帰郷『自主企画用』

猫の耳毛

帰郷

 まるで音楽の様に、アルプスの山々は歌い、雪解け水はメロディーを流し、そのメロディーは川のせせらぎとなっていた。




 今日、私は帰郷する。




 およそ三年にも及んだ戦争から、私は家族を取り戻したのだ。




 胸に下したペンダントを握ると、アルプスの香りの中に家族が浮かぶ。




 アルプスの香りは、戦争の匂いを完璧に浄化し、山々は再び私を出迎えてくれた。




 鉄道駅から急坂を上り、坂の間にある商店街を駆け抜け、私の愛する故郷へ。




 急ごう。妻と娘が待っている。




 アルプスのせせらぎの中に、血の匂いはない。




 泥水以外を見るのは久しぶりだった。




 商人の顔も痩せこけておらず、道端には私と同じ軍服姿の男が家族と抱き合っているの姿がある。


 


 これから戻るはずの日常を前に、私は我が家に帰郷した。




「ただいま。帰ってきたぞ、大きくなったな、アルフィー。ハニーはどこだい?」




 扉を開けるとすぐだった。我が愛娘であるアルフィーを抱きしめて、妻を探す。




「ママは今ね、牧場だって」




 アルフィーは久しぶりの私の顔であるのに、案外そっけなく答えた。




「そうか、じゃあな。また後でパーティーをしよう」




 私はすぐに牧場へ向かった。





「よぉ。プラザ爺さん。久しぶりだ。今戻ったぞ」




「……ああ、お前か。なんだ?どうした、いきなり」




「おいおい、そっけないぞ。ところで、私のハニーはどこに行ったか知っているか?」




「ああ、お前の妻か。いやしかし……」




 牧場の中で、プラザ爺さんは顔をしかめ、しばらく考え込んだ。




「おい、どうしたんだ?」




「ああ、なんでもない。とりあえず、お前の妻は商店街の牛乳屋に行ったと聞いているが」




「そうか。じゃあな!またうちでパーティーをしよう!」




 そうして、私はもう一度商店街へと戻っていった。




「はて……パーティ?」




 プラザ爺さんは、そう訝しんだ。






 牛乳屋に着き、店に入ると、ぽっちゃりとした女店主が声をかけてきた。




「おう。いらっしゃい……って。どうしたんだい?」




「ああ、ちょっとハニーを探していてだね。戦争から帰ってきたばかりなんだ」




 しかし、そう言うが、さっきのプラザ爺と同じく、女店主はこちらを訝しんでいるようだった。




「……ふん。なるほど。とりあえず、お前の妻なんか知らないよ。他を当たりな」




「おいおい、そんなはずはないはずだぜ?プラザ爺さんはだって、ここにハニーが行ったと言っているんだ」




「はぁ?あのプラザがか?そんなわけないだろ」




「いや、本当だ。信じてくれ」




「……そうか。じゃあお前がお前さんである証拠を見せてくれ。そうすれば、素直に話すさ」




「はぁ?おいおい、もしかして俺の顔を忘れたっていうのかい?まあ、あんたは結構老けたみたいだがな」




「あんたが言うかい?戦争から途中離脱した挙句、他の女と浮気しまくったあんたがかい?」




 女店主は少しだけ怒りを露わにし、秘密をそのまま話してしまった。




 しかし、そんな事実はない。




 私は戦地からたった今帰ってきたばかりなのだ。




「浮気ィ?んなことするわけないだろ。俺はハニーを世界一愛してるんだ。アルフィーだって心配している」




 すると私の言葉を聞いた女店主は呆れた声を出した。




「よくそんな口が聞けたもんだよ。じゃあお望み通り、妻とやらに会わしてやる。ちょっと待ちな」




 しかし意外にも、女店主は妻の居場所を知っているようだった。




「おう、早くパーティーがしたいものだ」




 女店主は店の奥の扉の鍵を取る。




「ほらよ。この店の奥の部屋だ。言っておくが、お前さんは最悪な目に合うと思うがな。忠告してやる。やめておけ」




 そう言って、鍵をカウンターにたたきつけた。




「ああ、何を言ってるのか分からないが、俺はハニーと抱擁したいだけだ。即刻連れ帰してやる」




「ふふ、好きにしな」




 女店主はニヒルに笑い、カウンターの席に座った。


 


 私は長い廊下を進んでいく。




 部屋の前に着くと、何やら中から物音がした。




 何かが軋きしむのと同時に、吐息多めの声がする。




 私は、すぐに妻の声だと気づいた。




「ほれ。もう諦めな。お前さんはもう無理だよ」




「……いつからだ」




「はぁ、まさか忘れたっていうのかい?」




「いや、いい。とりあえず、開けるが」




「よしな! はしたない」




「うるせえ!とりあえず開けるからな!」




「はぁ……知らんぞ」




 そうして、私はそのまま戸を開けた。

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