社畜の不可解な話

露隠とかず

第1夜:人の光

 時は2010年代初頭、ややこぢんまりとした10階建てビルの一番上にあるとあるWEB系制作会社にて。


「…これは夢だ、夢に違いない。終電逃すなんて、そんな時間まで残業だなんてえええ」

 ボサボサの金髪を両手で掻きむしりながら、Y子は唸り声を上げていた。ショートの髪が更に乱れていく。

 その声に呆れたようにため息するのは3ヶ月前に中途入社してきた茶髪の後輩Nだ。


「いい加減現実見るっすよ。終電の時刻は?」

「……23:37…あああ走れば駅まで3分だけど間に合わない。てか終電時間覚えてるのが嫌だァア」

 唸りながらもタイピングの手は止まらない。今恐ろしいスピードでリカバリを進めている案件の担当者はとうに帰宅している。

 先程携帯電話で通話しながら、カツカツと鳴るハイヒールと駅の放送を聞いたから間違いない。


「…とっとと資料よこせって言い続けてたのに、何で公開前日まで資料寄越さないんだよおおお!なのに先に帰るとかなんなんだよおおおおお!!!」

「言っても仕方ないっすよ」

 遂に叫びだしたY子の様子にさして関心も持たず、Nは淡々とE■celにまとめられた千件を超える商品リスト一覧のフォーマットの入力作業を進めていた。

 早めにいただいた筈のこちらも、フォーマットがバラバラだったために手作業で修正する地獄の工程を行っている。


「ハァ…Nも災難だよね、私と別の意味で」

「お互い炎上案件担当になったっすから已む無しっす。ちょっと夜食食べます?」

 Nの言葉にY子はため息とともに一旦手を止めた。

 本日2本目のレッド■ルのロング缶を、先輩から差し入れられたコンビニ飯とともに流し込みながらPCのモニタを睨む。トップページのややこしいコーディングは終わらせたため、下層ページも数ページ作れば後は他に転用できるだろう。

 そこまで進めば後はひたすら資料からテキストのコピペだ。


「うし、3時までにコーディング終わらせて外の応接室のソファで寝る。絶ッ対!」

「僕も3時くらいまでには何とかなりそうっす〜」

「じゃあ終わり次第寝ててね、ふぁ…」

 小さくあくびしながら瞼を擦るY子を見て、Nもメガネを外して眉間を揉んだ。


「眠そうですけど大丈夫っすか?少し話しします?」

「ん〜ここから単純作業だし話しながらやれるかな。何の話する?恋バナ?」

 メールに添付された共有ファイルのURLをクリックし、画像データをダウンロードしながらY子は薄っすら笑みを浮かべた。

 ここ数日怒涛のスケジュールで終電が続いてたY子の目の下のクマは、メイクで隠せないほど濃くなっている。生来の浅黒い肌でなければ病人のように目立っていただろう。

 逆に色白なNの顔色は、白を通り越して土気色になりつつあり、はたから見ればどちらも幽鬼のようだった。


「いや興味ないス」

「ちぇ〜人の恋バナ聞くの楽しいのにぃ」

「まぁまぁ。ああ、時間も遅いんで怪談とかどうスか」

 Nの一言に、Y子の笑みが今日一番深くなる。


「…怪談は恋バナより好きだなぁ」

「怪談好きだったんスか」

「めっちゃ好き!子どもの頃流行らなかった?「学校の怪談」シリーズ。定番ホラーは全部読んだよ。話すのも聞くのも大歓迎〜」

 定番の怪談のタイトルをつぶやきながら、Y子は記憶を探り指折り数える。


「あと私、沖縄産で関東育ちのユタ家系なんだ」

「マジすか。何ですかその設定は」

 急に話題が変わってNは目を瞬かせる。軽い日常会話のノリで怪談を聞くはずが、何やらおかしな空気になっている。


「設定じゃないよガチだよ。母と妹はやばいレベルのシャーマン体質。私は人の光が見えるぐらいだからたいしたことないけど」

「……人の光?」

「うん、怪談とはちょっと違うけど人の光が見える話にしようか」

 首を傾げるNの様子を見ながらニヤリと笑うと、Y子は手は止めずに話し始めた。



 小学生だった10数年前、ある全校朝会のこと。

 たまに貧血で倒れる生徒がいたりするが、基本は退屈な話を延々と聞くよくある全校朝会だった。

 その日Y子は寝不足であくびを噛み殺しながら校長先生の話を聞いていた。校長先生自体はとても好きだったが、とにかく眠くて仕方ない。

 ぼんやりと校長先生を見ていると、不可解な状況に気付いた。


「私の前にもずらっと生徒がいて、更に前の真ん中に校長先生がいるんだけど、なんかこう、みんなの体を覆うように光って見えたんだよね」


 それは金色に近い光で、瞬きをするたびにゆらゆらと揺れていた。ただ揺れるだけで人の体から離れることはなかったが、ただ1人校長先生だけが瞬きする度に人型の光が上に上に離れていく。

 何度か繰り返すとまた体に光が戻るが、瞬きをするとやはり離れていく。


「その内見えなくなって、寝ぼけてんのかなーくらいですぐ忘れたんだけど」

 ぐぐっと背を伸ばしながらY子の表情が曇る。


「それから半年後に校長先生病気で亡くなったんだよね」

「…ええ?マジすか」

「マジす」


 更に寝ぼけている時だけでなく、その光は見えるようになった。


「何というかこう、ちょっと視線をずらす感じ?相手が動いてない時だけだけど、見ようと思えばいつでも見れるようになっちゃった」

「うわそれは怖いすね…」

「鏡使えば自分のも見えるようになったし。まあ1人しか離れていくの見たことないから何ともだけど。ああでも」

「?」

 キーボードを打つ手を止めて、Y子はNの顔をじっと見た。その目はNを見ているのか、違うものを見ているのか分からなかった。


「死んだら光はなくなる、それも見たからまあ多分間違いないんだろうね」

 ふぅ、と小さく息を吐き、Y子は黙って作業を開始した。まだ夜は始まったばかり。

 Nもそれ以上なにも言わず、作業に戻ったのだった。

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