるほど・・・髪がなくなったのはあの大量の眼があるからか・・・」
役割を終えた眼は、ゆっくりと閉じられるとまた頭部に消えていく。
「私の矢も、ボルゾフさんの弾丸も、あっけなく止められましたね」
「速さは無効なようだな、この距離で弾丸を掴まれるとなると、相当な反射神経だ」
攻撃を止められた二人は然程気にしてはいなさそうだが、攻略に頭を悩ませる。
「殲滅するならば・・・『大火力、かつ広範囲』で・・・」
「それでいて、『復活する暇を与えない』・・・アサ?」
「ああ・・・『神楽を舞う』・・・二人とも、頼めるか?」
励人は迷わず決心し、後方に下がる。
「動きを止めるだけでいい・・・あ、倒せるなら倒してもいいぞ?」
「それができないから、こうしてあなたに頼んでいるんですよ?」
半ば呆れ気味に返すレイシアに苦笑を返す。
彼女自身もこの状況を打破するために、色々考えた結果なのだろう、既にその手は弓の弦に掛けられており、即座に行動できるようになっていた。
「大丈夫か?アサ?それ以外の方法があるならそれでも―――」
「いや、大丈夫だ、ボルゾフ―――頼んだぞ」
励人を心配しているのか、ボルゾフが不安そうな声で、他の道を探そうとするが、どう考えても結論はそこにしか行き着かない。
まだ迷っているボルゾフの肩に手を置き、信頼を表すと、大きく頷いて見せる―――その頬が多少赤くなったのは気のせいだと思いたい。
「さぁ―――始めよう」
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